揺れる想い
技術というものには、後にできたものの方が、前のものより優れているという傾向がある。
技術と言うのは、改善に改良を繰り返す、人の試行錯誤の積み重ねの歴史だからだ。
しかし、後に出てきたものが、先のものより優れているとは限らない。
鈴木守という男が学んでいた古武術と言われる技術もそうだった。
彼の世界では、その技術の習得の難易度が高いからこそ、習得難易度が低い汎用性の高いものにとって代わられた。
しかし、身体操法としては、特出する点が多々あった。
この世界の技術においても、それは同様で、確かに魔術や剣術、科学技術など、その開発や進歩を進めようとしている人間は確かにいる。
しかし、そう言った最先端の技術であっても、過去の技術には敵わないものが多々あった。
その技術が高度であるからこそ、継承が困難で途絶えたもの。
一子相伝の技術として秘伝とされてきたもの。
優れた技術を独占しておきたい勢力の存在によってそれが、隠匿されてしまったもの。
様々な事情により、優れた技術が、失われた技術とされてしまった歴史がある。
この世界の魔術置いても、救世主と呼ばれた男を始めとする一部の天才が用いた技術の多くは大陸には広まっていない。
魔道具などの分野に於いても、古代の人間が扱っていた技術は、この世界の人間には、|構造を理解するのが不可能になってしまっているものも多々あるのだ。
レクスは、この一年近く、そう言った古代の魔術に関する文献や、魔道具を集めていた。
それは、単に骨董収取のような趣味ではなく、来るべき動乱の時期に備えての事である。
「ああ……、例の珍しい魔道具や……」
レクスは得意げにアリシアに言う。
この魔術に対して強い関心を持つ少女なら自分の自慢に食いついてくるような気がした。
しかし——
「え……? それって何の話ですか……?」
アリシアは戸惑ったように言う。
「昨日言わなかったか……」
「……そんな話聞いてませんよ……ッ!」
身を乗り出すアリシア、頭上に注意を向けながら。
「ああ……そうか、実は俺にも使えない魔道具を俺は多数持っている……それを今夜からアリシアと調べようと思っていてな」
古代の技術を、逆解析して、その機能と構造とを理解する事は今後の大きな武器になる。
そして、自分一人で、できる事には限界がある。
基本的にはやりたくない事は、やりたくない男。
適材適所に任せられる事があれば、他人に作業を出来る限りは委ねていきたかった。
「……さっきの話は、そういう話なんですか……」
食いつくどころか、冷ややかな視線を送るアリシア。
「なんだ興味ないのか?」
「いえ……興味はありますが……」
魔力漏洩症を患ってから、考えた可能性。
魔道具なら自分も使用する事が可能ではないのかと――しかし、
「……希少で高価なものだと聞きましたし……村じゃ、リカルドさんくらいしか持っていないでしょうから……」
アリシアは無意識にその手段を頭から追い出していた。
しかし、ある程度の魔術が使用できるようになった今、そして、高度な専門知識を有し始めてきている今、魔道具を使った訓練や、何か進歩的なアイディアが湧いてきそうな気もした。
「だけど、私は殆ど扱った事がありませんね……そんな大した事はできないかも……」
「……いや大丈夫だろ、アリシアならできる。何せこの俺が——」
「いや、っていうか、違うでしょ……ッ!」
その膝を、パンっと叩く、アリシア。
「う……うむ?」
突然のアリシアの様子に戸惑うレクス。
「なんか……こう……他にないんですか?」
手振りで何か示す、アリシア。
「ああ……ふふ……、ああそうか聞きたいか? もちろん、魔道具だけではない。あと、失われた遺物と思われる古文書を見つけていて……」
そんな彼女の様子を見て、レクスはほくそ笑むと、付け加えるように自慢げにそう言うが、
「いや……違うでしょ……ッ! 違いますよ……ッ!」
首を振るアリシア。
「なんだ?」
「……もっと他にあるんじゃないですか?」
催促するようなアリシア。
「今は思いつかんな……思いついたら……」
「そんなわけある筈無いじゃないですかッ!」
思わず詰め寄るアリシア。
「どうしたんだ一体?」
「なんかこう……もっと、あるじゃないですかッ!」
「なんかこうある……?」
「私とあなたとの関係で……ッ! 思い出して下さいよ……ッ!」
「一体何の事を言っている?」
「そんな事私の口から言わせるつもりですか? いや……違いますよ? そういう事したいわけじゃなくて……なんか、こう意識とかしないんですかっていう話ですッ!」
「意識だと?」
「全く……一体何の為にあんな辺鄙な村までやってきたんですか……ッ!?」
腰に手を当てて、身を乗り出すアリシア。
「あんな辺鄙な村って……一応故郷だろ?」
「だって、なんにもない村ですよ……?」
「それは流石に言い過ぎな気もするが……」
「いいんですよ……ッ! 今は……」
「いいのか……」
「だって……」
「……」
「…」
「」
暫く嚙み合わない会話が続いた。
アリシアの意図する事をレクスは気づく事は無かった。
そして、
「なんだ、怒っているのか?」
次第に、ムスとした表情を浮かべると、口数が減っていったアリシアに問いかけるレクス。
「……別に」
そっぽを向いて、窓から外を見ながら答えるアリシア。
「怒ってはいないんだな……」
「はい……」
「本当に怒ってはいないんだな?」
「だから、そう言ってますよって……」
言葉ではそう返すアリシアだが、その態度には明らかに棘があるようにも見えた。
しかし、その口元には少しの笑みがこぼれていた。
先ほどのやり取りはともかく、この自分の事にしか興味の無い男が、自分の事を気にかけてくれてくれのが少し嬉しかった。
そして、もうしばらく、こんな他愛の無いやり取りをしていたいとも思っていた。
しかし、
「そうか……なら良かった」
空気の読めない男は、アリシアの言葉を額面通りに受け取った。
「え?」
アリシアは、思わずレクスを見る。
「俺は、少し寝る事にする……何かあったら起こしてくれ」
「え……? え……? 寝ちゃうんですか?」
思わずそう言ってしまうアリシア。
普通こういう時もっと気にするでしょ、と思いながら。
「ああ、休める時に休んでおかないとな……」
「……」
眉間にしわを寄せるアリシアの前で、レクスはその瞳を閉じた。
そして、すぐ様に、スヤスヤと規則正しいい寝息が聞こえ始めた。
「本当に、もう寝ちゃってますね……」
少し、気恥ずかしさを感じてから、直視しずらくなったその顔を見つめる。
村では、良く女衆がローランが美男だと騒いでいたが、アリシアにはよく分からなかった。
彼とは、幼い頃から、共にいたせいか、その容姿について意識する事は無かった。
しかし、今目の前で穏やかな眠る少年の顔は、あどけなさを感じながらも美しさを感じられるような形をしていた。
その頬に、その唇に、少しだけ触れてみたいとアリシアは不覚にも思った。
自らのその感情を封じ込めるように、片手で、もう片方の手首を握り締める。
「……そんなに眠かったんでしょうか」
何も語る事のないその顔を見ていると、彼がいかに男性として魅力的なのか分かってしまう。
きっと、その顔も、その声も、その才能も、その財力も、きっと数多の女性を虜にしてしまうのだろう。
そして、彼はまた別の女性を娶る事にもなる。
そして、側室という立場は彼の一番ですらない。
(私がここにいるのに……)
その、長いまつげを覆うように風に流れる、枝毛一つない髪が、アリシアには少しだけ憎らしく思えた。