宮之阪妹1-1
高校生になって初めて女子の部屋に上がり込んだのだが、俺の知っているもの(アニメで見たようなものだが)とは大きく違っていた。
柄のない簡素なベッドに、椅子と机だけの勉強スペース、辞書ほどの厚さの本ばかりの本棚。壁一面はメモで埋め尽くされたA4サイズの紙が所狭しと張られている。
そんなテレビでよく見る研究室のような部屋の中心に一人、宮之阪によく似た少女が手首を鎖で繋がれた状態で横になっていた。
似ているだけで、そっくりという訳では無いところを見ると、やはり宮之阪の姉妹であると考えていいだろう。
宮之阪が何か話すまえに、ユウキが柄にもなく真剣な表情のまま口を開いた。
「……あなた、こういう性癖があるの?」
「何を聞いとるんだお前は」
宮之阪が慌てて否定する前に思わずツッコんじまったぜ。真剣な顔をしたから真面目な事を聞くもんだと思えば、まったくこんな時に何を考えているんだこいつは。
「どう見たって違うだろうが。これまでの流れを無視するんじゃない」
宮之阪が学校を休むほどの理由が何なのかを知るために罪を犯してまでここに来たんだろ。
「……何よ、ちょっとしたジョークじゃない」
「あははは、星ヶ丘さんも冗談なんて言うんだね」
「あら、あなた私の事知ってたの?」
知ってるも何も、多分こいつは学校中の生徒の名前を覚えているだろうぜ。
宮之阪は乾いた笑いをこぼしつつ改めてユウキの方に身体を向けると、手本のような礼をしながら、
「天野ヶ原君から聞いてるのかな?宮之阪カエデと言います。もう気付いていると思うけど、そこで寝ているのは私の妹」
「—————じゃないのでしょう?」
ユウキが宮之阪の言葉を次ぐようにして言った。
宮之阪の妹であって、そうでは無い。その意味をこの場にいる全員が理解していた。
「……彼から聞いていたのだけれど、あなた、なかなかやるじゃない」
お前は何様なんだ。
宮之阪はユウキの言葉にへへへと困り顔を浮かべつつ「どうも」と頭を下げると、
「……ということは、あなたが『学校の悪魔』さんってことでいいのかな?」
「お前、いつから気付いてたんだ?」
「ごめん天野ヶ原君。カマかけちゃった」
こてんっと拳で自分のこめかみを殴って謝られたら、そんなもん許す他に選択肢などあるまい。ユウキには鋭い肘打ちを食らったが、宮之阪の笑顔でプラマイゼロだ。
「やはりあなたは置いてくるべきだったわ。交渉材料が脅迫しか無くなったじゃないの」
ユウキがあまりにたんたんと言うもんだから一瞬普通のことを言ってるのかと思ったが、そう言えばこいつはそういう奴だった。宮之阪が「えええっ!?」と目を丸くして驚いているところをもう少し眺めていたいところだったが、
「安心しろ宮之阪、その時は俺が護ってやるさ」
「あなたじゃ私に勝てないでしょう」
ちっ、痛いところをついてきやがる。すまんな宮之阪、骨だけは拾ってやる。こいつなら本当にやりかねんからな。
閑話休題。
「……それで、結局お前は分かってるってことでいいんだよな?」
これは必要な確認事項だ。もし何も知らないのであれば情報を漏らすのはイコール「巻き込み」を意味する。宮之阪を危険に晒すのは本当であれば気が進まないからな。
俺の質問に宮之阪はユウキと俺に一瞥ずつすると、淡い色の澄んだ瞳を伏せて、
「そういう事で大丈夫だよ。もちろん学校の悪魔、星ヶ丘さんのことについても分かってるつもり」
やはりと言うべきか、話を聞く限り宮之阪はユウキが「K」だけを狙って殺していることを知っていたようだった。
ユウキは宮之阪の身体全身をゆっくり舐めまわすように見たあとまたいつものように「ふーん」と一人で勝手に納得したように呟くと、
「あなた、見た感じ運動は得意ではなさそうだけれど、どうやってコレを捕獲したの?」
俺も気になっていた事を聞いた。確かに、宮之阪みたいな胸以外は華奢な女子が取っ組み合いで勝るところなんて想像つかないからな。
「別に力なんて要らないよ。人間、不意をつかれたらそうそう対処なんて出来ないし。それに、お姉ちゃんが妹に負けるわけにはいかないでしょ?」
こいつもこいつでまたたんたんと物騒な事を言いやがる。
「偽者、二人はKって呼んでるんだっけ?そのKの存在には薄々気が付いていたからね。まさか自分の妹がそうだとは思わなかったけど。で、気付いてないフリをして後ろから襲ったってわけ。死んじゃわない程度にね」
言葉一つ一つは宮之阪の可愛らしいものだったが、その内容はまるでユウキが言いそうなセリフみたいだった。
「私自身、前々からKには興味があったの。それでもし捕まえられたら色々なことを知れるんじゃないかなぁーって」
宮之阪は床に座り込んだまま眠っている姉だったものの頭を撫でながら、
「……例えば、妹を取り戻す方法とか、ね」
「―――――それは無理よ。あなたが今撫でているのはあなたの妹さんにそっくりかもしれないけれどもう全くもって違う生物なのだから」
ユウキの言葉はまるで「現実を見なさい」とでも言ってるかのように鋭いものだった。俺はユウキの物言いにカッとなってしまって思わず声を荒らげてしまった。
「おい!」
しかし、宮之阪は何も気にしていないように、
「いいよ天野ヶ原君。星ヶ丘さんの言う通りだもん。私の妹は先週死んだ。この事実は変わらない」
でもね、と宮之阪は姉だったものへの微笑みを崩さないまま続ける。
「私、星ヶ丘さんみたいに強くないんだ。小さい頃から何をするのも妹と一緒だったからね、そうそう割り切れたり出来ないんだよ」
星ヶ丘のそういう弱く優しい部分は、妹だったものの手首に巻かれている手枷を自分の細い手首にも付けているところによく表れていた。