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宮之阪という女子7

 私が翌朝の七時十分前にまだ人の誰もいない学校の屋上扉を開けると、そこには既に彼女が手すりに両肘を置いてまるで勇者を王座で待つ魔王のような佇まいで私が扉を開けるタイミングを知っていたかのように堂々と待っていた。


「おはよう、……星ヶ丘さん」


「おはよう、宮之阪さん」


 星ヶ丘さんはいつも通り毅然とした立ち振る舞いでトリートメントのCMにすぐにでも抜擢されそうな綺麗な長い黒髪を風になびかせつつ、


「さて、こんな朝早くに一体全体どうしたのかしら。さっそく要件を話してくれる?私はこう見えて暇じゃないのよ」


 アニメやドラマで見る名探偵ってこういう時どんな心持ちなんだろうか。だいたいニヤついているので犯人を追い詰めるサディスティックな悦びを感じていたりするのだろう。


 私の場合は大きく違った。


 口から心臓が出そうとはまさに今の私の状態を指すと思う。星ヶ丘さんと対面するまではいつもの私だったのに、彼女と目を合わせたとたん冷や汗が流れ始めて、指先の震えが止まらない。


 命のやり取りというのは本来こういうものだ。


 そうそう無関心でやっていい事ではないのだ。すっかり慣れて事の重大さを忘れてしまっている―――彼女のように。


 私は震える唇に鞭を打って何とか言葉を捻り出し彼女に尋ねた。「どうして」と。


 星ヶ丘さんはその一言で察してくれたのか僅かに目を開きそれからふっ、と鼻で笑った。そこに罪の意識など皆無、それから彼女は「それがどうしたの?」とでも言わんばかりに片目をつむって、


「……へぇ、やっぱりあなた賢い上に、勘がいいのね。……いつから?」


「き、気が付いたのは本当に最近。でも、予感は前からあったよ」


 星ヶ丘さんは「そう」とため息を吐くように言うと、手すりから離れ私の方へとゆっくりと歩を進めつつ、


「……それで、あなたは私にそれを伝えてどうしたいの?どうするつもりでここへ私を呼んだの?」


 陶器のような白く細いしなやかな手を私の頬に添えて言った。私は生まれて初めて感じる死の恐怖に動けないのを悟られないよう星ヶ丘さんの目から視線を背けず堂々とした態度で、


「ここには交渉に来たんだよ。星ヶ丘さん、もうこんな事はやめてくださいってね」


「はいそうですか、って私が言うとでも思った?そんなわけないでしょう。あなたが私の行ってきた事に対してどう思おうが私には関係ない。それは私が私であるための全てだもの」


 そう言うと思っていた。もちろん、最初から簡単に聞き入れて貰えるとは思っていなかった。力づくで受け入れてもらうための力もないしね。


 だから私は彼女自身に賭けた。


 彼女がまだ「人」である事を信じて。


 私が持っている唯一の切り札。


 胸ポケットから取り出したメモ帳を見せつつ、宣言するように言った。


「……私は―――“Kの見分け方”を知っている」


 星ヶ丘さんは私がそれを口にした途端、余裕のあった表情から目をかっぴらき、怒りと驚きを混ぜたような顔をした。しかし、それも瞬く間に元の幼子を弄ぶいじめっ子のような表情に戻り、


「……ふーん、だから気が付いたのね」


それで?と話の続きを促すように、


「それを教える代わりにやめろって言いたいの?」


「そうだよ。もうこんな事はやめよう?」


 私は彼女の手を取り強く訴えかけた。しっかりと握りしめ、良い答えを聞けるまで離すまいと。星ヶ丘さんには握る私の手が震えている事が伝わってしまったがそんな事はもうどうでもいい。


 星ヶ丘さん、付き合いは短いかもしれないけれど、あなたは私にとってはもう十分に友達なんだよ。


 

「私はあなたも助けたい」



 彼女の手を私は両手で握りしめ、神にでも祈るように額につけた。ただ立っているだけで汗が滲むほど気温が高いというのに、酷く冷たい手だった。


「勝手に勘違いするなッ!」


 彼女は途端に語尾を強め、そして、言葉を口にする前に態度で応えるように強く握っていた私の手を簡単に振り払うと、冷静さを取り戻すようにふーっと息を吐いてから、


「……そうはいかないわ。残念ながらね」


 世界中、あなたみたいな人ばかりだったなら良かったのに―――そう告げた彼女は自分がしてる事が正しくないどころか間違っていると気が付いていないようだった。


 きっと、最初から私が何を言ったところで何も変わらなかったのだろう。


「あなたは人間を信じすぎてる。だから今から私に殺されるの」


 当たり前かのようにそう告げた自分を信じて疑わない彼女は、ヒーローの形をしただけのただの殺人鬼だった。


「取引するなら対等じゃなくちゃ。じゃないと搾取されるだけ。あなたのように」


 そして私はなすがままに彼女に屋上扉に押し付けられてしまった。


 やはり私じゃどうにもならなかった。もがこうにも私の両手首を押さえつける彼女の片手すら私の力では振り払えない。もう、彼女は人じゃあない。でもね、私は彼女が望んでこんな事をしたとは思えないんだ。きっと世界を救う方法を勘違いしてしまっているだけ。それを伝える術を私は持ってなかった、ただそれだけなんだよ。


 失敗した。やっぱり失敗した。結果的に余計な事をしちゃったね。天野ヶ原君、ごめんなさい。全部全部、私の力不足だ。


「後のことは任せて。あなたのメモ帳は絶対に無駄にはしないわ」


 そう言って星ヶ丘さんは制服に忍ばせていたロープを私の首にかけた。


「さよなら」


 私はこの瞬間、生まれて初めての後悔をした。悔しくて悔しくて涙が出た。顔をぐちゃぐちゃに歪めて泣いた。


 彼女だって私の大切な人だというのに。


「……私も一緒に地獄に落ちるから」


 だから、人生最後の言葉はそんな彼女へ向けて、せめてもの償いを込めて。


「―――助けられなくてごめんなさい」

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