プロローグ
綿密にプロットを練るタイプではないので、ミステリーは校正段階で齟齬が見つかって書き直したり、 新たに伏線を追加したりで、書き上げてから修正が多い。とてもではないが、書きながらアップする勇気が無い。
一体、仕上げてからの掲載になるので、かなり間が空いてしまう。
ショートショートは調子の良い時はアイデアがぽんぽん出て来るのだが、スランプに入ると、出がらし状態になってしまう。考えても、考えても、何も出て来ない時がある――というか、大体、この状態。調子の良い時に書き溜めておいて、掲載している。
安定的に掲載できる作品が欲しいと思い、書き始めたのが本作。
もとは別の作品の裏設定なのだが、考えている内にどんどん世界が膨らんでしまった。そこで、別作品にしてみた。漫画の連載を読む感じで読んでいただけたらと思う。
この世には魔界があり、悪魔が住んでいる。
魔界は空の上や地下、海の底にある訳ではない。我々、人間が住んでいるこの世界に重なって存在している。
パラレルワールドなどではない。
コンピューターで描いたドット絵を想像してもらいたい。ドットが我々の世界だ。我々の世界は繋がっている。そして、我々が暮らすドットの世界をはるか上空から見ると、モナ・リザの絵だったり、有名人の肖像画が見えたりする。そのモナ・リザの絵が魔界なのだ。二つの世界は重なり合っているが、行き来できない。
我々の現実世界、人間世界と最も異なるのは、魔界には空間があっても時間がないことだ。時が止まっているのだ。
魔界は悪魔で溢れている。
ふつふつと悪魔が泡のように湧き出て来る。人間世界で悪行を働いたものの魂かもしれない。だが、時間が流れないので、悪魔は成長しない。
悪魔は、自分以外の悪魔を喰らって大きくなるしかない。
悪魔を喰らい続け、強大になった悪魔は様々な力を得る。そして、一握りの悪魔は人間世界と魔界を行き来できる能力を得るのだ。人間世界にやって来た悪魔は、身に着けた特殊能力を使い、人の魂を奪おうとする。奪った魂で自分自身を、自身が有する能力を更に強化できるからだ。
魔界は弱肉強食の世界だ。
常にトップを目指しておかないと、誰かに食べられてしまう。悪魔に実体はない。だから、いくら食べても体が大きくなる訳ではない。能力を奪うことができるだけだ。
悪魔は人間そっくりの姿形をしている。もとが人間だったからか、人間世界で活動しやすいからかは分からない。
人間世界で人の魂をため込んだ悪魔は、その魂を使って、自らの分身となる悪魔を創造することができたりする。子供をつくるようなものだ。
偉大なる悪魔、記憶を操る悪魔、カイアムは二人の分身を、息子をつくった。
一人はレンド。性は凶悪。最強の悪魔となるべく、生れ落ちて直ぐに、周囲の悪魔を喰らい始めた。レンドはカイアムからひとつ、特殊な能力を与えられていた。
他者に喰らわれると、内からその悪魔を崩壊させることが出来る能力だ。だから、レンドを喰らうことができない。喰らえば身の破滅を招くだけだ。喰らわれる心配なく、悪魔を喰らい続けることができる。それがレンドの強みだ。
魔界には厳然たるヒエラルキーがあって、階層が上がって行くほど、能力が上がって行く、そして最上位の悪魔は人間世界と行き来が出来、人の魂を集めることができるのだ。
既にレンドは悪魔の階層の最下層を抜け出していた。
もう一人はライム。悪魔とは思えないほど、性は温厚だ。生れ落ちてこのかた、他の悪魔を喰らったことがなく、ただ漠然と存在している。臆病で弱々しいが、他者から喰らわれることがない。何故ならライムは悪魔が喰らってはいけない、清く正しい心を持っていたからだ。
その心に触れただけで、悪魔は浄化してしまう。
ライムには特殊な能力があるはずなのだが、誰とも争わない為、その能力が何なのか謎だった。
レンドはこの後から生まれた、弟ともいえるライムが嫌いだった。もっとも悪魔の間で兄弟間の愛情などない。カイアムとの間で親子愛も無かった。
ただ、カイアムから言われた言葉が、気にいらなかった。
――ライムは悪魔の中の悪魔だ。
とカイアムは言った。
「あの臆病者が悪魔の中の悪魔だと⁉ 落ちこぼれの悪魔の間違いではないのか?」
レンドには信じられない。悪魔を食らわずにいるライムが強くなんてなれるはずがない。一体、どうやって悪魔の中の悪魔になれるというのだと。
悪魔の中の悪魔になるのは自分だと思っているのだ。
忌々しいが、ライムを喰らうことが出来ない。ライムが自分を喰らってくれれば内から滅ぼすことができるのだが、一向に悪魔を喰らおうとしない。それが、レンドにはもどかしかった。
そんなカイアムが魔界に戻って来ていた。また人間世界で魂を奪い、力を蓄えて来たに違いない。
悪魔と人間たちは長い間、抗争を続けて来た。
人間世界には悪魔祓いというやつらがいるらしい。人間世界と行き来するような最上級の悪魔は悪魔祓いからシュープリーム・レベルと呼ばれている。シュープリーム・レベルの悪魔は十三人おり、この十三人が悪魔評議会を形成し、その数が一定に保たれている。悪魔祓いはこのシュープリーム・レベルの悪魔の弱点を研究し尽くしている。そして、時に悪魔を浄化するのに成功することがある。
レンドたち下級の悪魔には縁が無いが、シュープリーム・レベルの悪魔が一人、浄化されるとピラミッドの頂点にいる者が一人、いなくなることになる。
席がひとつ空く訳だ。
空いた席を巡って、悪魔たちは熾烈な競争を始める。
人間世界で十三人のシュープリーム・レベルの内、誰かが浄化されてしまったのかもしれない。カイアムは悪魔評議会の為に魔界に戻って来たという噂だった。
カイアムが戻って来たという噂を聞いて、レンドは直ぐに会いに行った。カイアムは父親と言うより派閥の領主だ。レンドはカイアム派閥の一員に過ぎない。
レンドを見て、カイアムは「レンドよ。励め。喰らえ。強くなれ。お前は、この魔界を制圧する際の、先兵となるのだ」と言った。レンドは畏まってカイアムの言葉を聞いた。
そのカイアムが、わざわざライムに会いに行くと言った。
レンドは嫉妬の炎で身を焦がした。何故だ。何故、カイアムはライムばかり贔屓にするのだ。あんな臆病者の落ちこぼれが一体、何の役に立つと言うのか。そうカイアムに言いたかった。
嫉妬の炎に苛まれながら、レンドはカイアムについてライムを訪ねた。
ライムは寝ているように見えた
相変わらず争わず、何も食らわず、ただ存在しているだけだった。カイアムはライムに近づくと、ピアノを弾くように優雅に指を動かした。眠っているように見えたライムの体がぴくぴくと痙攣する。
カイアムは記憶を操る悪魔だ。ライムに何か記憶を植え付けているのだ。やがて、カイアムの指が止まると、ライムがかっと目を見開いた。
「ライムよ。お前の力が必要になる。目を覚ませ。これから、十人の刺客をお前に送ることにする。やつらには、お前を喰らうことができる力を与えておく。その十人を倒せ。喰らえ。分かったな」
カイアムはそう言い残すと、飛んで行った。