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セーラー服の彼女4

 文字通りの意味。彼女は彼女ではなく、彼女以外の人間だった。分かりやすく言えば、アレは彼女の皮を被った別の何かだったという話だ。


 そして確信に変わったのは、卒業生に向けての出し物の準備中に偶然にも生まれた話し合いの場で、彼女が私の事を下の名前で呼んだことだ。もう街には雪がちらつく十二月になっていた。


 これは後から分かった事なのだけれど、彼女の日記帳には普段は「ほかちゃん」と呼ぶくせに私のことを下の名前で表記していた。


 だから、この偽物は勘違いしたのだ。


 彼女は普段から私の事を下の名前で呼んでいるのではないかと。


 しんしんと降る雪の中、呼び出した校舎裏で私は彼女に似た何かにその事を伝えた。もしかしたら、何かの間違いじゃないかと。


「最近ね、メイクとかにも挑戦してるんだよ。髪も染めようと思ってるの。もっと大人っぽくなりたくってさ。だからあなたのこともいつまでも子供っぽく『ほかちゃん』って呼ぶのはやめようと思って……」


 あまりのの雑さに、私は思わず失笑したわ。


「馬鹿言わないで。あの子は約束を破ったりはしないわ」


「え……、何言って……」


 そして彼女に似た何かは正体を現す。


「『あなただけはいつまでもそう呼びなさい』って私があの子に言ったのよ」


 次の瞬間、彼女に似たソレは瞳孔をかっ開くやいなや、私に向かってスカートのポケットにしまっていた折りたたみナイフを振りかざした。


 その動きも、運動を苦手としていた彼女のそれではなかった。皆を救うべく力を欲して私が幼い頃から武術の類をやっていなかったら今頃喉元に真っ赤な噴水が出来ていたでしょうね。


 ナイフを間一髪で躱した私をギラついた瞳で見るソレは、今度は逆手にナイフを握り直すと、


「……やはり、お前を先にシとくべきだったか」


 スロー再生された時のような低く不気味な声でそう言って、再びナイフを私に振り下ろしてきた。


 しかし、元の彼女の動きとは違って機敏とは言えその動きは素人の域を出ない程のものだったので、私は手首を翻しナイフを奪い取るとそのままソレの腕を背後に捻じあげて地面へと押さえつけた。


「私が合気道を嗜んでいることも知らなかったのかしら?」


「離せっ!」


 ソレは乱暴に身体を揺らして抵抗したが、きちんと関節がキマッているのでそうそう逃げ出せたりはしない。私は額に浮かんだ玉のような汗を袖で拭うと、ソレの上に馬乗りになった状態のまま聞いた。


「あの子をどこにやったの」


 聞くまでもないことだったのに、尋ねずにはいられなかった。


「あたしが殺したに決まってんじゃん。なぁーにあんた、あいつの何?もしかしてレズだったりすんの?」


 にやりといやらしく笑うソレに、


「あの子の顔でそんな風に笑うなぁッ!」


 私は涙を流すことも忘れて激昂した。私の中に生まれた憎悪という憎悪が自然に体を突き動かし、そして、気が付けばその手をソレの首へと伸ばしていた。初めての感情に自分を制御できなかった。


「……殺してやるわ」


「ぐぁ、がぁっ!は、はなせ、ぇえッ!」


 ぎりぎりと首を絞める手に力を込めていくと次第にソレは口の端から泡を吹き始め、そして、窒息する間際にこの世でも呪うように、


「……っ!ぐふゥ、馬鹿ね、あんた……、これでっ、あんたは……!」


 しかし、その言葉で私の激情していた頭はすっと冷えていった。


「……これで私がどうなるっていうの?」


 そうだわ。今、私がすることは怒りに任せて復讐に身を委ねることではないわ。存在するのであれば彼女を救う方法を見つけ、この事態を解決に導く手段を考えなければ。


 私は理不尽から皆を救わなければならないヒーローなのだから。


 私以外に皆を救う人間なんかいないのだから。


 それから私はソレを拘束したまま使用されていない理科準備室に連れていくと、椅子に縛り付けあらゆることを尋問することにした。もちろん、非人道的に。


 だって、人間ではないもの。


 見る限り相手は人間と同じ構造を有してはいたけれどね。


 そして知ってしまった。




 この世界には「偽者」なるものが紛れ込んでいるということに。




 その「偽者」は彼女自身だけではなく、学校の教師やクラスメート、通学通勤で使用する地下鉄の駅員や近くの総合病院の看護師など多種多様に渡った人間になり代わって存在しているのだとソレは言った。


「案外、あたしのようにあんたの身近にも結構いるんじゃないかしら」


 例えば―――家族とか。


 目の前で彼女だったものの言葉を思い返しながら、私は全速力で母の元へと向かっていた。


 父は借金を残して蒸発し、姉は不運にも通り魔に遭って七年前に死んでしまっていて、私の家族はもう母しかいなかったから。


 まさか自分の母までもがそんなことになっているわけがない。そう思いたいが、こんな世界ではもはや「絶対」という単語など意味をなさない言葉だった。


 時間は午後五時過ぎ、この時間であれば母は近所のスーパーにでも夕飯の買い出しに行っていることだろう。なので私は家に直接ではなく、一度そのスーパーに寄ってから帰ることにした。


「私はあなたを失ってしまえばヒーローでいる意味なんて……っ!」


 どうしようもない理不尽のせいで姉を失った時誓ったのだ。この世界の理不尽から母を護るのはこの世界に私しかいないと。


 思えばこれも私がメサイアコンプレックスになってしまったきっかけだったのでしょうね。「この世界を少しでも良い方向へ導く」だなんて子供ながらにして思い始めたのもこの時だった。




 家に帰ると、いつも通りの笑顔で母が私を出迎えてくれた。


 見る限りは偽物になっているということはなさそうだった。


「おかえりなさい。今日は遅かったけど、お友達とどこか寄り道でもしてたの?」


「……ええ、少しね」


 私は玄関先で母に抱き着いた。


「あらあら、どうしたのいきなり?」


 母は同じ背丈の私の頭を撫でてくれた。その手つきがやわらかくて優しくて、そしてこの上なく―――腹立たしかった。


 私は頭の上に置かれたか細い手を取ると、かつて教わった通り捻り上げ背に組むと壁へと押し付けた。


「ちょ、ちょっといきなりなぁに!?合気道のおけいこの続き?」


 母はおっとりした人だった。


「お母さん、ちょっと腕が痛いわ。離してくれない?」


 怒ったところなんて見たことがない。


「ねぇ?聞いてるー?」


「……私が立ち寄ったのは、スーパーよ」


 家に帰る前に寄ったスーパーで案の定私は母の姿を見つけていたのだ。


「そ、それがどうしたの?あっ!もしかして切れてたお醤油を買いに行ってくれたり……」


「—————黙れこの偽物がッ!」


 私は勢い余って、母だったものの肘をそのままへし折った。


「があぁぁぁあああ…!いいぃ、痛い、イタイいたい!」


 そうしてようやく、ソレは正体を現した。低く、ドスのきいた声だった。


「ぐうっ……ど、どうしてわたしの方がお前の母親ではないと分かった」


 別に難しい理屈ではないわ。


「勘よ」


 正直、私にはどっちがどっちか分からなかったわ。言葉遣いから仕草、母の匂いや雰囲気までもそっくりだったから。


 でも、だからこそどちらにせよ家にいる方の母親を縛り上げるつもりだった。それで違っていればスーパーにいた方をぶちのめして本人には誤ればいいことだと思ったから。


「そんなことで……っ!」


「私の母は私がちょっと間違って腕を折ったくらいで私を嫌ったりしないでしょうからね」


 それから私の親友にそうしたように手足を縛り拘束しようとしたところで、


「……お願い、離してよちゃん……」


 母の顔で、母の声で涙を流しながらそう言われた拍子に、私は思わず取り押さえていた手の力を思わす抜いてしまった。瞬間、私の手は振り払われ、みぞおちに拳を見舞われ、さらに前かがみなったところを顎に一発蹴りをもらってしまった。偽物のソレは頬についた涙の痕を脱ぐいながら、


「……馬鹿ね、こんな泣き顔にころっと騙されちゃって。あーあ、ほんとはお前を先に殺して、そのあと帰ってきた母親の方を殺そうと思っていたのに、予定が狂っちゃったわ」


 私は脳が揺れて意識が飛びそうになるのを唇を噛んで耐えつつ、身体を壁にもたれさせながら母だったものを睨みつけた。


「……とは言え、お前の口封じはしておかないとね。身体は母親の方を殺してから造ればいいしね。じゃ、さよなら」


「……それは、どういう……」


 もう私には抵抗する力も、ここから逃げる力もなかった。唇からにじむ血の味も感じ取れない。


 しかし、薄れゆく意識の中で私の視界に最後に映ったのはなぜか倒れ行く母によく似た偽物と、驚愕の表情を浮かべる母本人、そしてもう一人―――。


「……だ、れ……?」


 そこで私の意識は途絶えている。

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