セーラー服の彼女3
私がが確かな異変であると気が付いたのは随分後になってからの事だった。
そんなことあるわけない、でも、もしかしたらあるのかもしれない。そんな押し問答を繰り返しているうちにいつの間にか季節は肌を刺すような風が吹き始めた初冬になってしまっていた。今思えば、もっと早く行動に移しておけばよかったわ。ただ、あの頃の私はまだ「常識的に考えて有り得るだろうか?」という精神的ストッパーを無意識にかけてしまっていて大胆に動くことが出来なかったのよ。
だって、仮にもしこれから私が話すとんでもない戯言じみた事実を他人から聴いたとして、私はそれを信じたりはしないもの。
でも、確かにこの世界はそんなファンタジー小説みたいなとんでもない事態に巻き込まれていた。
私はクラスでそんなに目立つことのない普通の女子生徒だった。というより、あまり目立ちたくないタイプだったから、あえて地味っ子っぽい女の子の装いをしていたという方が正しいわね。
でも、私のことを昔から知っている人は皆口をそろえて言ったわ。
あいつは「変わり者だ」ってね。
自覚はあった、私が「メサイアコンプレックス」であるということは。
ずっと考えていた。どうして皆、困っている人に手を差し出そうとしないのだろうと。どうして皆、困っている人を見て見ぬふりをするのだろうと。
であれば、誰かを助けるのは私しかいないじゃないか。
そして気づけば誰かを救うのは私にしかできないことなのだと考えるようになっていた。
当然、そんな思考の持ち主なんて周りから浮かないはずないわよね。
だから、生徒何人かが集まっている俗に言う「グループ」的なものにはどこにも所属していなかった。向こうも私になんて興味なかったでしょうからね。
そう言えばそもそも私の方もクラスメートのほとんどは名前を知らないどころか苗字すら曖昧な人ばかりだったわ。
各個人には興味がなかったのよ。
だけど、そんな私にも「友達」と呼び呼ばれる仲のクラスメートが一人いた。初めて知り合ったその時から、彼女だけは他の人達とは違って私の事を「ヒーローみたいだね」と言ってくれた彼女。
ただそれだけの事なのに、私は彼女がちゃんと私自信の事を正面から見てくれてる気がして、彼女を少なからず「友達」と呼ぶほど身近に感じていた。
我ながら単純だと思う。でも、彼女は私の目をきちんと見て、なあなあで話さず、そして何より私の事を尊重してくれた。昔から、ずっと。そんな彼女を「友達」と呼ばずしてなんと呼ぼうか。
そんな彼女に最初に違和感を抱いたのは高校一年生も折り返しに差し掛かった夏休み明けだった。思えばもうこの時には、とっくに何もかもが手遅れだったのね。
私はあろう事か大切な友達に対して「何かがおかしい」と思ってしまった。
もちろん、最初は気の所為だと思っていた。高校生なんて夏休み程のそこそこ長い休暇があれば少しばかり大人になっただなんて話をよく聞くからね。
でも、それにしては彼女は私からすればあまりに変わりすぎていた。
休み明け、「久しぶり」と挨拶をした彼女は蝉が五月蝿く鳴いていた休み前には度のキツい眼鏡をしていたのに、その他者から地味っ子に見えるアイテムだったものは顔からすっかり消え去ってコンタクトになっていた。この休みを機に彼女も少しずつ社交的になろうとしているのかと思ったわ。
これが存外似合っていたから、髪をばっさり切っていたのもあってクラスでは彼女の変化に誰もが驚いた。私は出会った当初から知っていたのだけれど、彼女、本当はけっこう可愛かったから。
でも、彼女もまた目立つことを嫌っていたはずだから眼鏡をかけていたし、髪も一見してすぐ分かるほどの長さは切ろうとしなかったのに、私は当然不思議に思った。
ただ、これらは見た目の変化に着目したに過ぎなかった。私も別に彼女の魅力が上がっただけなのだから、可愛いとは思えどおかしいだなんて思わないもの。
そんな事は言ってしまえばどうでもよかつた。容姿がガラリと変わろうと彼女は彼女であるに違いはないはずなのだから。
外見の変化が大きすぎて誰も気付いていないようだったけれど、この時私にはそれ以上に彼女に対して何か気味の悪さみたいなものを確かに感じたの。
だけど、それが何かはその時は分からなかったわ。よくよく考えれば、馬鹿みたいに違うのにね。
それこそ、別人かと思うくらいに。
それからクラスでちょっとした話題となった彼女とは話す機会があまりなくなってしまった。以前であれば共によく昼食を食べたり下校したりしたのだが、彼女は学校にいる時間のほとんどを新たに出来た友達と過ごすようになっていた。
それに関しては私は別に何とも思わなかったわ。彼女に私以外の友達が出来るのは悪いことじゃないし、私も私で一人で食べるのは苦じゃなかったから。
けれど、一つ気がかりだったのは彼女が明らかに私を避けていたことだ。何か変わってしまってしまったあの日、「久しぶり」という言葉を交わしたあの時から。
間違いなく夏休みの間に何かあったのだ。私を避けるべくして避けなければならなくなった出来事が。
私が何かしら彼女の癇に障ったことをしでかしたというケースは考えなかったわ。私自身、夏休みの間に彼女に対して何かしたということは一度もなかったどころか、一度も会ったりはしなかったから。そもそも、お互い友達とは言え休日に一緒にどこかへ遊びに行くようなキャラではなかったしね。
でも、彼女は変わってしまった。
結果的に言えば彼女に会わなかったからこそ、それこそ仲の良い友達のように頻繁に会っていれば起こりえない事態だったのだけれど。
それからの私は彼女の事を、彼女の行動の一つ一つ、一挙手一投足に至るまでを調べ上げることにした。そこに彼女が変わってしまった原因があるかもしれないと思っていたから。
そして、一つの結論にたどり着いた。
彼女は。
彼女は、―――のだと。