学校の悪魔5-1
連絡を取る手段がメールよりもラインの方が主流の世代である俺には、自分のメールアドレスや携帯番号は知っていても誰かに連絡を取る際にそれを介して行うなんてことは、今まで俺が取った百点満点の答案用紙の枚数と同じくらい全くと言ってもいいほどなかった。つまり、一切なかった。実際、メールアドレスなんてゲームアプリや他のSNSの登録くらいにしか使ったことないからな。
だからという訳ではないが、俺が家族以外で誰かとメールアドレスや携帯番号を交換したのはこれが初めてだった。まさか俺のアドレス張に初めて刻まれる女子の名前がこんな血の気の多いやつになるとはな。
女は俺の腹を蹴り上げたことなどなんとも思っていないのか、謝罪の言葉よりも先に「連絡先を寄越しなさい」と言うと、不慣れな手つきで自分のスマートホンに俺のアドレスを打ち込んだ。ちなみに一つ下の妹の連絡先はラインすら持ってない。
「同じ高校にも通ってるのに?ふーん、変わってるわね」
あんただけには言われたくはないがな。
「今どきメールでやり取りする方が変わってると思うぜ」
最近は教師からの一斉連絡もラインの時代なのに、どういう訳かこの女は「ライン」という便利なSNSアプリを使っていないようだった。
「『あんた』じゃないでしょう?星ヶ丘先輩と呼び敬い崇めなさい」
「敬うのは百歩譲って了承したとして、なぜ崇めにゃならんのだ」
俺はそんな真っ当な悪態を吐きつつ、ついさっき蹴られ痛む脇腹を擦りながら自らを「星ヶ丘ユウキ」と名乗った目の前の女を今一度見た。
俺と同じかそれ以上の身長に、スカートから伸びる長い脚。モデルだと言われても何の疑いも持たない細身のスタイルだ。この華奢な身体のどこに男子高校生を蹴り飛ばせる力があるんだろうな。そんな見た目だけは全校女子の憧れにほど近い星ヶ丘ユウキは縒れたセーラーのシワを伸ばして、
「それはそうでしょう。私は一つ上の三年生。あなた、天野ヶ原君って言ったっけ?あなたはまだ二年生だもの」
どうだと言わんばかりに自慢げに胸元の校章を見せつけつつ、ふんっと鼻を鳴らした。まるで理由になってないな。
「理由なんてちっぽけなものどうでもいいわ。そんなことよりも気にしないといけない事がこの世界には溢れ返っているのだから」
ふむ、と納得したのも束の間、なんだかとんでもなく壮大なことを言っているようだが、適当なこと言って話を誤魔化されただけだった。俺は会話をすることを半分以上に諦めながら、
「……それで、結局俺は何故ゆえ星ヶ丘先輩と連絡先を交換する事になったのでしょうか?」
遅れて額から流れてきた汗を拭いつつ、
「というか、これは一体何なんですか?」
目の前のこの状況全てを指して聞いた。だいぶ落ち着きを取り戻して来てはいたが、俺は未だこの事態について理解出来ていない事ばかりなのだ。分かっていることと言えば地理教師に似て非なるものを自称「学校の悪魔」の女生徒が殺した、という事実だけだ。
逆に、それ以外は何も分かっちゃいなかった。この地理教師の偽者みたいなのは何なのか、何故そんなものが存在するのか。何故あんたはそれを殺したのか。何故あんたが殺したのか。そこの所を知らずして俺の頭ではこれ以上の情報を処理できそうになかった。
しかし、星ヶ丘ユウキは肩にかかった長い黒髪を手で払い風になびかせると、
「星ヶ丘先輩はさすがに長いわね。やっぱり先輩と呼びなさい。あなた以外に私を先輩と呼ぶ人はいないからね。あと、敬語も別にいらないわ。言葉使いなんてただの形式に過ぎないし」
それにしては「先輩」呼びをさせたがるんだな。
「でも、敬うべき私が言ったことは絶対に遵守しなさい。私の方が一つも歳上なんだから私が言ったことの方が正しいに決まってるもの」
暴論だ。しかし、ここでなんやかんやと言い返してこれ以上の注文が増えるのを嫌った俺は、星ヶ丘ユウキの怒涛の言いつけに「さいですか」と軽く頭を下げて返した。




