#20 チェイテ城
「あれ、あの高いものは何だろう?」
ライムが声を上げた。
木だ。木が生えている。魔界に植物など生えていない。荒寥とした荒地が続くだけだ。
「あれは木だね~」とクスコが教える。
「木?」
「うん。人間世界だと珍しくないんだけど、魔界では見たことがない」
「人間世界にあるものなの⁉」
ライムが目を輝かす。
「止めた方が良い」とミリが止めるが、何時ものことだ。ライムは聞かない。好奇心を止められない。木に向かって歩いて行く。
「ライムは止められないよ。僕らで守ってあげなければ」とクスコが言う。それを聞いてミリが微笑んだ。ミリもクスコも、ライムを守るどころか、ライムに守られている。
まるで門のように二本の木が並んで立っていた。ライムは木に駆け寄ると、幹を撫でながら感触を確かめた。
「これが木。ごつごつしているね。柔らかいような堅いような。この先にあるのは何?」
二本の木の先には、雑草が生い茂っていた。
「やあ、草だね。雑草だ」
クスコは狐だ。身を隠すことができる雑草が大好きだ。「やあ!」と雑草に飛び込んだ。暫く、雑草の中を駆けまわっていたが、やがて首を傾げながら戻って来た。
「どうしたの?」
「うん。なんだか違う」
「違う? 何が?」
人間世界にあった雑草と違うような気がする。
「ふ~ん。どう違うの?」
「分からない。そっくりなんだけど、何か違う。上手く言えないけど、生きていない」
「生きていない?」
「造花みたいだってこと?」と聞いたのはミリだった。
「うん。そう、造花。造花みたいだ」
「魔界に雑草なんて生えないものね」
雑草の中、石畳の道が続いている。
「先に行ってみよう」とライムが歩き始めた。
ミリもクスコも、もう「止めた方が良い」とは言わなかった。好奇心に駆られたライムは止められないことが分かっているからだ。
石畳の道は丘を越えたところで、下り坂となり、遙か眼下に城が見えた。そう城だ。西洋の城が森の中に建っていた。
「あれは何だろう?」
クスコが答える。「ライム。あれ、城って言うんだよ。人間世界で昔、王様とか偉い人が住んでいた場所だよ」
「城かあ~」そう言いながらライムは早足になっている。
ライムの後を追いながらクスコがミリに言う。「ミリ。悪い予感がする」
「うん」とミリが頷く。
城に近づくにつれ木の数が多くなる。雑草は芝へと変わり、城壁のように木に囲まれた城が見えて来た。かなり大きい。ハイタウンを凌ぐ規模だ。
巨大な門を西洋風の鎧を身にまとった二人の従者が守っていた。
「何やつ!」、「止まれ!」と槍先を向けて、駆け寄ってくるライムを威圧した。
「ここは何?」
「チェイテ城だ!」
「誰が住んでいるの?」
「バートリ・エルジェーベト伯爵夫人がお住まいだ」
「へえ~中に入ってみたいな」
「ふざけるな! お前、喰らわれたいのか⁉」
一人の従者ががばと口を開けた。
「まあ、まあ。お待ちなさい」
そこに現れたのは黒の執事服を身にまとい白い手袋をはめた男だった。立派な髭を生やし、痩せてほっそりとしていたが、身のこなしは素早い。細い目の奥が異様に冷たかった。
「変わった格好だね~」とライムが興味を示す。
「私はこのお城で執事を勤めておりますバトムと申します」
「執事?」
「バートリ・エルジェーベト伯爵夫人にお仕えしております」
「ほえ~」ライムが感嘆の声を上げた。
魔界とは思えない。別世界だ。
「姫様より、失礼のないように、お客人をご案内するように命じられて参りました。是非、チェイテ城にお立ち寄りください」
バトムは恭しくお辞儀をした。
「うん。是非、城の中を見てみたい」
「そうですか。では、こちらへどうぞ」
バトムの声に合わせて、閉じられていた城門がぎぎと開き始めた。
「うわあ~」
城が全容を現わす。城の中には、三角屋根の塔が聳え立っていた。




