繋がる世界
その頃。別世界のスペクトルの研究所に囚われているミナミのもとに、再びマコトが姿を現した。
「出番だ。さあ、来てもらおうか」
マコトは引き連れていた二体のソルジャーロイドに、ミナミに手を向ける形で指示を出した。するとその意を受けたソルジャーロイド達が、ミナミの四肢を拘束する枷を外し始める。
「あの写真・・・あんたの隣に写ってるのが、この世界の私・・・なんですか?」
「・・・見たのか、あの写真を」
「ええ・・・見る気はありませんでしたけど、たまたま視界に入っちゃいましてね」
四肢の枷が外されると、ミナミは両脇をソルジャーロイドに抱えられる形で立たされた。彼女はマコトに鋭い視線を向けながら、少しでも彼を動揺させようと言葉を発した。
「それで?この世界の私はどこにいるんです?・・・もし会えたら、大声で怒鳴ってやりますよ。『あんたの彼氏は教育がなってませんよ』って」
その時、マコトの表情が明らかに歪んだ。彼はミナミに背を向けると、消え入りそうな声で言った。
「彼女は・・・もういない。俺を守って・・・・・・死んだ」
「え・・・?」
マコトが口にしたのは、あまりにも予想外な言葉であった。彼は思わず声を上げたミナミの方へ振り返ったが、その顔は深い哀しみを湛えていた。
「あれは・・・半年前のことだ。あの日・・・俺とミナミは、何者かが差し向けたドロイドの刺客に襲われた。・・・奴らは所詮ドロイド、俺とミナミはイリスになって、すぐにそいつらを片付けた。・・・だが、その直後だった・・・」
その時の記憶は、今もマコトの脳裏にこびりついて離れない。『あの日』、敵のドロイドを殲滅して変身と合体を解除した直後、突如として黄色い光の矢が飛んできた。そしてマコトを庇う形で、この世界のミナミはその矢を体に受けたのだった。
『ミナミ・・・?頼む、目を開けてくれ・・・』
矢に貫かれたミナミの腹には、大きな穴が開いていた。そこから血がどくどくと流れる中、ミナミはマコトの腕の中で、うつろな目を開いた。
『よかっ・・・た・・・・・・あなたが、無事で・・・・・・』
『駄目だ・・・・・・どうして、こんな・・・・・・』
その時、ミナミが最後の力を振り絞り、マコトに向けて手を伸ばした。それに気づいたマコトがすぐにその手を掴むと、ミナミは笑みを浮かべながら言った。
『私の、こと・・・・・・忘れ・・・ないで・・・・・・』
『ああ・・・約束する。君のことは、絶対・・・!』
その言葉に満足したかのように、ミナミは安らかな笑みを浮かべた。そしてマコトの腕の中で、彼女はその短い生涯を終えたのだった。
『ミナミ・・・ミナミ、待ってくれ。ミナミ・・・ミナミ・・・!』
受け止めることなどできない、あまりにも非情な現実。マコトは愛する者の亡骸を抱きしめながら、雨が降りしきる空を見上げて叫ぶしかなかった。
『うわあああああああああああああっ!!ああああああああああああああああああああっ!!』
「・・・あの日、俺はミナミに、自分の想いを打ち明けようと思ってた。・・・無事に大学への進学が決まったら、俺と・・・結婚してほしい、って。・・・あいつは、他の仲間が戦いで命を落としていく中、最後まで俺を守ると誓ってくれた!だから俺も・・・彼女にはずっと俺のそばにいてほしくて・・・その気持ちを伝えようとしてた矢先に・・・!」
震える拳を握り締めながら、マコトは必死に溢れ出る感情を抑えつけようとした。だがその片目からは、一筋の涙が流れていた。
「・・・ごめんなさい。私、無神経なことを・・・」
マコトの言葉、そして涙に、嘘は一切感じられなかった。ミナミが己を恥じて謝罪すると、その声にマコトは我に返り、涙を拭った。
「いや・・・いいんだ。お前は、俺のことを何も知らない。この世界のミナミのことも、そして・・・・・・この世界に訪れようとしてる、危機のことも」
「危機・・・?」
「ああ。それを回避するためにも、お前の力が必要なんだ。頼む、力を貸してくれ」
☆☆☆
同時刻。誠人達を乗せたGPウィングが、惑星ブレビアに到着していた。
「ここが、ブレビア・・・」
地面の至る所から不規則に噴き上がるガスが、その星を霧のように覆い尽くしていた。誠人が思わず声を上げる中、GPウィングは資料に記された座標に向かって飛んでいき、程無く一軒の古びた建物のもとへ辿り着いた。
「あれが・・・研究所?」
「そうみたい。皆、降りるわよ」
キリアにそう答えると、ソフィアはGPウィングを建物の近くに着陸させた。誠人は地面に降り立つと建物の扉を開け、仲間達と共にその中に踏み込んだ。
「埃だらけだ・・・少なくとも、ここ数ヶ月は使われてないようだね・・・」
GPブレスのライトで辺りを照らしながら、カグラは周囲に目を向けて言った。と、その時――
「・・・!諸君、こっちへ!」
何かを発見したファルコが、一同に声をかけた。彼が見つけたのは、別世界でスペクトルが使っていた、時空の扉を開く装置と酷似した機械だった。
「接続装置、試作品・・・・・・これは、一体何のでしょう?」
装置に貼られたラベルの宇宙文字を解読しながら、シルフィが一同に声をかけた。
「分からない・・・・・・けど、スペクトルが研究にこれを使っていたのは、確かなはず」
レイがそう言葉を返しながら、装置に手を触れたその時。彼女は無意識のうちに何かのボタンを押してしまい、次の瞬間装置の至る所が発光し始めた。
「あっ・・・レイ、何したの!?」
「わ、分からない・・・けど、何かしちゃったみたい・・・」
レイがしどろもどろになってキリアに言葉を返す間にも、装置の発光はますます強くなっていった。次第に装置から大きな音まで鳴り始め、砲口のような装置の先端に光が収束され始めていく。
「・・・!うっ・・・くうっ・・・!」
と、その時。突如として誠人の脳内に、ある光景が走馬灯のように浮かび上がってきた。
『ミナミ・・・?頼む、目を開けてくれ・・・』
『私の、こと・・・・・・忘れ・・・ないで・・・・・・』
『ああ・・・君のことは、絶対・・・!』
「これは・・・昨日の夢・・・!?」
誠人の脳内に流れ込んできたのは、昨日見た悪夢そのものだった。そしてそれと時を同じくして、ミナミを連れてスペクトルの研究所の中を歩いていたマコトも、突如として脳内に流れ込んできた映像に苦しんでいた。
「うっ・・・うあああああっ!」
『約束は守る。絶対に』
『ああ・・・いてほしい。いや・・・ここにいてくれ・・・!』
『その無茶に、僕はまた救われた。・・・ありがとう、ミナミ』
マコトの脳内に流れ込んできたのは、別世界の自分の記憶の一部であった。誠人とマコト、二人は同時に叫び声を上げると、これまた同時に頭の中の映像が途切れた。
「はあっ、はあっ・・・くそっ、リンクがこんなタイミングで・・・!」
「リンク・・・?」
目の前で荒い息をつくマコトに、ミナミが恐る恐る問いかけた。
「こっちの世界と、お前達の世界が、一時的に繋がることだ。・・・リンクが発生すると、時々こんな風に・・・お前の世界の虹崎誠人の記憶が、頭の中に流れ込んでくる・・・」
マコトがなんとか平静を取り戻していた頃、誠人もまた、ようやく呼吸を整えていた。
「大丈夫、誠人君?」
「ああ・・・けど、今のは一体・・・」
と、その時。轟音を上げて光っていた装置の先端から、一筋の光線が放たれた。すると光線が照射された空間が歪み、光と共に巨大な円が現れた。
「皆様・・・あれを!」
シルフィが指さしたのは、円の向こう側に広がる不思議な光景だった。そこは明らかにブレビアではない別の星で、遠くには巨大な白い建物が見えた。
「まさか・・・この装置で、別の世界と繋がった、ってこと・・・?」
「分かりません・・・・・・けど、今は行くしかない・・・!」
カグラにそう言葉を返すと、誠人は迷うことなく光の円に向かって駆け出した。
「坊や、待って!」
ソフィアの制止も聞かず、誠人は円の向こう側に広がる世界に足を踏み入れた。だが次の瞬間、光の円はみるみるうちに小さくなっていき、やがて時空の歪みと共に完全に消失した。
「そんな・・・!レイ先輩、もう一回装置を動かしてください!」
「やってる!けど・・・全然動かない!」
ミュウにレイが叫び返した、まさにその時。装置が小さな爆発を起こし、その機能が完全に停止した。
「壊れた・・・ということは・・・」
「虹崎君は・・・向こうの世界に、取り残された・・・!」
「ここが・・・あいつらの世界、なのか・・・?」
ソフィアとファルコが呆然と声を上げたのと、ほぼ同時のこと。新たな世界を見渡した誠人が、誰に言うともなく声を上げた。
「もう・・・引き返す方法はない。なら・・・進むだけだ・・・!」