漆章 燈し火 ー明寺視点ー
ー戦いが激化しているこの村の過去とはー
こちらに来て初めての夜。
暗い部屋を蝋燭の灯りが照らしている。俺は眠れないのでまだ起きていた。
すると足音が聞こえた。
「入るわよ」
梢の声だ。
「ああ」
障子戸がゆっくりと開く。
「お茶どうぞ」
「ああ、助かる……お前も眠れねえのか?」
「いいえ、ちょうど寝ようとした時にあなたの部屋に灯りがついてることに気がついただけよ」
彼女はそう言って俺の後ろに座った。俺は邸の人間からの手紙を読んでいた。
「和也がこっちに向かっているそうだ」
そう言うと当然だが彼女は驚いていた。
「え? 和也が?」
「どう思う」
「それは此処に留めてあげたいと思うわ」
「あれだけ言ったのにお前らはあいつに情があるからな」
「それはあなたもでしょ」
そう言って笑いあった。
運命は変わるかもしれない。あいつ自身の行動で。
あいつはあの邸にいたらいずれ殺されるだろう。
なぜなら……
ーーーーー10年程前ーーーーー
俺も梢も10くらいのガキの頃だ。
当時この村は天災に悩まされていた。しかもそれだけでなく、隣村との抗争も激しかった。村同士互いに天災に悩まされていたのもあって、村の娘を嫁がせあって講和することになった。つまり人質だ。そこで、此処に嫁いだのが梢、隣に嫁いでいったのはお梅って訳だ。
まあこの甲斐もあって隣村との抗争は一時的に収まった。だが天災はもちろん収まらなかった。相次ぐ天災でこの村は存続することがもはや困難だった。
俺たちの村は一見するととても平和だ。しかしそれは犠牲によって成り立っていただけだった。
どういうことかと言えば、そうだな。この村には生贄という習慣があった。天災、不作、日照りの時、生贄を捧げて神に怒りを収めていただく。まあ今の俺はそんなの信じちゃいないが。
この村の娘の中からそれは選ばれる。どういう仕組みで選ばれているのかは未だよくわからないが、何やら村長が関わっているらしいな。
端的に言えば、それに梢は選ばれてしまった。
勝手に人質を殺すことになったことで勿論隣の村は黙っていなかった。裏切りとしてあっちも嫁いできた娘を殺すといい、再び抗争が始まった。
沢山の者が命を落とした。俺たちが優勢ではあったが、犠牲も甚だしかった。
その中で隣村に嫁いでいったお梅の婚約者も死んだ。彼女はついに余所者として村から命を狙われ、追われた。
彼女は俺たちは戦が止んでしばらくして森を歩いていた時に倒れているお所を見つけて保護した。だが彼女にはもうかつてのような溌剌とした面影はなかった。
そんな状態だったからしばらくは事情を聞くこともできなかった。
抗争が終わっても天災が完全に落ち着くことはなかった。さらに激しい日照りで人は死に、作物は育たなかった。
そして今度こそ生贄を捧げることが決まった。つまり梢が生贄として死ぬということだ。
ーーーするとその時を待っていたかのようにどこからともなく少女がやってきたーーー
彼女の名前は溝口菊。彼女は約一か月この村に留まっていた。
時を経るにつれ彼女と梢はすごく親しい間柄になった。いずれ生贄となる梢にとって彼女の存在は心の支えだった。
あと、まあ恥ずかしい話だが俺もその時はそいつに好意を抱いていた。
ーーー時は流れーーー
最期の時まであと7日程の時。
「私……怖い……」
梢は俺にそう言った。
この時の梢は確か12とかで今とは違って内気で怖がりな性分だった。
するとこその場にいた菊は微笑んで言った。
「梢、心配なんてする必要ないよ?私に任しといて」
その時の彼女は太陽さえも羨むような輝きを放っていた。
だが彼女はその後帰ってくることはなかった。
その後、何故か自然と天災も日照りもぴたりと止んだ。梢以外を生贄にしたのもあって、争いも終わった。一時的にだが。
俺たちは生贄なんてただの出まかせだと思っていた。だが、村の再興はもう不可能に近かったはずが、調子はみるみるうちによくなっていき、抗争が始まる前に早5年程で復興した。
そんな状況で俺たちに気持ちのやり場はなかった。しばらくすると彼女は村の救世主として祀られ、文献では至る所で神からの使いとして描かれた。
その数年後だ。
俺はある本に出会った。もしかしたら、俺たちにとってこの出来事が全ての始まりかもしれない。題名のない本。村の出来事の記述が現在進行形で書かれ続けている。
俺はその本に釘付けになった。
そこには……
溝口菊:安くんぞ我村を憂えざらんや。身はたとひ朽ちぬとも、我ノ魂此処に在り。又、当に村を救う者訪ねて来べし。其れ我の子也。
注釈:私がどうしてこの村を案じないだろうか。いや案じる。たとえ身が果てたとしても、私の魂は此処にずっとある。また、いずれ村を救う人が訪ねて来るだろう。それは私の子である。
(どういうことだ……? また使者が来るのか……?)
俺はまた隣村との抗争が始まってあいつが来るまでこのことは黙っていた。不確かな情報で皆を惑わせる訳にはいかなかったからな。まあ今は和也以外全員知ってるが。
再び隣村との抗争が始まったのは、抗争の後復興できていなくて荒れ果てている状態の隣村に異民族がつけ入るように侵入してきたのが始まりだった。当然だがすぐに隣村は異民族の手に落ちてしまった。
異民族は互いの村の講和の約束など勿論知るよしもなかった。そして私達の村さえも侵略を始めた。
ヤツらは一体どこから来たのかわからないが、その強さは未知のものだった。
勝てる見込みは正直なかった。俺は弱気に次来るはずの救世主を待ってしまっていた。そうあいつ、溝口和也のことだ。
その時の俺には余裕がなかった。
静が来た時だって余所者に優しくしてる暇はないと強く当たっちまってた。
あいつが来た時もだ。
(あの本の記述が真実ならば、その通りこいつを生贄にすれば助かるのか……?)
そう思っていた。
俺は残忍になっていたんだ。
だがそんな弱気な俺と違って梢は強かった、いや、強くなっていた。
皆を慰めたり、高めたり、大人になった。その姿はなんだか菊に似ていた。
「生贄なんて捧げなくても私たちは勝てるわ。だって、生贄で得た平和は本当の平和と言えないと思うから」
そう言う真っ直ぐな眼差しはあの時の菊を思い出させた。
俺はその言葉であいつごとこの村を守ると決めた。菊と同じ様に。
たとえこの身が果てたとしても、俺の魂は村を守り続けると。
そうだ。戦いを終わらせた後、あいつに伝えないとだな。
勉強が忙しくて全く投稿できませんでした。これからもゆっくりになると思われますが投稿していきます!
ちなみにモチベはめっちゃあります笑
途中のものは吉田松陰先生のお言葉から少し引用させていただき、フィーリングで漢文にしました