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幕末魔王伝  作者: 橋本洋一
最終幕【明治後始末】
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第70話信長、久闊を叙す

「ノブ、まだ難儀なことをしちょるの」

「おぬしが政府に入らなかったからだ」


 祇園の料亭。

 日が暮れて少しずつ涼しさがやってきた。

 信長はエムシを連れて救国の英雄である坂本龍馬と食事していた。

 無論、偶然居合わせたわけではない。信長が京に来ると坂本がどこからか聞きつけたのだ。

 西郷との会談を終えてひと段落した頃に宿にやってきたので、こうして久闊を叙していた。


「幕府の味方をした俺が今更仲良くできるわけないき、無茶なこと言うなぜよ」

「外からでも声を投げかけることはできるだろ。なにせ、英雄と呼ばれているのだから」

「それはノブも一緒じゃ」


 料亭の豪勢な料理に舌鼓を打ちつつ「それで考えとるんは屯田兵か」と坂本は言う。


「上手いこと考えたの」

「ふひひひ。やはりおぬしは気づくか」

「……なあ信長。俺にはさっぱり分からないよ」


 ちょっぴり疎外感を覚えたエムシが「アイヌシモリに人を送って何になるんだ?」と訊ねる。


「そりゃあ働き手が増えるのは良いことだけど、その分争いも増えるんじゃないか?」

「そうだろうな。厄介事も増える。しかし屯田兵を創設することで解決できるのだ」

「大戦を防げるって……本当か?」


 信長は「坂本。説明してやれ」と促した。


「なんじゃ。ノブは言わんのか……エムシ、西郷さんに言った利点以外に、ノブには狙いがあるんぜよ」

「えっと、士族とやらがアイヌシモリで職を得て、ロシアに備える以外にあるのか?」

「屯田兵は不満を持った士族を集める。つまり、いろんな土地から大勢を集めるちゅうことじゃ」

「ごめん。俺にはよく分からない」

「不満を持っとる士族は誰かを頭にして反乱を起こそうとしちょる。でも――北海道で土地勘もない場所で見知らぬ他人と過ごすんじゃ。誰を頭にすればええか分からんぜよ」


 エムシは信長を見た。

 茶を啜るその姿は老人そのものだった。

 けれども遠大な策を思いついた。それは恐ろしいと少年は思えた。


「それに不満に思うとる頭候補の人間たちから、兵となる士族を取り上げる狙いもあるんぜよ」

「の、信長……あんた、そこまで考えていたのか?」

「無論だ。ま、西郷は当然見抜いていたが言及しなかった……奴も賛成しているからな」


 エムシはようやく、伊藤が信長を京まで連れてきたのか分かった。言葉だけで戦争を止めただけではない。その後始末まで考えての策を講じていた。族長が信長を恐れる理由を直に触れた気分になった。


「相変わらず、あくどいことを考えるのう」

「儂の得意分野だからな……」


 しかし誇らしげではない。

 坂本はまるで信長が生前整理をしているような印象を受けた。一つ一つ丁寧に、心残りのないように、物事を片付けている。


「なあノブ。どこか悪いんか? この前会ったときより元気ないぜよ」

「やはり、おぬしは目敏い男だな……」

「……信長。俺は分かっていたよ」


 エムシが目を伏せて言ったことに対し、信長は「なんだと?」と訝しげに睨む。

 エムシだけには悟られないよう気を配っていたつもりだったからだ。


「エドの道場で俺、隣で聞いてたんだ」

「で、あるか……すまぬな、気を使わせてしまった」

「なんで、謝るのさ……病人なんだから、気を使わせてよ」


 このやりとりで坂本は信長がもう長くないことを知る。

 大きなため息をついて「寂しくなるぜよ」と独りごちた。


「一緒に戦った……いや、生きてきた同志がいなくなるのはつらいぜよ」

「ふひひひ。あの頃はよくあったではないか」

「人が理不尽に死ぬ。それを無くそうと俺たちは頑張ったんじゃ」


 坂本の的を射た言葉に、信長は「……是非もなし」と俯いた。

 雪原にたった一輪咲く野花のようだとエムシは思った。はっきり言えば信長と関わった年月は短い。それでもなんとなくほっとけない気持ちになる。老人だからではない。重い荷物を背負い続けた戦士への敬意をエムシは持っていた。


「なあノブ。今からでも遅いっちゅうことはないき、西洋人の医者にかからんか?」

「それで助かるのか?」

「助かったら儲けものぜよ。俺の海援隊は世界各国を回っていろんな伝手ができちょる」


 元気のない信長を勇気づけるように「全て見放すのは早いぜよ」と坂本は強く言った。


「まだまだ、ノブの力は必要ぜよ。北海道にも、日本にも。大久保さんや木戸さん、西郷さんの抑えとしても――」

「抑えなど要らぬ。もう若い連中に任せてもいいだろ。それにだ、ここにいるエムシが儂の切り札である」


 信長は隣に座っているエムシの肩を叩いた。

 なにがなんだか分からない少年に「思いの丈を言え」と薦める。


「今まで見たことや聞いたことを――」


 そのとき、信長の顔が苦痛に歪んだ。

 胡坐の体勢から、ゆっくりと前傾になって――崩れ落ちる。


「ノブ……? ノブ! しっかりするぜよ!」


 坂本が信長のそばに寄って手首の脈を確かめる。


「まだ生きとる……医者を呼んで来るき、おまんは介抱してやってくれ!」

「う、うん!」


 エムシは答えるが、どう介抱すればいいのか分からない。

 坂本が大騒ぎして部屋を出ると信長は「エムシ……」と苦しげな声で言う。


「頼む……儂の代わりに――」

「な、なんだよ……!」


 信長は希望を託した。


「――御前会議で、話せ」

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