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空想旅行

作者: 田村のど飴

SS

「そうだ、京都行こう」

 お昼休み。

 学校の中庭のベンチに腰かけて、幼馴染と並んでお弁当を食べていたら、ふいに横でサンドウィッチをかじっていた美遊がポツリと呟いた。

「いきなりだな」

 からあげを頬張りながら、俺が言うと、

「うん、なんか急に行きたい気分になったの」

 と、美遊は頷いた。

 昔っから美遊には、こういう気分屋なところがあった。

「いつ行くんだ?」

「いますぐ」

「は?」

 なんて言った? 

 おもわず聞き返すと、

「RIGHT、NOW!」

 美遊は無駄に発音のいい英語で、グッと親指を立てた。

 こいつ、バカだろって、俺は思った。

「いやいやいや、さすがに無理だろ。授業あるし」

「授業をサボってでも行きたいの!」

「そこまで?」

「もちのろん!」

 俺たちの学校は埼玉の市街地にある。

 いまから電車と新幹線を乗り継いで京都へ向かったとしても、到着するのは夜になるだろう。

 でも、美遊なら、それでも行くんだろうな。

 美遊は「やる」と言ったら、やる女だ。

 昔っからそうだった。

「埼玉から京都までの運賃って、いくらかかるのかな?」

「さあ? 知らん」

「ちょっと調べてみるね」

 そう言って、美遊はブレザーのポケットからスマホを取り出すと、指先で液晶画面をつんつんつついた。そして絶望の声をあげた。

「……い、いちまんさんぜんはっぴゃく円」

「まぁ、それくらいはかかるよな」

「新幹線使わなくても、九千円くらいかかるんだけど……」

「そんな金あるのか?」

「……ない。五百円しかない」

「それでよく京都まで行こうと思ったな」

 俺はおもわず呆れてしまった。

「ねぇ、どうすれば五百円で京都まで行けるかな?」

 チワワみたいに潤んだ瞳で、美遊がすがりついてくる。

 やめろ、近い、胸があたる。

「五百円じゃ無理だ。諦めろ」

 俺がすげなくあしらうと、美遊は「やだやだやだ! 諦めたくない!」と、まるで玩具売り場で「買って、買って」と駄々をこねる子供みたいにわめき散らした。

 わがままガールめ。

「アルバイトでもすれば、一万円くらい簡単に稼げるだろうけど……さすがに「いますぐ」ってわけにはいかないしな」

「いっそ、キセル乗車すれば、あるいは……」

「それはやめろ」

 犯罪に走ろうとする幼馴染を、俺はあわてて止める。

「じゃあ、どーすればいいの!?」

「どうすればって言われても…………あっ」

 その瞬間、

 俺の頭の中で、電球が灯るように、アイデアが一つ閃いた。

「なにか思いついたの?」

 美遊が期待のこもった瞳をむけてくる。

 その視線を正面から受け止めながら、俺は「ああ」と頷いた。

「俺が美遊を京都まで連れていってやるよ」



 その数分後。早々にお弁当を平らげて、俺と美遊は校舎三階にある図書室へと移動していた。

「なんで図書室なの?」

 首をひねる美遊に、

「はい、これ」

 俺は書棚から抜き出した一冊の本を手渡した。

「え、これ……るる旅だよね」

 手元の本を見つめながら、美遊はキョトンとした顔で呟いた。

 るる旅というのは、いわゆるガイドブックで、土地ごとの観光名所や、旅先で味わえるご当地グルメ、人気のお土産屋さんといったものが美麗な写真と共に掲載されている。

 一般的には、旅行の下準備をする際に読まれる雑誌なんだけど、ただ読んでいるだけでも旅行に行った気分になれるから、あんがい楽しい。

「このるる旅を使って、京都を空想する」

「空想?」

「そう。俺たちは京都に来た。そういう前提で空想してみろ。美遊は京都で何をしたい?」

 俺が尋ねると、美遊は少し考えてから、

「抹茶アイスが食べたい」

 と、答えた。

「じゃあ、食べにいこうぜ。京都の美味い抹茶アイスの店を教えてくれよ」

「えぇっと……ちょっと待ってね」

 美遊は手元のるる旅を開き、ぱらぱらとページをめくりはじめる。

 数秒、目を通した後、美遊は《抹茶スイーツ特集》と銘打たれたページで手を止めた。

「あっ、これとか美味しそう」

 俺にも見えるように雑誌を回転させて、美遊がページの一点を指さした。

 そこには抹茶フトクリームの写真が掲載されており、その横に《和心庵》という店名が記載されていた。

「この和心庵って店のソフトクリーム、白玉と小豆が乗ってて、THE・京スイーツって感じしない?」

「たしかに京都っぽいかもな」

「いいなぁ。食べてみたいな。どんな味なんだろ」

 夢みるような顔で、美遊がごくりと喉を鳴らした。

「そういう時こそ、イマジネーションだ。ほら、目を閉じて」

「へ? 目を閉じるの?」

「その方がイメージしやすいからな」

 俺に言われたとおり、美遊が瞳を閉じる。

 俺は美遊の耳元にゆっくりと唇をよせて、

「おまえは今、和心庵のソフトクリームを食べている。それは美しい若草色の抹茶ソフトクリームで、トッピングには白玉と小豆が乗っている」

 催眠術をかけるように、ささやきかけた。

「右手のスプーンで抹茶ソフトクリームの先端部分をすくう。スプーンを口へ運び、パクリ。口に入れた瞬間、ひんやりとした感触が口内にひろがった。まろやかな甘味が舌を包み、同時に抹茶のビターな風味が鼻孔を吹き抜ける」

 俺が言葉を紡ぐたび、

「――じゅるり」

 美遊の口元がだらしなく緩んでゆく。

 俺が語り終える頃には、美遊の口の端からは涎が一筋垂れていた。

 美遊が瞳を開く。

「抹茶ソフトクリームは美味しかったか?」

 俺が尋ねると、美遊は恍惚とした微笑をこぼして、

「最高だった」

 と、まるで本当に抹茶ソフトクリームを食べたかのように、唇をペロリと舐めた。

 

 その後も、俺は美遊の耳元で京都をささやき続けた。

 美遊が「金閣寺を見てみたい」といえば、金閣寺の美しさを、あらゆるレトリックを尽くして語り、「清水の舞台から飛び降りてみたい」と無茶ぶりされたら、清水寺の舞台の手すりにロープをくくりつけて、バンジージャンプさせてやった。

 京都に存在するあらゆる神社仏閣。あらゆる京グルメ。あらゆる京スイーツを堪能した頃、お昼休みの終了を告げる予鈴が鳴った。

「そろそろ教室にもどるか」

 俺が言うと、

「そうだね」 

 と、美遊も頷く。

 るる旅を書棚へ返して、図書室を出た。

 教室にむかって歩いていると、ふいに美遊が俺の制服の袖を引いてきた。振り向くと、美遊と見つめあう形になる。

「どうした?」

 と聞くと、

「次はイギリスに行ってみたいな」

 そう言って、美遊が微笑んだ。

 遠いなぁって思った。

 でも、空想の翼ならどこまでも飛んで行けるから、きっと大丈夫だろ。

 俺はすこし低い位置にある美遊の頭をなでて、

「連れていってやるよ」

 って、約束をした。

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