#21 セイレンとボニー
荒れた荒野を二つの陰が歩いていた。
「セイレン。歌うのは止めて、私は音を操ることができるけど、それでもあなたの歌を聞いていると眠くなってしまう」と言ったのはボニーだった。
「ごめんなさい。楽しくなってしまって」と悪魔少女、セイレンがうなだれる。
「あなたの能力は歌ね。あなたの歌を聞いたやつは、皆、眠ってしまう」
「私の能力・・・」
「そうよ。あなたはその能力を使って、魔界で生き抜いて行かなければならないのよ。襲って来る悪魔たちを歌で眠らせてしまえば良い。そして喰らうの」
「・・・」
「嫌なこと、言ったかしら。悪かったわね。さあ、手を繋いであげる」
ボニーが手を差し伸べると、セイレンが嬉しそうにその手を握った。
ボニーはふと思った。子供の身で魔界に生れ落ちた悲しい少女。それがセイレンだ。この先、成長することがあるのだろうか。
魔界で子供は珍しい。大抵は大人の姿で魔界に転生して来る。子供では魔界に転生するような悪行を簡単に出来ないからだ。セイレンは一体、人間世界で何をしたのだろうか。
ボニーと手を繋いでセイレンはご機嫌だった。ボニーが止めろと言ったのに、また歌い始めた。
「ボニー。城だ。城がある。ライムは城に向かった」
突如、大声がした。
「どわっ!」
ボニーが飛び上がる。
ヴァンサンだった。
「いきなり声をかけないでよ!」
ボニーがしかりつけると、「す、すまない」とヴァンサンは素直に謝った。
アズムに手を貸し、気を失ったボニーをヴァンサンが救い出してくれた。
――ライムもヴァンサンも甘い。
とボニーは思う。気を失った悪魔など、喰らってしまえば良い。それだけだ。私ならそうする。それが魔界の掟だから。
ボニーが目を覚ますと、ヴァンサンは「俺は悪魔を引き付けてしまう。そういう性質だ。だから、お前から離れる。だけど、何処かで見守っている。だから、安心しろ」と言って、姿を消した。
「馬鹿みたい」とボニーは言ったが、この魔界で、いや、人間世界でも、これだけボニーのことを気にかけてくれた者はいなかったかもしれない。
言葉通り、ヴァンサンはボニーを見守っていた。時折、ちらと姿が見える。その度、「馬鹿みたい」とボニーは嬉しそうに呟いた。
そして、レンドとセイレンに出会った。
二人の存在には気がついていた。レンドがセイレンを救う場面を目撃したからだ。レンドがセイレンを喰らわず、二人並んで歩き始めた時は、「何をするつもりだろう?」と思った。
何か企みがあってセイレンを連れて歩いているのだと思ったが、その後、何も起きなかった。レンドは本気でセイレンのような、か弱い悪魔を道連れにしたようだった。
――ライムの近くにいると、悪魔が悪魔で無くなってしまうようだ。
と思わずにはいられなかった。
ヴァンサンと離れ、一人になったボニーはライムを追い続けた。そして、レンドとセイレンに再び出会った。
レンドはボニーと出会うと、これ幸いとセイレンの世話を押し付けた。
「俺はちょっと辺りを見回ってくる」と言っては、ふわりと宙に舞い上がり、姿を消してしまう。何処かで悪魔の魂を喰らい、力をつけようとしているのだ。
今もレンドは何処かに行ってしまって、ボニーがセイレンの面倒を見ていた
「良いよ。私をセイレンと二人っきりにして。この子を喰らってしまうかもしれないわよ」とレンドに言うと、「喰らいたけでば喰らえば良い。俺には関係のないことだ。だが、ひとつ、言っておく。お前がこいつを喰らえば、俺はお前を喰らってやる」
レンドはそう言う。
レンドのような冷酷な悪魔が、セイレンに対して、特別な感情を抱いているのだろうか。
「城って、あの、王様がいて、お姫様がいるような城のこと?」とボニーはヴァンサンに聞いた。
「そうだ。あのご領主様が住んでいたみたいな、お城だ」
「そんなものがここにあるの?」
魔界に城とはびっくりだ。
「ある。俺も驚いた。しかも、周りは草木でいっぱいだ」
「水が無い魔界に草木が生えているの?」
「そうだ」
「ふ~ん。なんだか、怪しいわね」
「そうだな。怪しい」
「私、ちょっと様子を見て来る。ヴァンサン、あなた、ちょっと、この子の面倒を見ていて」
「お、俺がか――!」
「そうよ。あなたよ」
「でも・・・」
「城があるのなら、辺りに大勢、悪魔がいるはず。悪魔が大挙して襲って来たら、私にはこの子を守り切ることなんて出来ない。自分の身を守ることで精一杯。でも、あなたなら、大勢の悪魔を相手に戦うことができる。この子を守ることができるはず」
「そう言われても・・・」
「レンドが戻って来るまでよ」
「レンドは何処に行った?」
「知らない。何処かで悪魔を喰らっているはず」
「ふん。野蛮人め」
「あなたが言う?」
「それもそうだ」
「頼んだわよ」と言ってボニーが走り出した。
ヴァンサンはその後ろ姿を見送った。
隣を見ると、セイレンがヴァンサンを見上げて、手を差し伸べた。
「な、なんだ?」
「お手て、繋ごう」とセイレンが笑顔で言った。




