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ミリアム

 パタンと扉の閉まる音がして、可愛らしいメイド服を着こんだ、少女が入ってきた。

 彼女の名をミリアムといった。

 白みがかった銀髪に赤目といった外見。

 彼女は、レクスのお付きという事になっていた。

 部屋に入って来たミリアムは、今も穏やかな表情で、健やかな寝息を立てている、眠る少年の顔を見る。


「よかった、まだ起きてない」


 胸をそっと撫で下ろす。

 彼は、気分屋で感情の起伏がとても激しい。

 特に昨日の大荒れは酷かったものだ。

 ある女性に敗北し、負けを認めずに喚き散らすと、挙句の果てには、鏡を叩き割り、剣を掴み何処かへ行ってしまった。


(本当にずっと眠っていれば、いいのに……)


 穏やかな寝顔を見ていると、ミリアムの口元は少しだけ綻んだ。

 起こしたくない。

 そんな事を思った。


「でも起こさなかったら、後で怒られるよね」


 少し迷ったが、枕元にしゃがみ込む。


「レクス様……起きてください……朝です……。レクス様……。起きてください……。いや……でも怒るなら起きなくても……いいですよ?」


 小声でつぶやきながら、ミリアムは恐る恐るといった様子で体を揺さぶるが、起きる気配が見えない。


「……起きてください」


 ミリアムは少し大きな声でそう声を掛ける。


「も、もういいかな。私頑張ったよね?」


 ミリアムの心が折れそうになって左右を見た、そんな瞬間――。

 一人の少年は目を覚ました。

 


 ――ここは……?

 

 目を覚ますと、そこは見知った筈の、同時に見知らぬ天井があった。

 視界の端には、恐る恐ると言った様子で、覗き込んでいる少女の姿があった。


 赤い目と白い髪をした美しい白兎のような少女。

 彼女は少し唖然とした様子で、その口元を覆い隠していた。

 少し戸惑った様子だが、その白い少女は、


「あ……おはようございます……レクス様」

「レクス? 俺か?」

「そうですけど」


 ミリアムは困惑した様子で答える。


「俺はレクス? そして、お前はミリアムか?」

「あ、はい?」

「……では……あれは……夢ではないのか?」

「夢?」


 眉を顰めるミリアムを前に、


「そうだ鏡だ……」


 レクスは、慌てて飛び起きると、姿見へと向かった。


「やはりそうだ……、これが俺」

「はい?」

「少し待っていてくれ、俺は今、非常に非常に重要な事を確認している」


 さらさらと流れる金髪に、蒼穹のように透き通った碧眼。

 様々な角度からを確認するが、その顔は異常なまでに整っていた。


(……この人、どうしちゃったの?)


 そんな彼の様子を不思議そうに眺めるミリアム。

 彼はとても真剣そうだ。

 何故、突然自分の顔を鏡で確認し始めたのか分からない。

 昨日、あの女性につけられた傷跡を確認しているのかと思ったが、彼は様々な角度から自らの顔を観察した後に、うんうんと頷くと、


「……しかし、格好良いな……」


 とだけ呟いた。


「え?」

「いや、格好良いと思ってな……」

「何がですか?」


 聞き返すミリアム。


「いや……しかし、俺の顔って……格好良いな……と思ってな?」


 レクスは臆面もなくそう言い切った。


「え……?」


 引きつった顔のミリアム。


「ものすごい美男子だと思ってしまってな……」

「えェ――ッ?!!」

「超かっこいいな」


 ミリアムは口に手を当て思わず声をあげる。


「い、いや……まぁ……、あの……そうかもしれませんが」

「そうかもしれません……だと?」

「い、いえ……なんでもないです」


 この少年の前で迂闊な事を言うものではない。

 ミリアムの様子を気に留めることもなく、レクスは鏡を覗き込んでいた。


「……前より、イケメンじゃないか? いや、前から俺は格好良かったのだがな……ふふ」

「……」


 意味不明な事を口走る、レクスを見るミリアムだが、


「えと……お、お着替え、準備しますね?」

「ああ、そうであったな……」


 爽やかな笑顔を浮かべるレクスに、ミリアムは逃げ出すようにレクスの着替えを取りに行った。

 



 一夜明け、少しだけスッキリとした頭で考えたが、この世界が【ブレイヴ・ヒストリア】の世界だと考えを否定できなかった。


 今まで15年間生きてきた世界が実はゲームの世界。

 非常に受け入れ難い考えだ。

 しかし、二人の人間の知識や記憶を擦り合わせて、人物、地名、単位など様々な情報がぴたりと一致した。


 【ブレイヴ・ヒストリア】はある世界で、一世を風靡したファンタジーRPGだった。


 画期的な戦闘システム。

 当時としては、美麗なグラフィック。

 圧倒的な没入感をもたらすサウンド。


 幼馴染の少女を理不尽に奪われた主人公ローランの成長と心強い仲間達の冒険を描いた、大衆性と独自性のバランスの取れた成り上がりの要素の強い王道のストーリーが多くの人間に共感を呼んだ。


 口コミで話題になり、テレビCMやインターネット上で広告が数多く流され、ゲームにそれほど、関心の無い人間であっても、知っている程度の知名度があった。 


 商業的にも大きな成功を収め、大ヒットを記録した。


「そして、俺はレクスになった……」


 レクス・サセックスは【ブレイヴ・ヒストリア】というゲームのキャラクターだった。

 

 それも悪役。


 所謂、主人公ローランの踏み台ポジションだった。

 初登場時には、負けイベントとしてローランの前に、圧倒的な壁として立ち塞がり、ローランを圧倒すると、幼馴染の少女アリシアを奪い去っていく。


 しかし、何度打ちのめされても立ち上がり、徐々その才能を開花させていくローランに実力を詰めていかれてしまう。


 自分より優れた存在を許せないレクスは、ローランに執着し幾度となく戦いを挑むが、遂にローランに敗北し完全に追い抜かれると、公爵家からも追放されてしまう。


 全てに絶望し、物語の陰で暗躍する、【教団】という組織に捕らえられ、ラスボスである、救済者(メシア)復活の為に、その肉体を依り代とされ死亡する運命をたどるキャラクターだった。


 余談だが、その傲慢で自信満々な態度、圧倒的な才能を持つ、作中屈指の美形キャラということもあり、一部、女性ファンからは絶大な人気を誇ったという。

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