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落ちこぼれの悪魔~ライム・ザ・デビル  作者: 西季幽司
アサシン・バトムの章
20/29

#19 血に飢えた伯爵夫人

 光の届かない暗闇が辺りを支配していた。

 窓が無い塔の一室にバートリ・エルジェーベトは監禁されていた。一日に一度、食事が与えられる時に、わずかだが灯りが差し込んで来る。それで、一日が経ったことが分かる。

 部屋には粗末なベッドがひとつあるだけで、他には何も無かった。だが、漆黒の暗闇の中では、何があっても役に立たない。

 バートリ・エルジェーベトは三年もの間、暗闇の中で、汚物に塗れながら蠢いていた。

「ああ、神よ」などと、神に縋ったりしない。

 バートリ・エルジェーベトは神の御加護を受ける資格がなかったからだ。

 十六世紀、バートリ家はトランシルヴァニア公国に於いて名門貴族だった。エルジェーベトは名門貴族の娘として生まれた。

 長じて、美しい娘に成長すると、十三歳でハンガリー貴族ナーダシュディ・フェレンツ二世と結婚した。フェレンツはハンガリー軍の将校であり、英雄として知られていたが、同時にその残虐さで有名な貴族だった。後のエルジェーベトの残虐行為は夫に教えられたものだという。

 夫は戦争で忙しく留守にしがちだった。エルジェーベトは、夫に代わってチェイテ城と荘園を管理した。夫公認で愛人を持ち、贅を尽くすこと、自らの美貌を保つことに執着した。

 夫の死後、エルジェーベトは暴走を始める。

 もともと、ささいなことで召使を折檻することが多かったが、それでは満足できなくなった。「鉄の処女」と名付けた鉄製の人型の棺桶をつくらせた。内側に無数の刃があり、中に人を入れて扉を閉めると、無数の刃が体を傷つける。生贄が流した血が蛇口から出て来る仕組みになっていた。その血を浴びることで、永遠の若さと美貌を維持できるとエルジェーベトは信じた。

 召使に命じて領内の娘を誘拐させて来ては、「鉄の処女」を使って生き血を集めた。


――チェイテ城に足を踏み入れた者は生きて帰れない。


 領民はそう噂した。

 エルジェーベトの悪魔の所業が終わりを迎える時が来た。

 生贄として城に監禁されていた娘が一人、逃げ出したのだ。牧師のもとに逃げ込んだ娘は城内で行われているおぞましい所業を訴えた。

 既に領内の娘では足りずに、「礼儀作法を習わせる」と貴族の娘も誘い出して生贄としていた。この為、ハンガリー王家でも無視できずに、役人たちを派遣した。

 城内に踏み込んだ役員たちは、その光景に唖然とした。城内には数えきれないほどの切り刻まれた死体と衰弱した生贄たちがいた。

 城の地下室には白骨死体が山積みとなっており、庭一面に死体が埋められていた。

 役員たちは従僕と侍女を拷問し、エルジェーベトの行った残虐な行為を白状させた。実に六百人以上の若い娘が犠牲となっていた。

 裁判が行われた。

 従僕は斬首刑に、侍女を火炙りの刑となったが、エルジェーベトは高貴な家系であるゆえに死刑にならなかった。扉と窓を漆喰で塗り塞いだチェイテ城の部屋に幽閉された。一日に一回、食物が運ばれた。扉も窓もない暗黒の中で、エルジェーベトは三年半、生き続けた。

 そして、エルジェーベトは死んだ。

 死んで魔界に生まれた。


――姫様!


 バトムだ。先に斬首刑にされた従僕のバトムが待っていた。

「お待ちいたしましたぞ。姫。この世界でも姫様にお仕えいたします」

「おお~バトム。相変わらず頼りになるの」

「シェトランがお城をつくっております。チェイテ城が間もなく完成いたします」

「チェイテ城か・・・」

 懐かしくもあるが、三年半も監禁された忌まわしい城でもある。

「バートリ家の栄華を取り戻しましょう!」

 バトムが嬉々として言った。

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