#14 半獣の闘士
ヴァンサンは戦い続けていた。
魔界に生れ落ちた時から既に異様な姿をしていた。半獣半人、狼男の姿をして魔界に生れ落ちた。二メートルを優に超える雄大な体躯に筋肉で盛り上がった肩。ここでは正体を隠す必要などない。だが、ヴァンサンのそのおぞましい姿はただでさえ目立つ上に、何故か悪魔たちの恰好の標的となるようで、次から次へと悪魔が襲って来るのだ。
恐らく強さへの畏怖だろう。悪魔たちはヴァンサンを喰らいたがった。
群がり、襲って来る悪魔たちを、ヴァンサンはその圧倒的な力で蹴散らし、引きちぎり、へし折り、嚙みちぎり、押し潰して来た。
魔界では誰も疲れることを知らない。
果てしない戦いを続けていた。
(これは使えるな)とアズムは空を漂いながら、ヴァンサンを監視していた。
ヴァンサンと花に群がる蜂のようにヴァンサンにまとわりつく悪魔たちが利用できそうだ。アズムはヴァンサンと悪魔たちの間に舞い降りると、ギラりとライトニングソードを抜いた。
新たな敵が現れた。ヴァンサンはそう思ったが、敵は背中を向けている。
「あらよっ!」
アズムがライトニングソードを一閃すると、落雷が悪魔たちを直撃した。
ヴァンサンを取り囲んでいた悪魔たちが気絶する。
一瞬の出来事だった。ヴァンサンはただ呆然と成り行きを見守っていた。
「ほら。好きなだけ喰らいな。お前を喰らおうとしたものたちだ。遠慮はいらないだろう」
アズムの言葉に我に返る。
ヴァンサンは地面に転がった悪魔たちをむさぼり食った。その様子をアズムは岩に腰掛けながら、無表情で見つめていた。
ヴァンサンが悪魔たちを喰らい終わると、「さあ、行くぞ」とアズムが言った。
アズムがすたすたと歩き出す。その後ろ姿は隙だらけだった。
(今なら、こいつを喰らうことができる)とヴァンサンが考えなかったはずが無い。
悪魔は悪魔を喰らうことで強くなる。特に強い悪魔を喰らえば、より一層、強くなることができる。前を行くアズムは強そうだ。喰らえば、自分の能力が三段跳びでステップアップすることだろう。
だが、ヴァンサンにはアズムが喰らえなかった。
魔界に生れ落ちて、初めて話しかけられた。問答無用で喰らいに来る悪魔ばかり相手にして来た。アズムのような悪魔は初めてだった。ヴァンサンは狼男の姿をしているが、もとは人だった。人として生きて来て、狼男として死んだ。アベルを守る為に。それだけだ。
「どこに行くのだ?」と聞いてみた。
「戦いに行くのだ。手伝ってくれ」とアズムは答えた。
「また戦いか」
「嫌なのか?」
「嫌であれば、ここでは生きられない」
「その通りだ。生きたければ戦って勝つしかない」
「名前を聞いていいか?」
「アズムだ。お前の名は?」
「ヴァンサン」
「分かった。ヴァンサン、ついて来い」
魔界で名前を呼ばれたのは初めてだ。ヴァンサンはちょっと嬉しくなった。
「俺はお前の下僕にはならないぞ」
悪魔の中には強い悪魔のもとで下僕のようになって働くものがいる。強い悪魔に守ってもらうのだ。エスカルのもとにいた青き悪魔たちのようのものだ。
「好きにしろ。私は下僕を探していた訳じゃない」
「何を探していた?」
「闘士だ」
「闘士か・・・」
そう呼ばれることは心地よかった。「闘士ヴァンサン、うん。悪くない」
「はは。妙な男だな、ヴァンサン、お前は。ちょっと待っていろ」
そう言うとアズムはふわりと舞い上がった。高く、高く、上空へ。そして、辺りを見回した。遥か彼方にほんのりと明るく染まった場所があった。
「ああ、あれだ」
ミリが発光しているのだ。
赤黒い世界では、ミリの光が遠くからでも分かった。