ペテン師X
週が明けた月曜日、俺はいよいよ人通りの多い道ですらビクビクと怯えながら、重い足取りをもはや危険度Aプラスの戦場となった学校へと向けていた。
すぐ目の前を歩く数人の集団の中に、下足場の鏡を見て怪しい反応を見せていた女子がいた。自意識過剰かもしれないが、心做しかその女子の視線が俺の方へ向いている気がする。それどころか、一度気になってしまえば通学路でわいわいと会話する生徒の視線がみな俺の方へと向いている気すらする。そのせいで別に悪い事をした訳じゃないのに、俺は前の日に学校の窓ガラスを割って不本意に目立ってしまった小学生のような気持ちになっていた。
ただ、俺がリストアップしたKの可能性が高い生徒は通学路を見る限りではかなり減っていた。前までは登下校中にもちらほらと見かけたのだが、今日はまだ一人しか見てない。俺はK狩りに関して結局何もしていないのにこの減りようは、やはりユウキのおかげだろう。あいつがラストスパートを掛けて今日で二週間が経とうとしていたが、これまで校内新聞に掲載された自殺者の名前は三十人にも達しようとしていたからな。あまりのハイペースで警察やK側にバレてはいないか心配ではあったが、どうやら未だ誰にも見つかってはいないらしい。
この二週間、自殺した生徒の親が学校に乗り込んでくるような事が二、三回、テレビの取材が一度あったが、ユウキが以前言っていたように校長、もしくは教頭がグルだからかどれも上手く躱しているようで、大事にはなっていなかった。
正直この状況は以前から考えれば「異常」だと言える。人間が他人に興味がなさすぎるそのいい例だ。
俺はKと疑わしい女子と目が合わないようグラウンドの横をぬけ下足場で構内履きに履き替えると、いつものように校内新聞の自殺者の名前を確認しメモしてから教室へと向かった。
登校中気を張っていたせいで気が付かなかったが、渡り廊下の窓の外の大きな桜の木では蝉が五月蝿く鳴いていた。
学校に来るだけでかいた汗をハンカチで拭いつつ始業チャイム五分前に教室に入ると、天井四つ角に設置された扇風機が風を送りつつ首を回していた。
それから間もなくして一日の始まりを告げるチャイムがなり、教室にクラスメートが揃った。四月の段階ではもっと机が沢山並んでいたはずなのだが、たった三ヶ月の間に随分と少なくなったなぁ。
幸いにも俺の昼飯友達であるあのアホ面はまだ健在で、背替えをして席が離れてしまったが目が合うとホームルーム中にも関わらず俺に「よっす」と手を振ってきた。
そんな日常的な挨拶に俺は少しばかりほっとしつつ、他のクラスメートを見回した。その中にはここ最近話していなかったが宮之阪の姿もあった。俺の視線に気がついて鏡を持った手を小さく振ってくれるあたり、あいつは間違いなく可愛い。じゃなくて間違いなくKではないだろう。
宮之阪にここ数日の事について昼休みの時間に話しかけようと思いつつ、俺は今日メモした自殺者の名前をリストに書き写し始めた。後でその生徒クラスを回って交友関係とかを調べるためだ。俺にはこれくらいしか出来ないからな。
リストアップは一週間に一回、週始めの月曜日に行う。毎週の自殺者は決まって三人だ。おそらく三人があいつがバレずに毎週Kを殺すことが出来るギリギリのラインなのだろう。
しかし、今日に限っては自殺者が四人いた。発行者側のミスか?もしくはユウキに何かあったのだろか?
俺は眠気を誘う声でベラベラと喋る英語の教師が黒板にアルファベットを並べるタイミングでユウキにそれについて尋ねるメールを送った。
即返信、内容は単純明快。『3』とだけ返ってきた。つまりは、この自殺者「四」というのは誤情報であるわけだ。少しの気がかりも無くすために後で確認しに行く必要があるなこれは。またユウキ以外のヤツが学校の悪魔を語って人を殺し自殺に見せかけた可能性が高いからな。
昼休みになってその事を宮之阪に伝えに行くと、宮之阪はらしくもなく授業が終わってもボーッとしていた。声を掛けても無反応で肩をつついてようやくはっ、と俺に気が付いててんやわんや慌てたくらいだ。
「びっくりしたぁ!お、おはよう天野ヶ原君。どうかしたの?」
どうかしたのか聞きたいのは俺の方だ。お前こそどうしたんだ。そう尋ねると宮之阪は俺がさっきの授業を聞いていなかったからノートを借りに来たと勘違いしノートを押し付けながら、
「い、いやいや、なんでもないよぉ!?」
嘘だ。
「ほんとだってば!……それよりどうしたの?」
話を逸らすあたりとてつもなく怪しいが、まぁ、宮之阪も年頃の女子なんだ。追求されたくない話の一つや二つあるのだろう。
宮之阪の必死な姿に本意的に話を逸らされるままに俺は午前の授業の間で不審に思った自殺死体の数について述べた。
すると、宮之阪は何か心当たりがあるのか丸眼鏡の奥の瞳を僅かに大きくし、おみくじで大凶を引いたが大吉よりもレアだと後から知ったやつのような顔をして、
「……そっか。じゃあ、いよいよだね」
何か分かったのなら勿体ぶらず教えてくれ。
「まだ言いきれないけど、もしかしたら相手の名前が分かったかもしれない」
宮之阪はおなじみの眼鏡をクイっとあげる仕草をして、
「……その自殺死体の四人のうちの一人だと思う」
どういうこった?確かにユウキは三人殺していないと言ったが、校内新聞に載っている以上死んでいるに決まっているんだぞ?
俺が馬鹿の一つ覚えのように宮之阪に推理の続きを促すと、宮之阪は「まだ分からないの?」と言わんばかりに俺のメモを指さして、
「死んでしまったはずのに生きている、なんて事が成り立つ状況に私たちはいるんじゃない?」
片目をゆっくり瞑って俺が唾を飲み込むのを待ってから言った。
「校内新聞の発行元は、―――――生徒会なんだよ」
宮之阪は続けて言った。
「やっぱり生徒会の中にいたんだよ。ペテン師X君は」
俺は宮之阪とともに自殺したとされる四人生徒が所属していたクラスへと向かいつつ、ついさっきの宮之阪との会話を思い出す。
宮之阪は言った。今日の校内新聞をペテン師Xからの「メッセージ」ではないかと。
曰く、そいつはさりげなく伝えてくれたわけだ、今回の校内新聞で死んだとされている四人の内、今も生きている一人こそがこの一連の事件の首謀者だと。
という事は、向こうもまた「学校の悪魔」がKだけを狙って殺しているという事に気が付いているのだろうか。
宮之阪は俺が箇条書きにした四人の名前の横に生きているかどうかのチェック印を入れるのを横目に、
「おそらくね。そこに気が付いたからこそ少しでも自分が生きることが出来る可能性に掛けて私たちにヒントをくれたんだと思う」
普通なら俺たちが偽者だけを狙ってるのだと気が付かないうちは、正体不明の「学校の悪魔」にもまた殺されるかもしれないと思うだろうからな。
「じゃないと校内新聞なんて使った大胆なメッセージなんて送らないんじゃないかな」
確かに校内新聞というのは生徒会の活動内容やクラブの表彰、最近であれば自殺者の名前などが書いてあり別段面白くもなんともないので生徒達は案外見ていないが、しかし、向こうからすれば自分が造った偽者の名前がずらりと連ねられているわけだ、目を通していないはずがない。
「でも、正体が分からない私たち『学校の悪魔』に伝えるにあたって少しでもバレるまでの時間を稼ぐ方法としてこれしかなかったんだろうね」
そして、宮之阪は眼鏡の奥の何もかもを吸い込んでしまいそうな美しいスノードームのような瞳を、死んだとされているにもかかわらず未だ教室でクラスメートと楽しそうに話している一人の少女に向けつつ、
「Kがその裏切りに気が付くまでが勝負だよ。これがきっとラストチャンス。次はない。私はこれにかける」
それから一呼吸置いて、決心したように、それでいて母のような優しい笑みを浮かべて言った。
「だから天野ヶ原くん、みんなをよろしくね」




