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3コール 2

 俺は一番扉の近くにいたやつにとりあえず声をかけた。


「星ヶ丘ユウキというやつをどこかで見かけなかったか」


 返事は「NO」。その周りにいたやつらにも同じような事を尋ねてみたがやはりあいつの行方など知らないようだった。というかそもそも、今日は教室に一度も来ていないようだった。


「あ、でもあたしが遅刻して来た時、下足場で見たような……?」


 その中の一人が言った。つまり、学校には来ているわけだ。だからと言ってあいつが今どこにいるのか分かったわけではないが。


 だが、その目撃情報を聞いてピンと来たのかその取り巻きのうちの一人が「はいはいはーい!」と元気よく手を挙げて、


「そう言えば私、昼休みに星ヶ丘さん見かけたんだった!確かねぇ、生徒会室?だっけか。あんまり人通りがない所だったからたぶんあれは生徒会室だったはず。その前で見たよ!」


 有力情報だ。俺は「ありがと」とだけ言い残して唖然とするそいつらをおいて急いで生徒会室へと向かった。嫌な予感はさておき、ユウキ、そこにいてくれ。


 階段を二つ飛ばしで駆け降り、生徒会役員と教師くらいしか行き来のない廊下の先、生徒会室と書かれたプレートが埋め込まれている重々しい木製の扉があった。初めて来たが、ここだけ同じ学校とは思えないほど荘厳な雰囲気がある。


 宮之阪の家に着いていそうなドアノブに手をかけ押してみるが鍵がかかっているようで開かなかった。


「……後で怒られりゃあいい話だ」


 一刻を争う状況で、俺は己の戦闘力1にも満たない貧弱とも言える身体でドアノブを捻りつつ扉に体当たりをした。勢いよく開いた。重いだけで鍵はかかってなかったみたいだ。


 勢い余ってそのまま転げた俺は、ブラインド越しの陽の光に目を細めつつ顔を上げる。


 目の前の、生徒会長と書かれた三角錐がのせられた社長が座るような机の上に、逆光の中、一人の女子が吊られていた。シルエットでも見間違うはずがないその美貌、流れる様な美しい黒髪に、モデルのような華奢で長い手足。


 指先の温度がすうっと冷たくなっていく。身体が足元から固まっていく。震えが全身を覆っていく。


 俺は力の入らない四肢を動かし立ち上がると、近くによって改めて確認した。


 それは紛いもないユウキだった。 


 宮之阪だけじゃなく、—————ユウキまでも。


 俺は噛み切るくらいの気持ちで自分の下唇を噛み喝を入れると、自分のものじゃないみたいに思える自分の手でユウキを降ろした。ユウキの身体は風が吹けば飛ばされてしまいそうなほど軽かった。


「……なぁ教えてくれよ。俺は一体どうしたら良かったんだ……?俺には何が出来たんだ」


 これが知りもしないやつだったらたぶん、新聞に載っている被害者を見るような他人事だったんだろうにな。


「ユウキ……」


 そう口にして、ふと、涙が出た。二人を失った喪失感に、自分の情けなさに。


 もはや立つことすらもままならない。もうこのままこの場で機能停止してしまいたかった。いっその事このまま見つかって俺を牢屋の中にぶち込んで欲しかった。


 一人、生徒会長のつくえの上でぴくりとも動かないユウキの頭を撫でる。俺の手でも覆ってしまえそうなほど小さい。腕だって簡単に折れてしまいそうなほど細い。


 やはり、ユウキもただの女の子だった。ただの女の子だったからこそ、死んでしまった。


「……はっ、ははっ」


 泣きながら渇いた笑い声が口から出る。


 時間だけが静かに流れていく、とも思ったが静寂を破ったのは制服のポケットに入れていたスマホのコール音だった。ここまで出たくないと思った事なんてなかったが、出なければいつまでもかけてきそうなやつが俺の膝の上で寝ちまっているのを見て俺は渋々うるさくがなり立てるそれを3コール目で手に取り応じた。


 妹(偽)からだった。


「……なんだよ」


 俺がぶっきらぼうに応じると、妹はいつもの様子で言った。


『あなたがここで諦めてしまうのは私にとっては都合が良いとは言えないのですよ』


 少し間が空いて、ふんと鼻で笑ってからまるでこの状況を楽しんでいるかのような口調で、


『そのままそこで絶望するのはあなたの勝手でしょうが、私の野望が潰えるのであれば私はほどなくあなたの両親を殺してしまいます』


 大切な人を殺されたくなかったら抗えってか?既に大切な人を失ってなお、一度足を止めて悲しむことも許されないのか。お前らみたいなバケモンには分からんだろうがな、大切な人っつーのは別に血が繋がってるやつだけじゃないんだぞ。


『理解しかねますね』


 それから妹の偽物ヤローは『さて……』と前置いてからこんな事を言い出した。


『あなたが言うところの大切な人を殺した犯人はまだ学校にいますよ』


 ……だろうな。俺だって出来るもんならとっ捕まえてその鼻っ面をぶん殴ってやりたいさ。だがな、天下一武道会に出ればそこそこいいところまで行けそうなユウキを殺すようなやつ、五キロのダンベルをたかが十数回持ち上げるだけでひーひー言ってる俺なんかがどうのこうの出来るとは到底思わないね。あいつを殺せるのはこの学校ではあいつくらいのもんだとばかり思っていたからな。


 はてさて、たった一人残された俺に勝つ方法など万に一つもあるのだろうか。


『一人で戦う必要があるのですか』


 どこかで聞いたようなセリフだった。


『何でもかんでも一人で解決しようとしたがるのは人間、いや、日本人の良くないところです。だから、うつ病の割合も多い。私達が行動せずとも勝手に、自分勝手に死んでしまう』


 妹は人間じゃないくせに、化け物のくせに分かったような口調でそう言った。


「ならお前は手伝ってくれるのかよ」


『一度言いましたけど、私はあなたの味方ではありません。あなたに何もしないし、何かするつもりもありません』

 

 そうかい。まぁ、分かっちゃいた事だ。


 再び俺の口からため息にも似た乾いた笑いが零れた。言うだけ言って結局それかよ。随分勝手なこった。全部お前の、お前らの都合じゃあないか。


 まだ熱の少し残るユウキの頬にかかる髪を手で払いつつ、俺は神にでもなく、この化け物に直接縋るように「いい加減にしてくれ」、そう告げた。


 もういいだろ、他のやつにそんな役目は頼んでくれ。俺はもういいんだ。お前は敵対するヤツらがいればいいんだろ?俺じゃなくたっていいじゃあないか。


 少しの沈黙の後、妹は『……けれど、』と


『そんな変わり者など他にいるのでしょうか』


 つくづく俺が思っていたことだ。リスクを考えず捨て猫を拾ったり、社会的評価がないと分かっているボランティアに参加する人間など俺が知りうる二人以外ではどこにもいないだろう。


『私もこの世界にそこそこ長くいるので、ある程度人間が合理的で理性的であることを理解しています』


 真っ当に、正当な皮肉だなそりゃ。


『しかし、この世界にとって私達のような“ 悪”というものが有るのであれば、この世界の誰かが“ヒーロー ”をしなければ“世界 ”という物語は完成しません』


そして珍しくふっ、と笑って、


『あなた以外に誰がそれをするのでしょうか』


 最後に妹は『せいぜい足掻いてみせてください』と淡々と言い残し、通話は一方的に切断された。

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