#12 ジェヴォーダンの獣(後編)
森の中に小屋が建っている。
ジャン叔父の家だ。ヴァンサンの曾祖父はこの辺りの森を支配する小領主だったようだ。祖父が受け継ぎ、何故か次男だったジャン叔父が土地を受け継いだ。ジャン叔父が継いだことについて、亡くなった父は何も言っていなかった。
「あいつが適任だ」というような言い方をしていた。
ジャン叔父が跡を継ぐと、ヴァンサンの父は家を村に移り住んだ。
変わり者のジャン叔父は嫁も取らずに、森の中の小屋で、一人で暮らしている。叔父とは言え、ヴァンサンでさえ、ほとんど会ったことがない。父に連れられて、二、三度、ここを訪れたことがあるだけだ。
「挨拶しておかなくて良いのか?」とユーゴが言う。
「いいさ」とヴァンサンは答えた。
「森を捜索するぞ」と五人は森に入った。
ヴァンサンの曾祖父は名の知れた剣士だったようで、戦で目覚ましい功績を挙げ、フランス王より直接、この森を賜ったと聞いている。
王家お墨付きの森である上、ジャン叔父の奇矯な性格に怪物の噂もあって、滅多に村人が近づかない。他の場所に比べて、森は深く、暗かった。
五人はひとかたまりになって、森の中をさまよった。
探索に疲れ、木の根に座り込んで休息していると、ガサゴソと何ものかが近づいて来る音がした。緊張が走る。ユーゴが銃を構え、四人は槍を手に取った。
「お前ら! ここで何をしている」
現れたのは銃を構えたジャン叔父だった。ヴァンサン同様、大柄な男で、黒髪を肩まで伸ばし、弓矢を背負い、銃を手にしていた。
「叔父さん」
「ヴァンサンか。お前も一緒なのか」
「うん。実は――」と森に来た理由を説明した。
ヴァンサンの話を聞いて、ジャン叔父は無言で暫く、何か考えていたが、「お前たちは森から出て行け。ここは俺の森だ。ヴァンサン、お前だけは、俺について来い」と言った。
「後でな」とユーゴたちが森から出て行った。
ヴァンサンはジャン叔父に連れられ、小屋へと向かった。
小屋は子供の頃に見た時のままだった。何もかもが古いが、意外に片付いていた。
「お前に見せておきたいものがある」と言って、ジャン叔父はヴァンサンを奥の部屋へと案内した。奥には行ったことが無かった。寝室があるものだと思っていた。
まるで牢獄の扉にような頑丈な扉を開けると、そこには殺風景な景色が広がっていた。窓もない部屋で、壁際にベッドがひとつあるだけだ。しかも、異様なことに壁から四本の鎖が出ていて、鎖の先が鉄の輪に繋がっていた。手首、足首を繋ぐのだ。
ここに人を拘束しておく為の部屋のようだ。
「・・・」ヴァンサンが絶句する。
「お前がこの部屋を使う時が来たようだ」とジャン叔父が言う。「村を出て、この小屋へ来い。お前はここで暮らすのだ」
「嫌だ」
「それが我ら一族の定めなのだ」
「父は村で暮らした」
「兄は血の継承者ではなかった。だが、お前は違う。血の継承者だ」
「血の継承者?」
「しかも、お前の場合、血が濃すぎるようだ。これ以上、無用な殺生をするな」
「何を言っているんだ。嫌だ!こんなところで暮らすなんて」
ヴァンサンが逃げ出そうとすると、「待て!」ジャン叔父が呼び止め、「これを持って行け」と銃と弾を渡した。
ジェヴォーダンの獣が現れた。
討伐隊は銃を撃ちかけ、槍で突いたが、ジェヴォーダンの獣は平気だった。暴れ回るジェヴォーダンの獣を倒したのは、ヴァンサンだった。ヴァンサンが放った銃弾により、ジェヴォーダンの獣は絶命した。
「ついにジェヴォーダンの獣を仕留めたぞ~!」
討伐隊は歓声に沸いた。
ジェヴォーダンの獣は二メートルを優に超える巨大な狼に見えた。だが、噂と違って、全身、真っ黒だった。
ヴァンサンは一躍、村の英雄となった。
「やったな!ヴァンサン」
「ジャン叔父にもらった銃のお陰だ」
ヴァンサンにはフランス国王より褒美が出るという話だった。
祝宴が終わると、ヴァンサンはジャン叔父を訪ねて森に行った。だが、小屋には誰もいなかった。そして、居間のテーブルの上に、ヴァンサン宛の置手紙が置いてあった。
村は平穏を取り戻したかに見えた。
だが、まだ終わっていなかった。一か月後のある夜、巨大な獣が村を襲った。今度は全身、燃えるように真っ赤な狼だった。これぞ正真正銘、ジェヴォーダンの獣だった。
村人は抵抗を試みた。銃を撃ち、槍で突いたが、ジェヴォーダンの獣には効かない。村を荒らしまわるジェヴォーダンの獣により、竈の火が飛び火し、村は炎に包まれた。
村人を殺し尽くし、最後にジェヴォーダンの獣が向かったのが、パン屋だった。
アベルが銃を片手に両親と妹を守ろうと立ち塞がった。
ジェヴォーダンの獣は一瞬、ひるんだように見えた。
その隙をついて、アベルが撃った銃弾がジェヴォーダンの獣の胸を貫いた。ジェヴォーダンの獣は「うおおおお~!」と咆哮を上げ、踵を返すと、炎の中へ消えて行った。
アベル一家を残し、村は全滅した。
アベルは村はずれの森の小屋を訪ねた。あの惨劇の前に、ヴァンサンから銃を渡され、言われていた。「ジェヴォーダンの獣が現れたら、この銃を使って身を守ってくれ。この銃なら、ジェヴォーダンの獣を殺すことができる。そして、ジェヴォーダンの獣を倒したら、ジャン叔父の小屋を焼き払ってくれ」と。
ジェヴォーダンの獣と出会ったあの日、アベルは草原でヴァンサンと待ち合わせをしていた。そこにジェヴォーダンの獣が現れた。
小屋に着くと、テーブルの上に置手紙が残っていた。ジャン叔父がヴァンサンに宛てたものだった。
ヴァンサンよ。
我ら一族は狼男の一族なのだ。成人になると、狼男に変身するようになる。一族の人間、みなではない。お前の父親のように血の薄い人間もいる。だが、お前は違う。しかも、私よりも強く狼男の血を継承しているようだ。
何時、狼男に変身してしまうのか、自分自身でも分からない。一旦、狼男になると、人間だった時の理性が無くなってしまう。ただ、人を殺し回るだけだ。だから、人を傷付けないように、私は村はずれに小屋で、一人で暮らして来たのだ。
狼男に変わる前、予兆を感じる。体の奥底が沸騰するかのように熱く感じるのだ。予兆を感じると、奥の部屋で自分を拘束しておく。そうして、村の者を犠牲にしないようにして来た。
渡した銃弾は唯一、狼男を殺すことが出来る銀製の銃弾だ。
いいか。ヴァンサン。私の死を無駄にするな。
ここに来て、一人で暮らすのだ。
ジェヴォーダンの獣の正体はヴァンサンだった。あの黒い、ジェヴォーダンの獣はジャン叔父だった。ジャン叔父はヴァンサンの身代わりとなって死んだ。だが、ヴァンサンはジャン叔父の遺言に従わず、一人、小屋で暮らすのを拒み、ジェヴォーダンの獣としてアベルに撃たれ、業火に焼かれて死んだ。
アベルは小屋を焼き払った。