第5話信長、坂本龍馬と語らう
「いやあ、まっこと助かったぜよ! おまんらのおかげで怒られずに済みもうした!」
上機嫌で笑う土佐訛りの男、坂本龍馬。
信長は団子を食べながら「であるか」とだけ頷いた。彼もまた、新しい着物だからか機嫌は良かった。
場所は呉服屋から移動して、壬生浪士組が贔屓にしている甘味処だった。どうして場を改めたのかというと信長が「返す代わりに奢れ」と坂本に言ったからだ。もちろん、大事な短銃なので坂本は快く承諾した。
「ノブさん、若くないのによく食べますね」
「甘いものは多く食べられるのだ」
沖田は目の前に次々と置かれる皿を見て驚いた。
まるで若者のような食欲である。
「おぬしらも遠慮するな。食え食え」
「おう! おマサさん、団子四つ追加で!」
成り行きで付いてきた原田もかなりの大食漢だ。
沖田は小声で「大丈夫ですか?」と坂本に訊ねる。
「ええよ。珍しく俺は銭持っとるきに」
「羽振りがええのう。ときにおぬしは何者ぞ?」
信長の問いに「土佐脱潘浪人の坂本龍馬じゃ」とおおらかに答えた。
「今は勝先生の門人をしちょる」
「であるか。なかなか面白い男だな。どうして沖田――いや、近藤を知っていた?」
「近藤とは、江戸での知り合いじゃき。そんで、おまんは誰ぜよ?」
何気なく訊かれた問いに、沖田が止める間もなく「織田信長だ」と名乗った。
「ほう。織田信長さんか。良い名じゃな」
坂本は同姓同名か偽名だと思って、あまり反応を示さなかった。
沖田は安堵のため息をついた。
「その勝とやらは何者だ? 浪人を門人にするとは、余程の男だと思うが」
信長は脱潘浪人のことをよく知らない。というより潘政の仕組みも分かっていなかった。
「幕臣ぜよ。今は幕府に海軍を作ろうとしちょる」
「海軍……水軍のようなものか」
「まあ間違ってはおらんき」
坂本は「今の日本は大きく変わろうとしちょる」と声が少し大きくして言った。
「それなのに、尊皇じゃの佐幕じゃのややこしい話になっているぜよ。日本人同士で争っている暇はないきに」
信長は「ならばおぬしはどう日の本をまとめる?」と問う。
沖田はノブさんも興味があるのかなと思い、原田は黙って沖田の分の団子を食べた。
「そん方法が分からん! 勝先生と話しても、佐久間先生と話しても、よう分からんぜよ!」
肩透かしさせられる返答だったが、今の時代の武士たちが懸命に模索している事柄だ。あっさりとは思いつかないだろう。
信長は「儂は世情に詳しくないが」と前置きをする。
「今は群雄割拠の時代であろう。ならば玉を握った者が勝つ」
「玉? ……朝廷のことならまさに今、公武合体を押し進めているじゃが」
「しかし今まで、幕府が実権を握り朝廷をないがしろにしておった……間違いないな?」
昨日の山南との会話の中で知らされた知識だ。
坂本は「そうぜよ」と頷いた。
「ならば上手くいくはずがない。冷や飯を食わせていた相手に頭を下げても無駄だ。恨みが残っている。そして恨んだ者は自分に利益があろうが、相手の言うことなど聞くものか。鎌倉の北条家が滅びたのと一緒よ」
極端な考え方だが、信長の言っていることは一理ある。
現に公武合体はあまり上手くいっていない。
坂本は信長の洞察に少し感心しつつ「ならどうするぜよ?」と問う。
「おまんなら、なんや冴えた考えでもあるんか?」
「外国から攻めてくるからと言って、内輪揉めしている者どもが、素直に仲良くしますなどならん。儂ならば――滅ぼすか従わせる」
戦国武将そのものの考え方に「凄まじい考え方ぜよ」と坂本は唸った。
「なら、どうやって滅ぼすか従わせる?」
「……知らん。儂は尊皇攘夷や公武合体に興味がない。だが、幕府とやら以外でも――玉を握れば好機がある」
「なるほど……」
「問題は勝ち方よ」
信長は団子を坂本に差し向けながら「武力と権威は両輪である」と説明しだす。
「武力があろうとも、権威がなければ誰も従わん。逆もしかりだ。だから武力を持つ者がいかに権威のある者を利用するか……そこが重要よ」
「さっき言っていた勝ち方ちゅうことか?」
「ああ。あのキンカン頭は三日天下で終わったが……子々孫々に至るまでの強大な武力と権威を得なければ、天下を取ったとは言えん」
その点、竹千代はよくやったがなと信長は呟いたが、坂本たちはよく分からなかった。
「幕府が実権を握り続けるにせよ、他の大名が取って代わるにせよ、鍵となるのは――朝廷であろうな」
そこでようやく、信長は食べるのをやめてお茶を啜った。
十分、満腹になったらしい。
「沖田、おぬしはどう考える?」
唐突に信長から話を振られた沖田は「私ですか?」と戸惑った。
「私は……近藤先生についていくだけです」
「であるか。原田は?」
「俺ぁ悪い奴ぶった斬るだけだ」
原田は坂本を見ながら「あんたが不逞浪士にならないことを祈るぜ」と言う。
「かなり腕が立つだろ、あんたは。正直、不意討ちじゃねえと勝てそうにない」
「過大評価じゃき。そんことはないじゃろ」
「どうかな……なあ、おっさん。これからあんた、どうする気なんだ?」
原田が当たり前のことだが、誰も訊けなかったことを言いだした。
沖田が連れてきたとはいえ、壬生浪士組が信長を世話する義理などない。
この後、近藤勇と話す予定だが、それを知らない原田にしてみれば当然の問いでもある。
「そうだな。せがれや家臣が死んだとはいえ、儂は生きねばならんしな」
「なんじゃ。信長さんはお殿様やったのか」
「ま、若い頃に家督を譲ったがな」
坂本は怪訝な顔になる。何故、ご隠居様と壬生浪士組が共に行動しているのか。
さらに沖田や原田の態度が馴れ馴れしいのも気にかかった。
身分を隠して護衛しているわけではなさそうである。
「おまんは……どこの殿様ぜよ?」
「生まれは尾張国だ。それから美濃国や近江国に居城を移したが……」
「ほんまもんの織田信長みたいじゃのう」
「儂は偽者ではない……証がないのが腹立たしいが」
坂本は信長の言っていることがどこまで本気なのか図りかねた。
沖田や原田の様子を見るが、彼らも半信半疑なようだった。
「ま、どうにかなるであろう」
「そんなのん気な……壬生浪士組は貧乏暮らしなんですよ?」
「銭などその気になれば増えるものよ」
沖田の苦言にも余裕で返す信長。
坂本は浮世離れしちょるなと考えた。
「愉快なおじさんじゃの。おまんとはまたどこかで会いそうな気がする」
「であるか。実のところ、儂は貴様に面白みを感じている」
信長はにやにやと笑いながら「禿ネズミを思い出すわい」と言う。
「禿ネズミ……? 褒められちょるのか貶されちょるのか、分からんな」
「貶してなどおらん。何か……大きなことを仕出かしそうだ。良くも悪くもな」
「へえ、どえりゃあことか?」
信長は「勘だけどな」と軽く笑った。
「おぬしの名――坂本龍馬を覚えておこう。この織田信長がな。光栄に思うがいい」
坂本は「あはは。偉そうなおっさんじゃ」と嬉しそうに言う。
「俺も覚えておくきに――織田信長の名を」
そう言って、坂本は先ほど返した短銃を信長の前に置く。
「なんだ。くれるのか?」
「信長さんのこと、気に入ったわ。ま、要らんなら捨てればええ」
「であるか。ならば貰っておく」
坂本は「弾薬はそっちで都合してくれや」と笑った。
信長は「そこまで世話になるつもりはない」と笑った。
第六天魔王織田信長と、維新の英雄坂本龍馬の邂逅。
その初回は和やかな雰囲気で終わった。