状況確認
ミリアムに手渡されたのは、白いドレスシャツと、黒いスラックスだった。
生地の質は高く、仕立ても良い。
華美な服装を好む貴族も多いが、レクスはこういったシンプルな服装を好んでいた。服装に無頓着とも言える。
同じような服が、クローゼットの中に山のようにあるようだ。
——いいじゃないか。流石は《《俺》》だ。
15歳にしては長身、顔は小さく手足はスラリと長い。
「良い仕事ぶりだぞミリアムよ」
着替えを終え鏡の前で上機嫌なレクスは言う。
「え……?」
「そう言えば……。この鏡。ミリアムが取り替えてくれたのだろう?」
「そ、そうですけど……? な、何か……?」
「昨日は済まなかったな。ふ、全く、俺も醜態を晒したものだ……」
鏡に映った自分の姿を見ながら、ニマニマしたレクスは言った。
「え……?」
唖然とした様子のミリアム。
「思い返せば、昨日までの俺は、どうしようもないやつだったかもしれないな」
「あの……その……」
動揺した様子のミリアム。
「だが、今日からの俺は、昨日までの俺とは違うのだぞミリアムよ」
「あ、はい……? そ、そうなんですか?」
「ああ……そうだとも」
「……お、お食事を、お持ちしますね?」
レクスは輝くようなキメ顔を見せ、ミリアムは驚いたような表情を浮かべた。
慌てた様子のミリアムは廊下を歩く。
口元に手を当て、その表情に焦燥を浮かべていた。
彼女の主人は何故か、今朝は異常に上機嫌だった。
彼に似つかわしくない不気味な笑顔。
そして、彼らしくない言動。
「あのレクス様が謝ったよ。どうしよう……お礼を言ったよ……ッ! 私に……なんか今日のレクス様……おかしいよ……」
暫くすると、ミリアムが食事を運んできた。
朝食は、クロワッサンのような、バターの香る食感のサクサクとした層状のパンと、薄くスライスされたハムのような肉。
軽いサラダに季節のフルーツの盛り合わせだった。
サセックス家の料理人が作る料理は、簡単なメニューでありながら、意匠が凝られたものだった。
食べ慣れた食事、しかし、同時に異世界での初めての食事。
食文化の違いはそれほど感じなかった。
「美味かったぞ。作ったものにそう言っておいてくれ」
「わかりました」
「ご苦労」
「……ご苦労」
言葉を繰り返すと、ミリアムは怪訝な顔を浮かべ食器をワゴンに載せ退出していった。
【ブレイヴ・ヒストリア】は心臓の大地と言われる心臓の形をしたような大陸が舞台だった。
大陸には、三大国として、アヴェロン連邦、エルロード王国、シルヴァン王国という国家が存在していた。
そこに住まう人種は主に、人間種が、殆どだが、エルフやドワーフや、獣人などの亜人種も一部存在する。
科学技術はそれほど発展していない代わりに、魔術や魔道具などが発展した文明の発展を遂げていた。
「背は少し低いようだが、別に違和感は感じない」
立ち上がると、自分の体の状態を確認する。
鈴木守からすれば、少し小さくなった体。
もし、突然、朝起きた時、自分の体が別人になっていたとしたら、その体を思った通りに操る事は難しいのではないかとも考えられるが、その問題は無いらしい。
言語理解も同様のようだ。
先ほどまで異国の言葉で話している感覚はあったが、特に違和感もなくコミュニケーションが取れていた。
——確かめる必要があるか…‥今の俺の実力。
【ブレイヴ・ヒストリア】の世界では、<レベル>や<ステータス>や<スキル>という概念が存在した。
魔物を倒したり、対人戦をこなせば、経験値が入り、レベルが上がりステータスが上がる。
基本的にはレベル差の大きい相手や、ステータスの大きな相手に勝利することは不可能なシステムだった。
立ち回りや<スキル>の使い方で、逆転も不可能ではないシステムであったが、転生したこの世界に、レクス・サセックスの知識の中に、分かりやすく数値化されたステータスやレベルという概念はなかった。
「これは、俺の剣だな……」
壁に立てかけてあった、愛剣を手にする。
細身のレイピアに近い形状の剣だ。
「こんな感じだったか?」
居合の要領で剣抜き一振りすると、鞘に戻す。
――この感覚。
二人の感覚が、混ざり合ったような感覚がした。
思わず、掌を開閉して調子を確かめる。
先ほどの動きは、この世界には無い動き。
「では……、次は……ッ!」
レクス・サセックスとして慣れ親しんだ動きで剣を振る。
サセックス家が代々継承してきた剣術だ。
様々な動きを試すが、動き一つ、一つに、二人の人間の感覚が、重なりあった不思議な感覚を感じた。
「なるほどな……」
ひとしきりに、自分の体で動きを試した後に剣を置いた。
「そうだな次は……魔術か……」
自分の内側に意識を向ける。
体内を流れる、慣れ親しみながらも、同時に新鮮さも感じさせるそんな流れ。
それを指先に流し、燃えるイメージを作り上げる。
そして彼が人差し指を立てると、そこにはポォっと蝋燭大の炎が現れた。
【魔術】
鈴木守の世界には存在しなかった概念だ。
この世界の人間は、その体内に宿る魔力と呼ばれるエネルギーを対価に、その身体を強化したり、自然現象を自在に制御する事ができる。
主な属性は、火、水、雷、土、風などだが、光や闇。回復魔術や人の精神や時間に干渉するものもあるとされる。
特異な例外を除き、この世界では誰しも多少の魔力を持ち、それを用いて魔術を使用するのが一般的だ。
魔力の量は生まれ持った才能の部分もあるが、後天的な努力によってもその量を増やすこともできる。
優れた血統のサセックス家の中でも稀有な才能と優れた教師からの教育を受けたレクスの魔力量は非常に多い。
主人公ローランの幼馴染のアリシアのような特例を除いて、そうそう彼の才能に匹敵する存在はいない。
「不思議な感覚ではあるな」
そんな事を呟きながら、自分の指先の炎を、ハートやスペード、ダイヤ、星型へと変化させていく。
形だけではない、その色も、青や緑や白といった形に次々と変化していった。
魔術において重要なのは、魔力の量だけではなく、その制御能力。
高度な魔術を用いる為には、単に強大な魔力を有しているだけではなく、それを自由自在に制御する力もまた必要なのだ。
「温度と炎の色が連動しているのは同じのようだ……、科学の知識が応用可能ということか」
この世界の物理法則と、鈴木守の世界における物理法則との共通性は、ある程度は、あるようだ。
意識を集中し酸素濃度を変化させるようにイメージすると、その炎の色を精錬できるのが確認できた。
魔術を制御するのに、重要なのはイメージと臨場感。
自分の持つイメージにどれだけリアリティを持たせられるのかによって、魔術の操作能力は変化する。
知識がイメージの臨場感を強化する。
鈴木守として学んだ異世界の科学の知識はレクスの魔術制御能力を補正しているようだ。
「やはり、得意なのは炎か」
集中すると純白の炎を作り出す事ができた。
見る者を魅力する一切混じり気の無い白い炎。
以前は出来なかった芸当だ。
「と、まぁこんなものか」
自分の掌の中で、ひとしきり炎を弄んだ後、それを消した。
炎は煙も残さずにキラキラと空中へと解けるように消え去った。
「もう少し練習が必要ではあるが……。ぶっつけというのも悪くは無い」
立ち上がるとレクスは再び愛剣を手にする。
ちょうどそんな時、
「只今戻りました」
食器を片付け終わったミリアムが戻ってきた。
「では、出かけるぞ、ミリアムよ」
レクスは微笑みかける。
「え、えーと……。ど、どちらへ?」
戸惑ったように答えるミリアム。
「……決まっているではないか、あの女のところへだ」
「え……!?」
「あの女に一泡吹かせにいくとする」
「嘘ですよねッ!?」
「行くぞ、ミリアムよ。付いてくるがいい」
「ちょ、ちょっと本気ですか? レクス様ッ!」
「ああ、本気だとも……ッ!」
そう言って意気揚々と部屋から出ていくレクスの後をミリアムは慌てて追いかけた。