初期呪文
―――時は現在に戻る。
恐ろしさのあまり目を回している俺と、その肩を掴んでグラグラ揺らしているシエル。
前方には明らかに殺意を持って、今にも襲いかかってきそうなヴェルデサーペントが1匹。
キシャアアアアア!
耳をつんざくような声を上げてヴェルデサーペントは最短距離で、シエルと俺に襲い掛かる。
「もう!しょうがないわね!トウヤは隠れてて!」
そう言ってシエルは俺を突き飛ばした。
ところがヴェルデサーペントは臨戦体制に入ったシエルではなく、俺の方に向けて襲い掛かってきた。
幸いシエルに突き飛ばされ、尻餅をついたお陰でヴェルデサーペントの恐ろしい牙ではなく下顎に体当たりされる形となった。
ドカァァン!
「トウヤ!」
俺は衝撃で後ろの大木に背中から打ちつけられる。背負っていたリュックが地面に落ちて、魔術書が放り出された。
「うっ!」
巨大な蛇に体当たりされるなんて経験今までにない。元の世界の記憶は無いが、絶対にそんな経験無いはずだ。
走馬灯。
1日に走馬灯を何回も見るとは。
というか、、、あれ、、痛くない。
人間は極限状態だとドーパミンが脳から分泌して痛みを和らげることがあると言うが、これがそうか?
いや、そんなものでは説明がつかないほど全然痛くない。新聞紙で叩かれたくらいの痛み。
「は、は、ははははは!痛くない!痛くないです!シエル!」
若干狂ったような笑い声をあげてシエルに微笑む。
「そ、そりゃそうよ。さっきも言ったでしょ。トウヤは魔術書とリンクしてるの。アトルリア家の加護を持ってるんだから!、、、、もう心配させないでよ!」
シエルは俺のひきつった笑顔を見て、苦笑いしながらヴェルデサーペントに向かって右手を上げた。
「今よ!唱えて!」
俺はシエルの掛け声と同時に落ちていた魔術書を手に取り、無我夢中で数刻前に道中で読んだ呪文を唱えた。
「火焔球!」
シエルの右手に真紅の魔力が集まっていく。
キイイイイイン!
鋭い音を立てて大きな火炎が球を形成。
俺の体とシエルの体から立ち昇る真紅のオーラがそのエネルギー源のようだ。
それにしても初めて唱えた時よりも火球が大きい気がする。
キイイイイイン!
ゲームのチャージ攻撃があるが、まさにそれだ。道中で適当に唱えた時よりも明らかにタメが長い。
「シ、シエル!ちょっと待ってくださ―
「いっけええええええ!」
シエルは俺の静止など無視して、思いっきりヴェルデサーペントに対して火球を放った。
ヴェルデサーペントはその異常な量の魔力をすぐに感知したのか、その長い胴体を翻して後方に逃げ出す。
しかし時すでに遅し。
シエルの放った特大のボヘルはあたり一面の草木を焼却しながらギリギリのところでヴェルデサーペントの尻尾をとらえた。
その瞬間耳をつん裂くような、声を上げるヴェルデサーペント。
本体も頭も次々火焔球に飲み込まれ、凄まじい速度で焼却された。
目標を滅却した火焔球の勢いは衰えず、そのまま南の森の3分1を焼却しながら縦断。
そこでようやく大気に拡散した。
これがのちに語り継がれる[南の森半焼事件]となる出来事である。
「はぁはぁはぁ。やば、、、トウヤの魔力、多いとは思ってたけどこれは若干引くわね、、、、、あ!ボヘルで道ができたと思ったらついに見えたじゃない!」
満面の笑みを浮かべこちらをみるシエルに対し、俺はやりすぎましたねと言いたかったが急な全身の倦怠感で倒れたまま一歩も動けずにいた。
「や、やり、、ました、、ね、」
ガクッ
頑張って繋いでいた意識もここでついに切れてしまった。
夜も明けてキラキラと朝日が木の隙間から流れ込み、シエルの長い金髪がより一層艶めいている。
「あれが次の国、貿易国ツウリュウね!」
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【火焔球】
使用者:シエル・アトルリア
ランク:初期呪文
魔術系統:放出系呪文
内容:手のひらに火球を生み出し、前方に放出する。