スペクトル
それから、およそ一時間後。ギャラクシーガーディアンの乗組員が、レーダーである反応をキャッチした。
「イレイダー長官、一機の宇宙船がこちらに接近しています」
「宇宙船・・・?機種は?」
「・・・旧式のGPウィングです。このスピードなら、およそ十秒後には目視可能の範囲まで迫ります」
乗組員がそう告げ終わった、次の瞬間。艦橋の通信装置に、一件の反応があった。
「接近中の飛行物体から、通信が入っています。いかがいたしましょう、イレイダー長官?」
「うむ・・・応じよう。恐らく、相手は私が知っている人間だ」
「はっ・・・こちらギャラクシーガーディアン、どうぞ」
「銀河警察元刑事、ソフィア・ルン・ブラーンよ。ガモン・イレイダー長官に、取り次いでもらえるかしら?」
通信機から聞こえてきたのは、ガモンの予想通りソフィアの声だった。ガモンは自ら通信機を手に取り、GPウィングのソフィアに言葉を返した。
「私だ。こちらに向かっているようだが、一体何の用かな?」
そう尋ねている間に、GPウィングがギャラクシーガーディアンの目の前に現れた。ソフィアはGPウィングを停止させると、再び通信機に声を吹きかけた。
「いろいろと複雑な事情があるの。・・・少し、あなたに訊きたいこともあって」
「なるほど・・・・・・それは、大変な事態になったな」
数分後。一通りの事情を説明されたガモンが、まるで他人事のように淡々と口にした。
「あなた達にとっても他人事じゃない。奴ら、あなた達から奪ったV2ドライバーを量産して、五人のイリスV2を生み出した。もし奴らがまた襲ってきたら、あなたの野望も水の泡になっちゃうかも」
ソフィアの隣で副操縦席に腰掛けるレイが、やや皮肉交じりにガモンに告げた。
「イリスバックルは試したのか?V3ドライバーは?」
「残念だけど、さすがに別世界にいるミナミを呼び出すのは不可能だった。どうも別世界は、圏外のようで」
「私達も本意ではないけど、あなたがもしマルチバースのことを知っているのなら、どんな情報でも欲しい。・・・下手したら、この世界が滅ぶかもしれないから」
レイがそう告げると、ガモンは冗談交じりの言葉を返した。
「そうか・・・知っていることはあるが、それを君達に伝えて私に何のメリットが?まさか、虹崎誠人をこちらに渡す、とでも言ってくれるのかな?」
「そうね・・・私達がこの世界を守ってあげる、っていうのはどう?あなたも長年の悲願を、よく分からない連中に潰されたくはないでしょ?」
ソフィアの言葉に、ガモンは瞬時考え込んだ。そして彼は、ある一つの決断を下した。
「・・・私も、マルチバースのことについてはあまり詳しくない。だが、その実在を熱心に説いて回っていた人間が、かつて科学部門にいてね」
そう言うと、ガモンは手元の機械を操作してあるデータをGPウィングに送った。ソフィアがそれを展開すると、GPウィングのモニターにとある人物の顔写真と、銀河警察での経歴が表示された。
「ソフィア・・・この男・・・!」
「ええ・・・見覚えのある顔ね・・・!」
モニターに顔が映し出されたのは、カグラからGPドライバーV2を奪い、そして先ほどソフィア達の前に姿を現した、マコトの仲間の科学者・スペクトルであった。
「ライディーン・スペクトル。彼はマルチバースの存在を信じ、日々研究に明け暮れていた。そんなある日、彼は私に直接、研究のための資金提供を願い出てきた。別世界とこちらの世界が、繋がる瞬間に遭遇したと言ってな」
その時のことを、ガモンは今でも覚えている。その日、スペクトルはいつになく興奮しながら、ガモンに資金提供を依頼していた。
『イレイダー長官、私は嘘は言っていません。確かにこの目で見たんです。この世界と別の世界が一瞬ながら交わり、空間が歪む瞬間を!』
『スペクトル、君はエスパーらしいな?・・・もしかしたら、能力の暴走で幻覚でも見て、それを別世界との接触と勘違いしたのでは?』
『違う!別世界は・・・マルチバースは確かに存在する!マルチバースは脅威です、今にこの宇宙に、他の宇宙からの侵略者がやってくる!そうなってからでは遅いのですよ!』
「マルチバースを脅威と・・・そう言っていたの?」
「ああ。だが生憎、私は彼の言うことが信じられなくてね。私が資金提供を拒否すると、彼は自分一人で研究を始めた。そしてしばらく経ったある日、彼はその姿を消した。どこに行ったかは不明だが、彼の研究所がブレビアという無人の惑星にある。そこを調べれば、何か分かるかもしれないぞ」
レイにそう言葉を返すと、ガモンは惑星ブレビアの座標をGPウィングに送った。
「なるほど・・・ご協力ありがとう。後は、こっちで何とかするわ」
ソフィアは手短にガモンに礼を言うと、GPウィングを緊急発進させた。そしてギャラクシーガーディアンと十分距離をとると、ブレビアの座標をコクピットの機械に打ち込み、自動操縦にしてレイと共に背後へ振り返った。
「もう、声を出してもいいわよ、坊や」
「ええ・・・ソフィアさん、レイさん、ありがとうございます」
振り返った二人の視線の先には、ガモンに気づかれないように必死に口を開かずにいた、誠人の姿があった。彼だけでなく、そこにはカグラやキリアといった刑事達、そしてファルコの姿もある。
「いろいろと、情報が手に入りましたね。あのイレイダーが、ここまですんなり情報を渡してくれるとは思いませんでした」
「それほど、マルチバースの敵は彼にとっても脅威なのでございましょう。私達も、イレイダーも、今は互いに相手を利用しているだけにすぎません」
情報が手に入ったことを素直に喜ぶカグラとは対照的に、シルフィがどこか冷めた口調で言った。
「とにかく、今はこのスペクトルという男について、調べるしかない。手掛かりがあるかもしれないのは、スペクトルが研究所を構えていたという、惑星ブレビア」
「今、この船は自動操縦で、ブレビアに向かっているわ。到着次第、スペクトルの研究所を見つけ出して、その転送装置とやらを調べるのよ」
レイとソフィアの言葉に、誠人は強くうなずいた。例えどんなにか細くても、今ミナミに迫れる糸口はこれしかない。
(絶対に助けるから・・・待っててくれ、ミナミ・・・!)