虹崎マコト
ミュウとカグラが焦燥の声を上げていた、まさにその頃。虹崎家では、キリアが不安げに窓の外に視線を向けていた。
「皆・・・大丈夫かな・・・」
「大丈夫。今までだって、皆はいろんなピンチを乗り越えてきたじゃない」
思わず呟いたキリアに声をかけると、茜はその頭を優しく撫でた。
「きっと、今回だって大丈夫。私は、そう信じてるわ」
「お母さん・・・・・・そうだよね。きっと、皆大丈夫だよね」
茜の言葉に、キリアの表情も少しだが明るくなった。だが次の瞬間、キリアのGPブレスから警告音が鳴り響いた。
「ん?ゴールデンホークからだ・・・」
それは、虹崎家の周りを警戒するゴールデンホークから送られた警報であった。キリアがGPブレスにゴールデンホークの視界を表示させると、彼女は思わず驚きの声を上げた。
「嘘・・・どういう、こと・・・?」
「・・・?どうしたの、キリアちゃん?」
あまりのキリアの驚きように、茜は思わず彼女に問いかけた。
「お・・・お母さん、これ・・・」
キリアが左腕を茜の方にかざし、GPブレスの画面を彼女に見せた。そこには黒い服を纏った、誠人と瓜二つの少年の姿が映されていた。
「そんな・・・これ、どういうことなの・・・?」
茜がキリアに続いて困惑の声を上げた、まさにその頃。誠人と瓜二つの少年が、虹崎家をどこか懐かしそうに見つめていた。
「どうしたの、マコト・・・?」
「いや・・・つい、懐かしい気持ちになってな」
問いかけてきたモニカに答えると、少年はすぐに表情を引き締めた。
「けど、感傷に浸ってもいられない・・・はっ!」
少年は左手に装着していたGPブレスから光弾を放ち、目の前で飛ぶゴールデンホークに浴びせかけた。その光弾に撃ち落とされ、ゴールデンホークはその機能を停止した。
「やられた・・・皆、皆大変!」
GPブレスの映像が途切れると、キリアは大声を上げて一同に異変を告げた。その声に、誠人とミナミ、そしてレイが次々とやってくる。
「キリア、どうした!?」
「お兄ちゃん・・・・・・外、外にお兄ちゃんそっくりな奴が!」
「え・・・?」
誠人がキリアの言葉に困惑の声を上げた、まさにその時。虹崎家の玄関のドアが、大きな音と共に倒れた。
「な、何だ!?」
「私が見てくる。β達は、ここにいて!」
誠人達をその場に待機させ、レイが玄関に向かった。そこで彼女が目にしたのは、二人の仲間を引き連れた誠人そっくりの少年だった。
「えっ・・・ベー、タ・・・?」
「β?・・・何を言ってる、お前?」
そのギリシャ文字が示す意味を、当然少年は理解できていなかった。家の中に歩みを進める少年に、レイはGPブレスを突き付ける。
「止まって!止まらなきゃ、あなたをう・・・」
と、その時。少年の背後に控えていたキャロルが、目にもとまらぬスピードでレイに体当たりした。レイの体は吹き飛んで壁に叩きつけられ、意識を失って崩れ落ちた。
「助かった。行こう」
キャロルに短く礼を述べると、少年はさらに先に進んだ。そしてリビングのドアを開けると、そこにはレイから待機を命じられた誠人達の姿があった。
「・・・!お・・・お前は・・・!?」
自分とそっくりな少年を目にし、誠人は思わず言葉を詰まらせた。一方の少年は誠人を見ても大きな反応は見せなかったが、代わりにミナミの姿を目にして思わず声を上げた。
「・・・!ミナ、ミ・・・!」
ミナミの姿を見た途端、少年の脳裏に一人の少女の姿が浮かび上がった。その少女は、目の前のミナミに瓜二つの見た目をしていた。
「な・・・何ですか、あんた?・・・なんで、私の名前を知ってるんですか!?」
自分の名前を口にした少年に、ミナミは動揺を隠せなかった。一方の少年はその声に我に返ると、はやる気持ちを抑えながら言葉を返した。
「お前によく似た人を知っててね。そいつの名前も、ミナミ・ガイア。・・・お前と同じ名前だった」
「ど・・・どういう、ことですか・・・?」
「大体察しはついてるだろ?俺達は、こことは違う平行世界の住人。そして俺の名は・・・・・・虹崎マコトだ」
「・・・!?」
少年・マコトの言葉に、誠人達は皆一様にショックを受けた。一方のマコトも必死に自分を抑えながら、ミナミに目を向けた。
「俺達の目的は、そこにいるミナミ・ガイアただ一人だ。・・・ミナミ、大人しく俺達についてこい。そうすれば、こいつらももう少しは長生きできる」
そう言うと、マコトはミナミに右手を伸ばした。だがそれを拒絶するかのように、ミナミは一歩後ろに引いた。
「じょ・・・冗談じゃないです!誰が・・・誰があんたなんかの言うこと聞くもんですか!」
ぶつけられたその言葉に、マコトは少し傷ついたような表情を浮かべた。だがそれも一瞬のこと、彼は鋭い視線をミナミに向けた。
「そうか・・・・・・なら腕ずくだ。ミナミ、たとえ嫌でもお前を連れていく」
「やめておけ。その気がない子にアプローチを続けたって、時間の無駄だ」
誠人は自分にそっくりな男の前に立つと、GPドライバーV2を握り締めた。
「キリア、ミナミと母さんを頼んだ」
「う・・・うん、任せて!」
キリアはミナミと茜の手を取ると、猛スピードでその場から走り去った。一方のマコトも背後に立つキャロルとモニカに視線を向け、二人にキリア達の後を追わせた。
「一度お前とは戦いたいと思ってた・・・・・・別世界の俺、別世界のイリスV2の力、見せてみろ!」
マコトもGPドライバーV2を取り出すと、腰に装着してホルダーから一枚のカードを取り出した。誠人も同時にドライバーを装着し、ホルダーからカードを取り出した。
「「アーマー・オン!」」
『Read Complete.漆黒、暗黒、深黒・・・!アーマーインダークネス・・・ダークネス・・・!』
『Read Complete.灼熱!焦熱!光熱!アーマーインサンライズ!サンライズ!』
マコトが変身したイリスV2は、全身を真っ黒な鋭い鎧に包み込んだ、いかにも戦闘的ないで立ちであった。そのバイザー状の複眼が一瞬黒い輝きを放つと、彼はライズガンセイバーに酷似した黒い剣を握り締めた。
「来い!お前の大好きなミナミ・ガイアをかけて・・・勝負だ!」
「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ミナミの名を出されたことで、誠人の心にわずかながら乱れが生まれた。誠人はライズガンセイバーを振り回してダークネスアーマーのイリスV2に攻撃を仕掛けようとするが、マコトは冷静で的確な剣さばきでそれをいなし、反撃を仕掛けてくる。
「はっ!」
「うわっ!・・・くっ、外に出ろ!」
誠人は相手を家の外に誘導すると、そこで再び激しい戦いを繰り広げ始めた。両者の剣技はマコトの方がはるかに優れていた。
「はあっ!」
誠人は武器をガンモードに切り替え、遠距離からの攻撃を試みた。だがマコトも素早く武器の機能を切り替え、ガンモードにして黒い光弾を連続で発射した。
「はっ!」
マコトはもう一人の自分の攻撃を光弾で相殺させると、さらに激しい銃撃をお見舞いした。その攻撃は誠人の身を包む鎧に炸裂し、激しい火花が散った。
「うわああああっ!」
光弾が直撃して大きく体勢を崩した誠人に、マコトは武器を剣に戻してさらなる追撃を仕掛けた。その一撃を辛うじて剣で受け止めると、誠人はもう一人の自分に問いかけた。
「なぜ・・・ミナミを狙う?お前のさっきの言葉は、一体どういう意味だ!?」
――そうすれば、こいつらももう少しは長生きできる――
先ほどマコトが口にしたその言葉が、ずっと誠人の頭に引っかかっていた。そんな彼を嘲笑うように、マコトは剣を握る手に力を込める。
「お前には関係ない。けど、一つ教えておいてやる。ミナミ・ガイアがいなければ、俺達の世界も、この世界も、数年後には滅びる!」
「!?」
困惑で一瞬生じた誠人の隙を、マコトは見逃さなかった。彼は剣を押し出して誠人の体勢を崩すと、むき出しになった敵のボディを剣で何度も斬り裂いた。
「うわあああああああああっ!!」
サンライズアーマーのイリスV2の体から、激しい火花が迸った。吹き飛んで倒れこんだもう一人の自分に、マコトはさらに言葉を投げかけた。
「俺は愛する俺の世界のために、全てを犠牲にすると誓った!ミナミに助けられた命・・・・・・それは、この時のためにあったんだ!」
脳裏をよぎる、愛する人の死の瞬間。その忌まわしき記憶を振り払うかのように、マコトは剣を振り上げて目の前の敵に襲い掛かるのだった。
「はあっ、はあっ・・・・・・お母さん、ミナミ、大丈夫・・・?」
一方。誠人にミナミと茜を託されたキリアは、全速力で家の近くにある公園に逃げ込んでいた。
「ええ・・・なんとか・・・!」
「誠人さん・・・無事でしょうか・・・・・・誠人さん・・・誠人さん・・・!」
ミナミの頭の中は、誠人のことでいっぱいだった。そんな彼女の肩に、茜が優しく手を置いた。
「あの子なら、きっと大丈夫。私達は、それを信じて・・・」
と、その時。一瞬加速音のような物が聞こえたと思うと、突然茜の体が吹き飛んだ。彼女は地面に叩きつけられ、顔を歪めて苦痛に声を上げる。
「お母さん、だいじょう・・・きゃっ!」
茜のもとに駆け寄ろうとしたキリアの体も、突然勢い良く吹き飛んだ。地面を転がるキリアの体を、何者かが足で踏みつけて止めた。
「みーつけた。そんなに速くなかったね、あんた」
「あ・・・あんたは・・・!」
踏みつけたキリアの体を見下ろしながら、いつの間にか現れたキャロルが言い捨てた。その姿を見たミナミは思わず声を上げて後ずさりしたが、その後ろからも聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「どれだけ逃げても無駄だよ。キャロルとモニカがどこまでも追いかけるから・・・」
ぎょっとして背後を振り向くと、そこには無邪気ながらも冷酷な笑みを浮かべたモニカの姿があった。ミナミはこれまで感じたこともない恐怖に苛まれ、思わずその場にへたり込んでしまった。
「あっ・・・ああっ・・・」
「さ、一緒に来てもらおっか。大丈夫、できるだけ優しくしてあげるから」
キャロルはミナミのもとまで歩み寄ると、かがみこんで笑みを浮かべながらその肩に手を置いた。だが次の瞬間、彼女は空いている方の手で拳を握ると、ミナミの腹を力いっぱい殴りつけた。
「うっ!あっ・・・あっ・・・・・・」
「ミナミ!」
「ミナミさん!」
意識を失ってぐったりとするミナミの姿に、キリアと茜が悲痛な叫び声を上げた。その時、ダーククロウと合体して虹崎家に急行していたエージェント・シャドウが、偶然公園の上空に差し掛かった。
「あれは・・・・・・ッ!あの二人、まさか!」
気絶したミナミの体を担いだ女と、その傍らに立つ小柄な少女の姿に、シャドウは見覚えがあった。直ちに急降下してきた彼の姿を、地上のキャロルとモニカがその目に捉えた。
「あいつ・・・・・・モニカ」
「うん」
モニカは近くに生えていた一本の気に駆け寄ると、緑色に光る手でその幹に触れた。すると木の枝が瞬く間にするすると伸びていき、急降下してきたシャドウの体を鞭のように打ち据えた。
「うわっ!くっ・・・うわあああああああああっ!」
文字通り息つく暇もない枝の攻撃に、シャドウは反撃することもままならなかった。彼の体は一本の枝に強く打ち据えられ、吹き飛ばされて地面に叩きつけられる。
「あ・・・ファルコ君!」
倒れこむシャドウのもとに、茜が急いで駆け寄った。そんな彼女達に勝ち誇ったような視線を向けると、キャロルは短く言い放った。
「じゃ、これで失礼。モニカ」
モニカが小走りでキャロルのもとに向かい、彼女の腕に掴まった。それを確かめるとキャロルは猛スピードでその場から走り去り、彼女達が立っていた場所には金色の光がくすぶるのみだった。
「やられた・・・・・・奴ら、ミナミ刑事をどうする気だ・・・?」
ファルコが疑問と悔しさに声を上げていた、まさにその頃。マコトが変身するダークネスアーマーのイリスV2は、誠人が変身しているサンライズアーマーのイリスV2を追い詰め始めていた。
「はっ!」
「うわああああっ!」
マコトが繰り出した剣の一撃に、誠人は大きく吹き飛ばされた。倒れこむ誠人を仮面の下で蔑むように見つめながら、マコトは剣を投げ捨ててフィニッシュカードをホルダーから取り出した。
「残念だよ・・・もっと骨のある奴だと思ったんだけどな」
『Read Complete.Be prepared for maximum impact.』
ダークネスアーマーのイリスV2の右足に、黒く光るエネルギーが充填されてゆく。それを見た誠人はあくまで抵抗しようと立ち上がったが、次の瞬間マコトはドライバーのパーツを再度展開させた。
『ダークネスフィニッシュ!』
「はああああっ!!」
マコトは大きくジャンプすると、エネルギーに包まれた右足で誠人の体にキックをお見舞いした。誠人の身を守る装甲にマコトの右足が触れた途端、その足を包んでいたエネルギーが一気に誠人に襲い掛かった。
「うっ・・・ぐっ・・・うわあああああああああっ!!」
これまで幾度となく誠人の身を守ってきた真紅の装甲も、相手のキックの際に流し込まれたエネルギーには敵わなかった。誠人が力尽きて膝をついた瞬間、鎧から溢れ出た余剰エネルギーが大爆発を引き起こし、変身が解除された誠人が力なく倒れこむ。
「その程度じゃミナミはおろか、誰一人として守れやしないぞ」
「くっ・・・く、そっ・・・!」
変身を解除したマコトが、倒れこむもう一人の自分に冷たい言葉を投げかける。するとその時、周囲に金色の光が迸り、気絶したミナミを担いだキャロルとモニカがその場に姿を現した。
「お待たせ。ほら、お目当ての彼女を連れてきたよ」
「よし、よくやってくれた。これで、俺達の世界は救われる」
と、その時。フェイスとエルダの攻撃を切り抜けたシルフィ達が、マコト達の前に姿を現した。
「皆様、あそこです!」
シルフィが指さす先には、大ダメージを負って倒れ伏す誠人と、キャロルの肩に担がれたミナミの姿があった。そしてキャロルの隣には、誠人と瓜二つの少年の姿まである。
「え?・・・少年が・・・」
「二人・・・?」
初めてマコトを見たカグラとソフィアが、思わず困惑の声を上げた。そんな彼女達にマコトが小さな笑みを向けると同時に、彼らの背後に大きな空間の歪みと共に、光の円が発生した。
「迎えに来たよ、諸君。無事に目標を確保できたようだな」
その円の中から、エルダとフェイスを伴ってスペクトルが姿を現した。その姿を見た途端、ミュウがあっと声を上げる。
「あいつ、この前の・・・!」
「じゃあ、さよならだ。この世界が滅ぶまで、せいぜい生きながらえるんだな」
そう捨て台詞を残すと、マコトは仲間達やミナミと共に、光の円に足を踏み入れた。そんな彼らの背中に、必死に身を起こした誠人が叫びかける。
「待て!・・・ミナミを・・・ミナミを返せ!」
その言葉に反応するかのように、マコトは誠人達の方へ振り返った。彼が勝ち誇ったような笑みを浮かべた瞬間、光の円は完全に消失した。
「そんな・・・・・・ミナミ・・・ミナミ―――――ッ!!うわああああああああああああっ!!」
悔しさ、焦燥、怒り、絶望――あらゆる感情に一気に突き動かされ、誠人は獣の如き叫び声を上げた。血まみれの拳で地面を叩きつける彼の姿に、シルフィ達はかける言葉を失うのだった。