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幕末魔王伝  作者: 橋本洋一
第一幕【壬生浪士組】
19/72

第19話信長、斬る

 その日は昼間からすっきりとしない曇り空だった。

 土方の部屋にふらりと来た信長は挨拶も前置きもなく言う。


「宴会の後、決行するのか」

「……つくづく思うぜ。お前は化け物だ」


 素早くふすまを閉めた信長。

 文句を言う隙も与えずに土方の前に座る。


「よく言われるがな。それでもマシになったほうだ」

「年寄りの若い頃自慢は見苦しいぜ」

「であるか。ま、酔わせておけば容易く斬れるだろうな」


 信長が言った宴会とは、島原の芸妓げいこを総揚げする大規模なものだった。

 それは八月十八日の政変の褒美を松平容保公から賜った記念でもある。


「油断するなよ。相手は手強いぞ」

「てめえに言われなくても分かっている」

「ならばよし。それではな」


 信長があっさりと切り上げて帰っていくので、土方は妙だなと感じた。

 しかし僅かな違和感だったので、特に何も言わない。


「ああそうだ。実行する者は何人だ?」


 帰り際のさりげない問い。

 気を抜いていた土方は「四人だ」と何も考えずに正直に言ってしまった。


「四人か……」


 襖を閉めた後、信長は呟く。

 そして八木邸の廊下をゆっくりと歩いた。

 その途中で沖田と遭遇する。


「おう沖田。馴染みの娘とは上手くいっているのか?」

「やだなあ。細雪ささめゆきさんとは別に……」


 照れているがどことなく様子がおかしかった。

 信長は「ま、徐々に親しくなればいい」とだけ言う。


「だが忘れるなよ。儂を含めて、壬生浪士組の隊士はいつ死んでもおかしくない。おぬしが強くても……あっさりと死ぬ場合がある」

「やめてくださいよ。大事なことの前に」


 大事なこと。

 沖田が自ら口を滑らせたと気づく前に「であるか」と信長は笑って彼の肩を叩いた。


「冗談だ。おぬしはなかなかしぶといからのう」


 それから少し会話して、信長は沖田と別れた。

 庭先に出て井上と藤堂が作ってくれた的を短銃で撃つ。

 四回、銃声が鳴った――



◆◇◆◇



 やはりと言うべきか、深夜に大雨が降ってしまった。

 土方はこれを好機ととらえた。

 雨音で足音を誤魔化せるからだ。


「覚悟はいいか?」


 八木邸の庭の茂み。

 土方は山南と沖田、そして原田に呼びかける。

 三人は頷く――沖田は震えていた。


「総司。やっぱりお前は――」

「いえ。行きますよ。土方さんが何を言っても、それだけは逆らいます」


 それに震えは怯えからではなかった。

 むしろ逆で――武者震い。

 山南は穏やかに「無理をしてはいけないよ」と言う。


「どういう手筈てはずで行く?」


 いつも明るくて騒がしい原田が酷く冷えた声音で問う。

 土方は「まずは芹沢だ」と答えた。


「四人で一斉にかかり――平山と平間は後で片付ける。いや、その二人は最悪逃がしても構わない」


 原田は黙って槍を構えた。

 沖田と山南も頷く。

 土方は無言で行くぞと示した。


 庭に面した廊下を土方と沖田、山南と原田で左右に分かれて進む。

 障子に沖田と山南が手をかけた――間を置かず一気に開ける。


「なんだ。遅かったじゃねえか。せっかく酔いも醒まして待っていたのによ」


 土方たちが予想もしない光景が目の前にあった。

 芹沢と平山、平間が待ち構えていたのだ。


「なっ――」

「へへ。人数は四人。沖田と原田と……山南と土方か。俺も舐められたもんだな」


 すらりと刀を抜く芹沢。

 平山と平間も同時に抜く。


「お梅は逃がしてやった。そんぐらい――いいだろ?」

「ええ、構いませんよ――局長」


 土方の冷酷な声。

 芹沢は「馬鹿にしてやがる」と鼻で笑った。


「てめえは局長って言いながら、一度も認めて無かったじゃねえか。その度に斬ってやろうと思っていた」

「奇遇だな……俺はあんたが近藤さんを小馬鹿にしているのを見ていて、いつか斬ってやると思っていたよ」


 芹沢は「だったらよ――」と大きく構えた。

 神道無念流の構えである。


「互いに思っていたこと、叶えようじゃねえか――土方ぁ!」



◆◇◆◇



 水戸派の人間は素早く動いた。

 想定したように、平間は山南、平山は原田に斬りかかる。

 土方と沖田は芹沢だった。普段と違って酒を抜いているので動きが素早い。


 山南は狭い室内では刀が振りづらいと外へ出る。

 平間も追って出る――激しい雨に目を閉じる。

 山南は雨に濡れていたので目は慣れていた――平間の内小手を斬り上げる。


「ぐうう!?」


 右手の内小手――血管が斬られて大量の血が噴き出る。

 刀を捨てて手首を抑える。そうしなければ死んでしまう――首筋に刀。


「――っ!?」

「……逃がしてやる。さっさと去れ」


 刀を離して山南は告げる。

 真偽が本当なのかと平間は一瞬疑ったが――背を向けて逃げ出した。


「甘いぜ。逃がしてやるなんてよ」


 事切れた平山の胴から槍を引き抜いた原田。

 目を見開いた平山の目を閉じてやる山南。


窮鼠きゅうそ猫を嚙む。それに勝負は着いていた……君は手早かったね」

「まあな……さっさと芹沢のところへ行こうぜ」


 二人が足早に向かうと土方と沖田は芹沢相手に苦戦していた。

 沖田は考える――あの鉄扇てっせんが邪魔だ。

 右手に刀を強く持ち、左手に愛用の鉄扇を持っている。

 両手を広げて大きく威嚇して――構えている。

 多人数相手に有効な戦法だ。


「――やあああ!」


 裂ぱくの気合と共に土方が斬りかかる。

 鉄扇で弾き、刀で応戦する。

 それの繰り返しでどうも攻めきれない。


「おいおいどうした? そんなんじゃ日が明けるぞ!」


 沖田の脳内が目まぐるしく回る。

 今までのことが思い出される。

 ふと、信長と初めて会ったときの夜を思い出す。


『長篠の戦いで三段打ちをしたと伝わっている。あれは真か?』


 永倉の言葉に信長がきょとんとしたのを思い出した。

 三段打ち――三回の攻撃。


「――芹沢さん!」


 沖田が声を上げた。

 芹沢は他の三人を警戒しつつ沖田と向かい合う。


 沖田は芹沢に向かって――突きを繰り出した。

 狭い室内では斬撃よりも思いっきり放てる――鉄扇で弾かれる。

 しかし一拍も置かず、二撃目の突き――今度は刀で弾かれる。


「いやあああああ!」


 だが沖田は想定していたように――三撃目の突きを放った。

 鉄扇と刀。それらで突きは防いだが――三度の突きには対応できない。


 ずぶりと刀が芹沢の身体の中心に突き刺さる。

 沖田は素早く抜く――噴き出る大量の血。


「はあ、はあ、はあ……」


 沖田は自分が荒い呼吸をしているのが分かった。

 初めて人を殺した興奮――それを上回る、感情。

 今繰り出したのが、己の奥義だ――


 芹沢は仰向けに倒れた。

 畳に血が広がる――だが生きている。

 刀と鉄扇を手放して、沖田のほうへって行く。


「この野郎――」

「待つんだ、土方くん」


 山南の冷静な声に土方は動きを止める。


「もう助からないよ。それより、沖田くんに言いたいことがあるみたいだ」


 芹沢はにやりと笑って、指で沖田を呼んだ。

 迷いながらも――沖田は近寄った。


 芹沢は口からも血を吐き出す。

 それでも最後の力を振り絞って――最期の言葉を言う。


「……沖田、やるじゃねえか……良い技だった」

「せ、芹沢、さん……」

「大切に、しろよ……」


 言い終わると芹沢は目を剝いて――絶命した。

 土方は「行くぞ」と全員を促した。

 刺客たちは無言で立ち去った。



◆◇◆◇



「はあ、はあ……あんさん、待っておくれ!」


 雨の降る中、速足でかけているのは、芹沢の愛妾あいしょう――お梅だった。

 彼女は芹沢を助けるために壬生浪士組の隊士のいる島原へ向かっていた。

 刺客が土方たちとは気づいていない。芹沢が言わなかったからだ。


 もう少しで島原に着くというとき。

 小道からぬっと――笠を被った男が現れる。

 そして――


「すまぬな」

「――っ!? きゃああああああ……」


 悲鳴は雨でかき消えてしまった。

 男は刀に着いた血を懐紙で拭う。


「……おぬしがここに来なければ、見逃してやろうと思ったが」


 男――信長は刀を仕舞って、どうでも良さそうに呟く。


「さてと。飲みなおすか」


 信長は鼻歌を歌いながら宴席へと戻る。

 やるべきことを終えたからだ。

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