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いつまでもずっと

「いいんですよ……」

「……使用人は足りている筈だがな」


 少し納得できない様子でレクスは言う。

 数日前に、侍女を経由して、彼女が使用人の仕事を覚えたいと言い出した事に疑問はあった。

 しかし、本人たっての希望とあり、好きにさせたらいいとだけ答えておいた。

 与えた役割に支障をきたさないようにと伝えておけとは付け加えたが、


「……どうせ一日に集中して何かをやれる時間は限られてます」


 村にいた時も、訓練は早朝と夕方からと決めて、昼間は薬草の採集をしていた。

 無駄に時間の費やすだけでは、結果につながるとは限らない。


「違う事やってた方が色々思いつく事もあるんですよ……」

「分からなくもない……」

「それに……大した事は出来てませんし……」


 確かに、飛躍的に魔術は使えるようになってきている。

 しかし、与えられた魔道具の起動法や、古文書のような本の内容を理解するのには難航している。

 自分の知識だけに頼らずに、ここの図書館から大量の資料を集めてはいたが、明確な成果と言うものはあげられていない。


「いいや……十分に役に立ってるさ……、アリシアの持ってきた本は勉強になるしな……」


 大量の蔵書を誇る図書館を持ちながらも、その中で有用な資料と言うものがどれなのかは分からない。

 アリシアの着眼点で、彼女を評価を経た上で集められた文献には有益なものが多かった。


「そう言ってもらえると嬉しいですが……」

「ああ、どうせ大きな事をやろうとしたら直ぐに結果なんて出ないものさ……、ある程度気長に……考えて、俺も……」


 そう言って、アリシアの持つ本に手を伸ばすレクス。


「レクスさんにはもっと他に学ぶことがあるんじゃないですかね……」


 その手を躱すように、くるりとレクスに背を向けると、アリシア。


「なんだ?」

「……女性の気持ちとか……」


 ぼそっと小言のように背中越しに言うアリシア。


「女の気持ちか……」

「そうです……もっと私の気持ちを……」

「まぁ……でも、女心と秋の空と言うしな……」

「秋の空?」

「これもこっちには無いのか……? 良く分からんな……」

「私は、聞いた事ない言葉ですよ」

「結局、女の考えている事など、男には一生、分からんという事さ……」


 気取ったように言うレクス。


「あなたは、興味の無いことに理解するのを放棄しているだけにしか見えませんけど……」

「……それなりには、分かってるだろ。メイドたちからの評判だって悪くない。ふふ……違うか?」


 自信満々に言うレクスに、


「はぁ……」


 ため息をつくアリシア。


「なんのため息だ……?」


 使用人達に混じって仕事をして聞いた、レクス・サセックスという存在の評判はお世辞にも良くない。

 それは、ある程度予想のついていた事だ。


 元々、ククル村にまで届く彼の噂は悪評が多かった。

 確かに、その容姿や才能について称賛する声はある、しかし、その内面については評判は散々たるものだ。


 本当に評判が良いのは彼の弟だった。


「……そうやって人の気持ちが分からないから……あのイリす……」

「なんだ……」

「いえ……なんでもないです……けど」


 言いかけたアリシアは、思わず言葉を噤む。


 最も知りたかった一つの情報。

 レクス・サセックスという少年の婚約者の存在。

 

(イリスさんって……王女様も……)


 第七王女。

 

 彼女は、王国内でも剣姫と名高い存在。

 きっと、イリス・エルロードという少女は、自分よりおしとやかで、おおらかな、優しい性格をしているのだろう。

 そして、きっと、イリス・エルロードという少女は、自分より、ずっと魅力的な女性らしい体つきをしているのだろう。


 正妻と側室。

 噂に聞いた、正式な婚約者の存在に、立場でも、女性としての魅力でも、勝てる気がしなかった。

 

(嫌になって逃げだしちゃったんじゃないですか……?)


 彼女は、この少年と結婚するのが出奔したらしい。

 分家の方は、婚約者に捨てられた惨めな少年と笑いものにされているという噂も聞いた。


 そして、王国内でも、サセックス公爵家の面子が丸潰れとも言われている。

 それは、単なる後継者問題のみに留まらない問題として、ハロルド公爵と王家の頭を悩ませる要因にもなっているそうだ。


 しかし、世情が擁護するのは、イリス・エルロードの方だった。


 それ程までにこの少年の評判は悪い。


(でも……今この人には私かいないって事ですよね……)


 それは、とても、不幸な出来事なのかもしれない。

 決して、喜んではいけない出来事なのかもしれない。


 しかし、その出来事に心の底で大きな喜びを感じている自分がいる事にアリシアは気づいていた。


 家族である事を理解していた事だが、伴侶となる男性が、他の女性を娶るというのはアリシアにとって受けれ難い事実だった。


 そして、他の側室となるような女性を囲う事など想像もしたくない。


(私だけがこの人の……)


 特別な存在――。

 その響きはとても甘美な響きのように思えた。


 ハロルド公爵はレクスを甘やかすばかり。

 それ以外の人間は腫物のように扱っているらしい。


 アリシアにとってまるで、理解され難い、人間の秘密を共有している感覚。


(教えた方が良いのでしょうか……?)


 恐らく、彼は自分の悪評など知らないのだろう。

 他人からどう思われているのかさえ、わからないのだろう。

 それを伝えられるのも、彼を更正させることができるのも自分だけではないかと思う。


(……でも、この人はこのままでいてもらった方がいいんじゃないでしょうか?)


 この彼の異常性こそが女性を遠ざける要因となっている事は想像に難くない。

 女中達からの評判は確かに悪い。

 その事に、アリシアは不快感を少し感じつつも、どこかでは、女としての安心感を感じてしまっていた。


 だが、下手に彼が、女性の機微に聡くなってしまったら大変なのではないかと。

 他の女性と親しくなる事も。

 他の女性の部屋に通う事など想像もしたくなかった。 


「なんだ……言いたい事があるなら、今のうちに言っておいてくれ……、溜め込まれても後が怖いからな……」


 少しの算段を働かせる、アリシアにレクスは、いつものように――まるで、分かったように言う。


「いえ……、考えてみたらレクスさんはそのままで十分かなと……思って」


 愛想笑いを浮かべながら、少し流れに無理があるかなと思いつつも、言葉を返すアリシア。

 そんな彼女を、


「……」


 少し訝しんだように見つめるレクス。


「……そ、そのままでいて欲しいなって……」


 その視線にたじろぎながら、誤魔化すように本を返すアリシア。


「そうか……?」

「はい」

「だが、俺は……」


 レクスは、本を受けとりながら、何か言葉を続けようとするが、


「はい……じゅ、十分素敵ですよ……」

「ふッ……。まぁ、確かにな俺もそう思う……」

「はは……」


 乾いた笑みを浮かべて、本を読み始めたその顔を少し、冷めた瞳で見つめる。


 このおだてられれば調子に乗る単純な、少年には、他人のその心の内など見えてはいないのだろう。 

 その打算も、計算も。

 どんな気持ちでこの逢瀬の時間を過ごしているのかも。


(皆、どうしているでしょうか……、お父さんやお母さんや、アンネに……ローランは……)


 村から離れてそれなりの日数が経つ。

 両親や村の皆、面倒を見ていたお下げの少女や、傷つけた幼馴染少年はどうしているだろうか。

 そんな事を考えて、少しだけ、故郷を恋しく思う時もある。

 

(でも……いつまでも……、ずっと……)


 手を伸ばせがいつでも届きそうなその距離が――。

 だが、今は決して触れ合おうとはしないその距離が――。

 少しだけ、もどかしくも感じるその距離が――。

 今のアリシアにはたまらなく、心地よく感じられて、


(こうしていらればいいですね……) 


 この時のアリシアはそう思っていた。


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