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約束


 一歩一歩近づく度に、心に戦慄が広がっていくのを感じた。

 思い起こされるのは敗北の記憶。

 手も足も出なかった、昨日の大敗の記憶。

 敗北を認めずに惨めに足掻く事しか出来なかった自分の姿。


「おう、また来たのか……」


 女は少し掠れた色気の漂う声でそう言った。

 彼女は振り返る事もなく背後から近づく、足音の主を察した。

 因縁のある相手の筈。

 しかし、背後からの不意打ちさえ警戒しない。

  

「昨日ぶりだな」

「そうだな」

「昨日の借りを返しに来た。一勝負と行こうではないか」

「お前なぁ……」


 女は、頭をガシガシと掻きながら振り返る。


 その女の名をレベッカといった。

 その髪は燃えるような赤い髪をしていた。

 年の頃は二十代半ばといったところ。

 女性としては、長身であり、すらりとした長い手足に、ほっそりとした腰を持ちながら、女性的な膨らみも持つ非常に豊満(グラマラス)な体形をしていた。

 

 その顔は少し肉食獣を彷彿とさせるような、獰猛さを醸し出しながらも、何処か貴族や王族を思わせるような気品漂う非常に整った顔をしていた。

 

 彼女は主人公ローランに、縁深き人間であり、レクス・サセックスを倒す必勝の策を授けると共に、彼をこの公爵領より追い出すのに大きな役割を果たす人物でもある。


 つまり、レクスにとっては天敵と呼べる人物――。


「お前、昨日あんな醜態晒しておいて、よくもまぁ、私の前にその顔見せられたもんだな」


 呆れた顔のレベッカは言う。


「過去は過去、昨日までの俺とは一味も二味も違うのだ」

「……昨日の今日でそんなに変わるものでも無いだろ。強さってのは一朝一夕につくもんじゃないんだ。だから日々の積み重ねが大事なんだよ。高名な天才サマは努力無しでもいきなり強くなるってか? はッ!」


 レベッカは馬鹿にしたように笑う。


「お前の言っている事も分からなくはないが、今の俺は昨日とは別人と言っていい」

「別人って……」

「ああ、そうだ、ある意味では、別人だな……。ふふ」

「はぁ……」


 ため息を吐くレベッカ。

 彼は全く懲りてはいない。

 昨日あれだけの負け方をしたのだ。

 まともな神経の持ち主ならこんな態度は取れないだろう。


(分かります、気持ちは分かりますッ! だから今の変なレクス様の相手をしないでくださいッ!)


 レベッカの気持ちをミリアムは察した。


「じゃあ……うん? それで? 天才サマは一体何が変わったっていうんだ? 私には違いが分からないんだ、教えてくれよ……ははッ!」


 両手を広げ煽るようにレベッカは問いかける。


「……ふむ。そうだな、色々変わったのだが、強いて言えば俺は、昨日の俺よりも格好良くなった。昨日までの俺も確かに格好良かったのかもしれんが、今日の俺は昨日の俺より、もっと格好良いいだろ?」


 恥ずかしげも無く言ってのけるレクス。

 そんな彼の表情をレベッカは少し目を丸くして言う。


「なんか……お前ってそんな奴だったけか? 自分でそんなこと言ってて恥ずかしくないのか?」


(そうですッ! そうですッ! 言ってやってくださいレベッカさんッ!)


 うつむき加減に拳を握りしめ同意するミリアム。

 

「何が恥ずかしいというのだレベッカよ。俺は超格好良いだろ?」

「まぁ、お前確かに顔はそれなりにいいよ。でもまぁ、そこまでじゃないな……」

「な、なんだと……ッ! お、お前…ッ! お前……ッ!」


 その言葉を聞いた瞬間レクスの体に衝撃が走る。

 

 ――そ、それなりだと…。お、俺のこの顔を見て、そこまでじゃないだと…そ、それなりにだとそ、それなりにいいだと……。

 こ、この女、どこかオカしいのではないだろうか? この俺にそんな評価を下す、などとッ! そ、それなりだとッ!


 自信過剰となったレクスにとって、レベッカの発言は聞き捨てならないものであった。


 しかし、


「ふぅ……」


 レクスは、深呼吸をして心を落ち着ける。

 今の俺は自信と余裕に満ち溢れた大人の男なのだ、と。

 そして、


 ――恐らくこいつは少数派(マイノリティ)だ。

 ――世の中には変わった価値観の人間もいる。

 ――即ち、女は皆、顔が良い男が好きというのは固定観念に過ぎないのだ。

 ――不細工な男性を愛する女性もいれば、逆もまた然りではないか?

 ――人の好みは千差万別。変わった価値観の女もいるのだ。


 と、自分に言い聞かせた。

 そして、


「じゃあ、レベッカにとって本当に格好良い男とはどんな男なんだ?」


 と問いかける。


「そうだな……。強い男、私よりも強い男――ッ!」


 レベッカは少し考えた後にそう答える。


「なるほどな……ふふ……はははッ! そういう事か」


 レクスは高笑いを上げる。


 ――やはり、俺の予想通り。レベッカは少数派マイノリティだ。

 ――確かに男の魅力は顔だけじゃない、経済力とか性格とかいろいろある。強さも魅力の一つだろう。

 ――だが、そんな中で男の強さを重視する女ってのは少数派だ。


 ――コイツみたいな傭兵か、高ランクの女冒険者くらいだろう。そして、コイツはこの世界屈指の強キャラだろ? そもそもコイツより強い男なんてそうそういないだろ。



 ――この女に、本当の男の魅力なんて分かるわけない……。


 レクスはレベッカの返答を自分に都合の良いように解釈した。


「変わった女だなお前……」


 呆れた声でレクスは言う。


「……今の、お前ほどじゃないがな」

「なら、また、今から俺とここでもう一度勝負するのだな。この俺がお前に見事勝利し、お前に俺の格好良さを認めさせてやろうではないか……ッ!」


 レクスは高らかに、そう宣言した。


 その瞬間――。


「……あのガキ……」

「レクス様……」

「……おいおい……」


 訓練場にレクスの声が響き渡るとともに、訓練していた兵たちは手を止め、静まり返る二人を見た。


 そして、少しの静寂の後、


 はぁーという、大きな誰かのため息だけが木霊した。



「本当に恥知らずだな、天才サマって奴はよ」

「姉さんも大変だな」


 傭兵達からはそんな呟きが漏れる。


「またやるのか」

「勝てるわけねぇのに」

「さすがな流石に昨日の今日じゃな」


 サセックス家の正規兵達でさえ傭兵たちの呟きに同意しているようだった。


 いくらサセックス家の神童として名高いレクスであっても、世界最強の傭兵団の団長には太刀打ちできな事は昨日の結果から火を見るより明らかである。


 正に、大人と子供の戦いであった。


「……昨日あそこまでボロボロにしてやったばかりなのに、また挑んでくるなんて、その度胸だけは認めてやるよ」

「度胸だけでなく、俺の実力もお前に教えてやろうではないか」

「……ッたく、めんどくさいガキだ。言っても無駄だろうが、勇気と無謀は違うんだ。勝てない戦いに意地になって命を落としてきた奴を私は何人も見てきたんだ」


 少し表情を暗くして諭すように言うレベッカ。


「無謀ではない。今の俺に不可能は無い」

「やっぱり、お前には身の程ってもんを教えてやった方がいいな」

「お前にできるものならな……俺を侮るな」

「まぁいい。もう一度体に教え込んでやるよ、覚悟しな」

「……いいや、学ぶのはお前だレベッカ……。お前こそ、俺の……かっ」


 格好良さを続けようとしたレクスだが、


「あ、あのぅ…や、止めた方がいいんじゃないでしょうか?」


 二人の会話にミリアムが割り込んだ。

 彼女は二人をなんとしても止めたかった。

 レクスは酷く負けず嫌いなのだ。

 さっさと負けを認めればいいものを、いつまでも必死になって見苦しく足掻き続ける。

 昨日はいつまでも敗北を認めないレクスの悪あがきをレベッカが完封したのだ。

 それはもう、目もあてられない光景だった。


「け、結果はめ、目に見えてると思いますっ!」

「そうは言ってもねぇ」

 

 困ったように返すレベッカ。だが、今更自分からは引っ込みがつかない。


「なんだ、ミリアム。心配しているのか? この俺がこの女に負けるとでも思っているのか? 心配するなミリアムよ。」

「で、ですが……」

「なんなのだミリアム? この俺が負けるとでも思ってるのか?」


 歯切れの悪いミリアムに対し、レグスはミリアムの肩を掴みその相貌を見つめるが、彼女は答える事が出来ない。


 その時、


「そりゃそうだろうさ。そのメイドのお嬢ちゃんは昨日のお前さんのみっともない姿見てるんだからさ」


 とレベッカが呆れた声で助け舟を出す。


「す、すいません。私はレクス様がレベッカさんに勝てるとは思いません」


 絞り出すような声でミリアムは呟く。


「ここにいる誰一人だって、お前さんが私に勝てるなんて信じちゃいないのさ、そうだろお前ら?」


 レベッカは、傭兵やサセックス家の兵達に問いかける。


「まぁ、そうだろ」

「……ああ」

「む、無理です。れ、レクス様」


 皆が頷く。


「……そうか。お前達はそう思っているのだな……」


「なぁほら? そうだろ天才サマよ? 少しは大人になれって。別に私に勝てなくたってなぁ……」


 レベッカが諭すように言う。


「いいや、それは違うな……」


 レクスの声がレベッカの声を遮る、


「何が違うっていうんだ……」

「……俺が信じてる……」

「はぁ?」


 困惑したようなレベッカ。


「この俺がお前に勝てると信じている。他の誰が信じていようがいまいが、俺は信じている……」

「「「……」」」

 

 皆が黙り、沈黙が訓練場を支配した。


 だが、


「ははははッ! 笑わせんなよ、天才サマよぉ」


 笑い声がその沈黙を裂く。


「……そりゃ、そうだろうさ! お前は勝てると思ってなきゃ、姐さんと戦おうなんて言わないだろうさッ!」


 モヒカン頭の傭兵が煽る。


「ふふふふッ!」

「ははははははッ!」

「笑わせんなよクソガキッ! ははははははッ!」


 その笑い声に続く様に、半裸の傭兵達が笑う。


 だが、何故かその中心にいるレベッカと、一部の人間だけは、何故か笑わずに呆気に取られた表情をしていた。


「……黙りな。私がコイツと話してるんだ、お前達は、余計な口を挟むんじゃないよッ!」


「「「……」」」


 レベッカは、傭兵達を鎮めるようにそう言った。その言葉に皆が静まり返る。


「おかしな事を言うじゃないか……ふん」


 面白そうに鼻を鳴らすレベッカだが、その笑いは先程の傭兵達の嘲笑う様な笑い声とは少し違った。


「ミリアムよ、顔を上げて、俺を見るのだ」

「……はい」


 そう答え、ミリアムが顔を上げる。


「さっき俺はお前に俺の格好良いところを見せてやるといったな……?」

「……あ、はい。(そんな事言ってた気もする? あんまりちゃんとレクス様の話聞いてなかったです……なんてこの空気の中じゃ言えないよ……)」


 周りの兵たちにの視線を一身に集めるこの状況でミリアムは本音を言うことができない。


「いいか、ではミリアム見ていろ。俺を見ているのだ。俺が見せてやる。お前の信じる不可能を可能にする、男のその格好良さというものを……ッ!」

「え?! その、あッ! は、はい……ッ」

「……ふふ、まかせろ……」


 その決意のこもった言葉を聞いた瞬間、ミリアムの胸は不思議とドクンと跳ねた。

 

――くぅー……。よし、決まった。


――完璧に決まった……ッ!


――俺も自分で自分に痺れてしまったぞ。


 レクスは自分に酔いながら微笑む。


「では行ってくる。約束だ。必ず俺が勝つ。――そして、今度はお前にも壁ドンをやってやろう……ッ!」

「は、はい……ッ!」

 

 爽やかなキメ顔スマイルを浮かべミリアムから離れていくレクスの背中見ているミリアムは、胸の鼓動の高鳴りが強くなっていくのと、頬に熱を感じてしまう。

 

 一体、何故かミリアムが今そんな状態になってしまったのか?


 自信に満ちた発言が、ミリアムの女心に響いたとか、色々な理由があるのかもしれない、だが、一番大きな理由というのは、レクスの顔が良かったからだ。


 ミリアムもレクスの容姿だけ見た第一印象は、その心をときめかせるのには十分な美少年でもあったのだ。


 人間性はともかく、作中屈指の美形キャラ設定は伊達ではないのだ。


「やるぞ、レベッカッ!」


 レベッカをみるレクス。


「……確かになんか今日は昨日とは違う気がするね、なんなのか分からないけど、なんか今日のアンタは昨日とは違う気がする……」

「男子、三日会わざれば刮目し見よというではないか」

「なんだって……?」

「男の成長は早いのだ。3日もあれば男は変れる。ということわざだ」

「聞いたこと無い言葉だが、お前とは昨日あったばかりだろう……?」


 耳馴染み無い言葉に戸惑うレベッカ。


「……最早、俺ぐらいになると、一晩で劇的に成長しているのだ……」

「そうかい……。まぁいいついてこい」


 レベッカは困惑した。だが。彼女は、レクスに手招きする。


「ああ……」


 そんなレベッカについてレクスは歩いていった。


「……壁ドン?」


 背後に聞こえる、そんな疑問の言葉を聞きながら。

 


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