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少年の決意

「イリス・レオンハートか……」

 

 街の中を歩くローランはその名を口にする。

 受付嬢の話を聞く限り、あのイリスという少女がこの街のギルドに今通っている人間の中では相当な実力者なのは間違いない。


「おそらくは、近接のみなら、最低でもBランク上位……? ひょっとしたら……Aランク以上……かもしれないぞ」


 Bランク冒険を圧倒したとならば、その評価が妥当だろう。

 Bランクと言うのは、無駄に、ダラダラと年月だけを重ねて行けば到達できるようなランクではない。

 ある種の一般人の壁を超えたような存在。

 冒険者という過酷な世界で成り上がるのは簡単ではない。

 難易度の低い依頼をこなし続けても、Cランクが限界だ。

 うだつの上がらない、万年Cランクとして、駆け出しの街に屯してる冒険者など、ゴロゴロいる。


 それを超えたランクに到達するには、ある程度以上の高難易度クエストをこなす必要がある。


 高難易度クエストで命を落とすもの。

 まだ壁を感じ挑戦を諦めるもの。

 いずれも、Cランク止まりのケースが多い。


 それを超えるものは立派に猛者と呼ばれるものだ。

 

「連携の相性だって悪くは無い……」


 パーティーメンバーの役割は、前衛、中衛、後衛のように大雑把に大別する事もできる。

 しかし、その型に必ずしも、正解と言うのがあるわけではない。


 前衛は、盾役の場合もあれば、攻めに特化したタイプでも構わない。

 中衛は存在せずに、後衛に魔術に長ける人間や、弓術に長ける人間を配置する事もある。

 ローランのようなオールラウンダーは、パーティー内で臨機応変に立ち回り複数の役割を兼任する事もできる。


 自らは、司令塔としての役割を果たしつつ、他の役割をこなせるローランは誰とでも組めるだろう、だが、今の状態で守りの弱い魔術特化型や、盾役と組むよりは近接特化の彼女と組むのがやり易い。


「……背に腹は代えられない。他に今は候補もいない」


 確かな実力がありながらも、何処のパーティーにも所属していない優秀な人材を探す方が難しい。

 パーティーを組んだはいいが使えなくてほっぽり出される冒険者は少なくない。

 追放され続けた経歴故に他のパーティーに入れてもらえない冒険者もいる。


 しかし、あのイリス・レオンハートは、Dランクでありながら、Bランクを圧倒する近接戦闘能力の持ち主。

 通常なら、駆け出し冒険者パーティーから引っ張りだこだろう。

 むしろ助っ人をお願いされる立場のような存在だろう。


 しかし、はねっかりな気質ゆえに、無所属(フリー)

 掘出し物の人材と言える。


「それに……あの子と組めれば……、もしかしたら、あのレクスにだって……」

  

 無意識に、ローランはあの性悪貴族を倒すための算段を働かせる。

 彼が何故、あれほどまでに強くなったのか、それとも、元々実力に大きな開きがあったのかも定かではない。

 だが——

 

(もしかして、二人でなら、倒す事ができるかもしれないぞ……)


 期待に胸は膨らむ。

 

「(パーティーの面々の力は、単純な足し算ではない)」


 ローランは父親にそう教わってきた。

 冒険者パーティは、それぞれの長所を伸ばし合い、欠点を補いあうように行動する。

 その相乗(シナジー)効果は、掛け算。

 いやそれ以上の事さえあるのだ。


「……一人で勝てなくても……、仲間と協力して勝てるなら……」


 徒党を組む事が悪い事だとは思わない。


「(自分より強大な相手に仲間と力を合わせて立ち向かう事は、決して、弱さではない)」


 以前に教わった父の言葉。

 以前向かった遠征では、父はそのパーティ・メンバー達と協力し、飛竜(ワイバーン)と呼ばれる種族の魔物を討伐していた。

 その咆哮は鼓膜を破りそうな程に大きく。

 その羽ばたきは大樹さえ揺らした。

 父のその大剣さえ届かない位置から、縦横無人に空を駆る飛竜を、父のパーティー・メンバー達は、策を張り巡らし、罠を仕掛けて、見事にその首を落としたのだ。


 あの時学んだ事は大きい。


(それでいいんだ……。方法に拘るな……、取るべきは結果だ……成り上がってレクスを倒せるのなら……なんだってやってやるさ)

 

 思い返してみれば、自分は愚かだったとローランは思う。

 どこかで、正々堂々とした勝負というものに拘っていたのではないかと思う。


 あの決闘という手段もそうだった。

 

 僕が守るから――。

 

 その決意でさえ固執でしかなかったのではないか。

 あの時、他に頼るものがあった筈だ。

 父に頼んで交渉する事も出来たはずだ。

 あの時、他の手段を取る事も出来た筈だ。

 それこそ、あの夜、強引にアリシアを連れて村から逃げる事も。


 アリシアには嫌われるかもしれない。

 それでも、あの時彼女の意志を捻じ曲げてでもできる事はあったのだ。

 彼女の意思を踏み躙っても守る道はあったのだ。

 それを取れなかったのは、自らの手段に拘るという弱さだった。

 

(変わらなきゃ……)


 そう心に誓う。

 しかし、すぐさまに、否定する様に頭を横に振る。

 それは、自分だけでは足りないのだ。

 

(いいや、この世界を変えなきゃいけない……)


 この世界には、一人では必死になっても倒せない強大な悪がいる。

 この世界には、理不尽から守らなければならない弱き者がいる。


 託された、父の願い。

 立ち向かわければならない世界の闇。


 それに応える為に、


(僕はもう、自分の弱さは捨てるよ……)


 胸の中に燃え上がる紅の想い。

 打ちのめされ、挫折から、立ち上がった少年は決して無力な少年では無い。 

 困難を乗り越え、村から飛び出た少年は、決して唯の村人ではない。


「……僕もちゃんと、前を向いて頑張るよ……アリシア」


 そう呟いて微笑む少年の瞳はどこまで澄み渡る、エメラルドの海のように、純粋に輝いていたのだった。


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