#22 毒イチゴ
「一体、どうやってこんなお城をつくったの?」とライムが尋ねる。
「我々の中に石を作り出すものがいます。それが、こうしてお城をつくりました」とバトムが恭しく答えた。
「あの草木は?」とミリが聞くと、「私は草木をつくりだすことができるのです」とバトムが胸を張った。
「へえ~だから、あの草木、造花みたいに生き生きとしていないんだね」
クスコの言葉に、バトムは少々、むっとした様子で、「仕方ありません。ここには水がほとんどありません。井戸を掘っても、僅かしか水が出ません。だから、本物の草木は生きて行くことができないのです」と言った。
城に入る。
玄関ホールは吹き抜けになっていて、天井が見上げる程、高い。正面に二階へと続く階段があった。
「ほえ~」とライムは口を開けたままだった。
「さあ、こちらへ」とバトムに促された。
通されたのは広いダイニングだった。長いテーブルが部屋の中央に据えられ、テーブルの周りにチェアがずらりと並んでいた。二十人近く座ることができる巨大なものだった。
「長旅でお疲れでしょう。今宵は飲んで、食べて、ゆっくりして行ってください」
バトムが椅子を引いて、ミリを座らせた。
「食べる?」
「はい。わたくしどもが腕によりをかけて作った料理をご馳走いたします」
「ほえ~」とライムがまた口を開けた。
「ダメよ、ライム。油断しちゃあ」
隣でミリが言う。
「だって、料理なんて食べたことがないから」
悪魔は悪魔を喰らって生きている。
「はは。お待ちください。今、準備をしますので」と言って、バトムは部屋から出て行った。
「料理だって」、「どんなものが出てくるのかな」とライムとクスコは、待ちきれない様子だった。
それをミリは冷ややかな目で見ていた。
テーブルの上には、木製の皿、ナイフ、フォークにグラスが並べられている。全て木製だ。木製ならバトムが作り出せる。
やがて、「お待たせしました~」と言いながら、バトムがやって来た。バトムの後から続々と皿をもった召使たちが現れる。皿に乗った料理が次々と運ばれて来る。野菜中心だが、パスタやパンといったものまであった。
ミリは背負っていた破魔弓が邪魔になったので、隣の椅子の上に置いた。
「うわわわわ~」とライムとクスコは目を丸くした。
「さあさあ、席について。間もなく、姫様がお出でになります。そうしたら、食事を始めましょう。それまではワインでも召し上がれ」
そう言ってバトムは赤い液体をグラスに注いだ。
「ワイン?」
「葡萄酒です」
「葡萄酒?」
「飲んでみれば、どんなものか分かります」
「そうだね」とライムはグラスを口に運んだ。ぐいっと飲み干すと、「ほう~」と大きく息を吐いた。
「喉が焼けるようだ」
「はっは。お酒ですからね」とバトムが言った時、ガチャリとドアが開いた。
「姫様」
ドレスをまとった女性がダイニングに現れた。綺麗な卵型をした、薄い顔をした女性だ。
「ほら、お立ちなさい」とバトムが促し、「バートリ・エルジェーベト伯爵夫人です」と紹介した。
「堅苦しい挨拶は無しといたしましょう。さあ、たんと召し上がってくださいな」
エルジェーベトが優雅に椅子に腰掛けながら言った。
「ほえ~」とライムが相変わらず口を開けながら言った。「凄い恰好をしているね~」
「ドレスを見たことがありませんか?」
「ない、ない」
「そちらのお嬢様も、ドレスを身に着ければ、優雅な貴婦人になれますよ」とエルジェーベトがミリに言った。
「私? そんな窮屈そうな服、着たくない」
「そう。残念。あなたなら、きっと似合います。綺麗で若々しいから」
「綺麗?」
ミリは綺麗と言われたことが不思議そうだった。
「そう。あなたは綺麗」
エルジェーベトがライムに向き直ると、「これ、うちで取れたイチゴです。練乳をかけると美味しゅうございます」と言った。
「へえ~イチゴ?」
ライムが皿からイチゴをひとつ取って、ほおばる。
「うわっ! 甘い」
ライムが目を見張る。
「ほほほ。美味しゅうございますでしょう」
エルジェーベトの目がきらりと光った。
次の瞬間、「うっ!」とライムが呻くと、口からぶくぶくと泡を吹き始めた。
「ライム!」
ミリがかけよる。だが、ライムに触れることができない。迂闊に触れると浄化してしまう。
ライムが白目を向いて床に倒れ落ちた。
「ライム! ライム!」
ついにミリがライムを抱き起した。
「あっ! ミリ。ダメ」とクスコが叫んだ。
だが、ミリは浄化しなかった。ライムが死んでしまったからだ。イチゴだ。毒イチゴだったのだ。エルジェーベトは毒イチゴをライムに食わせた。無敵のライムも毒を盛られては、抗いようがなかった。
「ほほほほほ~」
エルジェーベトが高笑いをした。
「では、仕上げと行きましょう」
バトムが手を上げると、床を突き破って、何本もの樹木が伸びて来た。枝をしならせ、ミリとクスコに絡みつき、二人を動けなくしてしまった。




