魔装術
何故なのかは分からない。
あのまま続けていれば、魔術戦においても追い詰められたかもしれない。
だが、それでも彼女の優位は揺るがない。
彼女には、他の誰ももっていない切り札があるからだ。
(お前でもこれには届かない)
レベッカは、祈るようにその剣を構えた。
そして、練りこまれていく膨大な魔力。
その濃密な魔力は空間を歪曲させるような錯覚さえ覚えさせる。
レクスは思わず身構えた。
「炎よ、わが身に宿り、わが敵を滅ぼせ……炎魔術付与」
詠唱を完成させたレベッカの足元から、神々しい光を放つ爆発が起こる。
そして、巻き上がる神聖さを感じさせる輝く炎。
炎はレベッカの体を覆うように巻き付いていき、まるで炎の衣のように纏わりついていくと、彼女と一つになった。
轟々と燃え盛る炎をその身に宿しながらも、その炎はレベッカを焦さなかった。
彼女の美しい髪も、瑞々しい肌も、身に包む服さえも。
「……これがあんたの見たかったもんだろ……?」
その炎は彼女を守る鎧。
その炎は彼女の敵を貫く鉾ともなる。
【魔装術】
それは、その体に魔術を宿し、戦闘を行う事を可能とする技術だ。
それは、かつて救世主と呼ばれた男が、編み出し、一部の王族に伝え、口伝で継承されてきた、伝説の技術とされていた。
だが、魔装術は習得するのが困難な技術だった。
魔装術を用いるために必要な、付与魔術を展開することさえ困難とされ、そして武術に長けたものでなければ真価を発揮しない。
いつしか、伝承は途絶え、それは、失われた技術とされていた。
魔装術は、【ブレイヴ・ヒストリア】の世界では、最強の戦闘技術とされていた。
使い手はおろか、その存在さえ知るものさえ少ない。
作中使用できたキャラクターは、このレベッカと主人公ローラン。
そして、開発者本人の魂を有したラスボスの救世主のみだった。
ローランでさえ物語終盤でようやく身につける技術であり、この技術をレクス・サセックスは最後まで知らなかった。
それゆえにレクス・サセックスはローランに敗北する。
この魔装術を、ローラン以上に自在に使えるが故にレベッカは、【ブレイヴ・ヒストリア】の世界において最強の呼び声が高かった。
「……魔装術か」
「ああ、それで……どうだい? こいつはさ」
勝ち誇ったような笑みを浮かべ、神々しい光を放つレベッカ。
「……美しさ、さえ感じる」
「……そうかい。そうかい。あはは。なぁ、それで……天才サマは……この状態の私を見てまだ、勝てる気でいるのかい?」
気をよくした様子のレベッカは無造作に剣をふるう。
そうすると、ゴォッ!という音と共に、炎の斬撃がレクスの左右に向かって、鋭く放たれた。
言葉を続けるレベッカの握った剣は炎を纏い、その切先は、レクスの顎を、下から撫でるかのように、喉元へと向かった。
「無理だとは言わん。だが、難しいだろうな」
「言っちゃなんだが……この状態の私とまともに戦える奴を私は知らない。………そして、この技を使えるのは世界に、多分、この私一人だけだ……」
勝ち誇ったようにレベッカは言う。
「だろうな」
顔を伏せるレクス。
「……まぁ、あんたは確かに天才かもな……。だが、世間知らずだ。才能だけじゃ超えられない壁ってのもあるのさ……私はガキの頃に知り合いのおっさんから教わったよ。世界は広いてっな。あんたもいい加減学びな……」
指先で炎を弄びながら諭すようなレベッカ。
「それは今はあいつも使えない……」
「はぁ?」
眉根を寄せるレベッカは振り返る。
「ああ、そうだとも。お前はまだ教えていないからな」
「お前何言ってんだ?」
勝ち誇ったような、笑みを浮かべるレクスに怪訝な顔を浮かべるレベッカ。
「あいつより先に、ここで俺が覚えさせてもらうってことにするってことさ」
「なんだと……?」
「それさえあれば……俺は、もう、この世界で、怖いもの無しだ……悪いなレベッカ」
そう言って、レクスは背後に飛び退き、レベッカから距離を取ると。
そして、剣を握り祈るような姿勢のレクス。
「……覚えるったってこいつは……」
ただの格好だけの、猿真似かと、レベッカは一瞬思った。
(――だが、なんだ? この魔力は……これではまるで……)
その魔力の質と量に困惑する。
それは、レベッカに濃密な魔力は空間を歪曲させるような錯覚さえ感じさせた。
体の芯を揺らすような脅威を感じる。
「炎よ、わが身に宿り、わが敵を滅ぼせ……」
零れ落ちる詠唱。
「……炎魔術付与」
「は!?」
困惑したレベッカの目の前で、先ほどと同じような神聖な爆発が巻き起こる。
だが、それは先ほどとは違う、灰色の煙幕のような煙を伴った。
それはまるで、不出来な魔術師が炎の魔術を使ったような現象。
「ふふ……あはははッ!」
吹き出したような高笑いが聞こえた。
「な、なんで……」
現実を受け入れらない様子のレベッカの視線の先。
「できた……、やはり……」
煙の中から現れたのは、少し不格好な、今のレベッカと同じような炎の衣を纏ったレクスの姿であった。
技を盗むという事は、技術を模倣する事だ。
一つの、技術というのは、試行錯誤の積み重ねの上に完成される。
技術とは、失敗と成功を積み重ねる経験の蓄積。
しかし、職人は技を盗め――と言われる。
弟子は師匠の技を見て、真似し、工夫し、本物に近づける。
模倣というのは、技術を学ぶ為の、最短距離を辿る事とも言える。
鈴木守という人間が、盗んだものは、知識やアイディアなど多岐に渡った。
彼は、模倣する技術を極める事により、様々な技術を加速度的に習得していった。
それは、料理、歌唱、ダンス、ハッキング、高級家具の修繕までと、多岐に渡った。
「おい、アレって…」
「おいおい、なんであ、あのガキがアレを…」
「あれは、あれはッ! 姐さんの。姐さんだけのっ!」
傭兵団内部でも魔装術を使おうとするものはいた。
教えを乞うものもいた。
しかし、魔装術に至るための付与魔術を展開出来たものは誰一人としていなかった。
「な、なんで……」
後退りするレベッカ。
「……ああ、そうだ、一つ訂正しようレベッカ。俺は俺が怖い。この俺の才能がな……」
調子に乗った様子のレクス。
しかし、魔装術を模倣できた事には、様々な幸運の重ね合わせによるものが大きかった。
レベッカが得意とするのは炎の魔術。
彼女が別系統の魔術を得意としていたなら、模倣するのは、不可能だったかもしれない。
自分の持つ技術と類似したものを学ぶ事は比較的容易だ。
だが、それでも魔装術を模倣する事は容易な事ではなかった。
レクス・サセックスという非常に魔術に対する適性の高い肉体と、幼い頃からの英才教育によってつけた知識の土台。
そして、鈴木守の模倣の技術が、かけ合わさって生まれた奇跡のような出来事。
レベッカが練った魔力の質と量、詠唱。そ魔術現象を手掛かりに分析し、その間にある、に至る付与魔術の真髄を分析した。
観察、理解、という過程を経て目指すのは《《完全再現》》。
――一応は及第点。といったところか……。
それは、レベッカの展開したそれと比べると不完全なものであった。
(……今の一瞬で私のを見て……覚えたとでも言うのか……)
2年半。
それがレベッカが付与魔術を習得する為に要した時間だ。
幼い頃に両親を亡くし、とある冒険者の男に救われた彼女は、傭兵になった。
力を求め戦いと訓練に明け暮れた。
彼女は、メキメキと力をつけ、いつの日にか最強と呼ばれる傭兵団を率いる長となった。
そして、ある日、彼女は救世主の遺産とも言われる、聖櫃と呼ばれる秘宝を発見した。
聖櫃に収められた書物には、救世主の独白や、彼の独自魔術の開発過程が記されていた。
救世主と呼ばれた男の手記を頼りに、彼女は、くる日もくる日も、付与魔術の習得の為に没頭した。
皆が勝利に酔いしれ宴を開いている時でさえ、レベッカはその肌を、その髪を焼きながら必死に修練した。
(こんな奴が、こんな奴が、こんな奴が、こんな奴が……)
その心には紛れもない嫉妬の感情が渦巻いていた。
「だが熱い……これは、こんなに熱いものなのか? 何か焦げている? ……ッ! 俺の髪か?」
少し慌てた様子のレクスは自分の髪を触る。
(熱いだと?)
その様子をレベッカは注意深く観察していた。
「……俺はアフロにでもなってしまうかもしれん。アフロになったとしても俺はかっこいいだろう……だが、アフロはまずいな。クールな2枚目の俺のイメージが崩れてしまう……」
ブツブツと呟くレクスだが、
(ああ、そういう事か……)
レベッカその顔に余裕の笑みが戻る。
(そんなに簡単に扱えるものじゃないんだよな……)
その現象には見覚えがあった。
冷静になって見れば、その技術は明らかに未熟さを感じる。
「なるほど、少しは分かってきた。使い方によってはエアコン代わりになるな……」
「……化けの皮がはがれるのか、本物なのか……」
そう呟き、前髪を気にしているレクスの少し不意を打つように素早く、剣を振りかぶる。
そして、
「……この私が、採点してやる……ッ! 猿真似でこれが防げるか……」
叫び剣を振り下ろす。
しかし――。
炎が揺らめく音が響くと、ボフッという音と共にレベッカの剣は受け止められてしまった。
同じ炎を纏ったその剣によって。
「さあ、教えてくれよレベッカ……俺にこれの使い方を……」
「……ッ!」
目を見開くレベッカは、レクスに対する評価を改めざるを得なかった。