マルチバース
ようやく立ち上がったファルコが、呆気に取られて声を上げていた頃。キャロルとモニカは空間に生じたゲートをくぐり、スペクトルの研究室へと帰還していた。
「ご苦労。どうだったかな、向こうの世界は?」
「・・・最悪な奴がいたよ。あいつ、今度会った時は思い知らせてやる・・・!」
キャロルが怒りに声を震わせ、スペクトルに言葉を返した。それとは対照的に、変身を解除したモニカが落ち着いた表情で言葉を発した。
「でも・・・あの世界のイリスは、そんなに強くないって分かった。・・・マコトなら、簡単に勝てるかも」
「そうか・・・それは吉報だ」
その時、研究室の階段の上に立っていた一人の少年が、キャロル達に声をかけて手すりを飛び越え、下の階へと降り立った。
「ドクター、装置の完成のためのデータは、揃ったか?」
「ああ。度重なるリンクのおかげで、完成に必要なデータは十分にそろった。あと一日待ってくれれば、君達は自由にあちらとこちらの世界を行き来できるようになる」
「それはいい。まして、あちらのイリスが我々より弱いとなれば・・・」
オレンジ色の髪の女はそう言うと、部屋の隅にいた長い白髪の女性に目を向けた。髪に青いメッシュを入れたその女性は、指で銃の形を作って撃つような仕草をとった。
「バン!・・・ゲーム、クリア」
「そうだな・・・・・・だが相手もイリスだ、油断はできない。今度は全員で、向こうの世界に行く。何としても、向こうの世界のミナミの身柄を、確保するんだ」
仲間全員に視線を向けると、少年は凛々しい表情でそう言った。彼の顔、そして声は、イリスに変身する虹崎誠人に酷似していた。
☆☆☆
「イリスV2が・・・?本当なの、β?」
一方。謎の敵の襲撃を辛くもしのいだ誠人達は、虹崎家に戻ってレイ達に先ほどのことを説明していた。
「ええ、間違いありません。奴らが変身に使用してたのは、V2ドライバーでした」
「それに、奴らは時空の歪みを利用して姿を消した。その歪みというのが、見覚えのあるものでね」
「え・・・?どういうことですか、それ?」
レイから連絡を受け、カグラとソフィアと共に虹崎家を訪れていたミュウが、ファルコに問いかけた。
「数週間前、カグラ刑事がイレイダーに脅されて、我々と戦おうとしたことがあっただろう?その時、カグラ刑事からV2ドライバーを奪って、消えた男がいたのを覚えているかな?」
「え?あの時の・・・?そういえば、確かに空間が歪んでたような・・・!」
その時のことを思い出し、カグラがあっと声を上げた。そんな彼女に応えるように、ファルコが再び口を開く。
「そう。先ほどの二人もあの時の男同様、空間の歪みを利用した。恐らく、奴らはあの時の男と、何かしらの繋がりがある」
「だとしたら、V2ドライバーを持っているのもうなずけます。恐らく、以前あの男がカグラ様から奪ったV2ドライバーを、どうにかして複製したのでしょう。あの男が科学者だったとしたら、それもあり得ない話ではございません」
シルフィが深刻そうな表情を浮かべて言うと、誠人も重々しく口を開いた。
「それと、奴らの一人が僕を見て、変なことを言ったんです。”あたし達の世界のあいつと違って弱い”って・・・」
「”あたし達の世界”って・・・・・・まさか、マルチバースから来たってこと!?」
誠人が口にした言葉に、ソフィアが思わず声を荒げて言った。
「マルチバース・・・?何なの、それ?」
「別名多元宇宙、要するに、この宇宙の他にも宇宙があり、その宇宙のもとに別の世界が存在している、という考え方です」
初めて聞いた言葉に疑問の声を上げた茜に、レイがそう説明した。
「近い言葉では、パラレルワールドというものもございます。しかし・・・マルチバースもパラレルワールドも、あくまで学説に過ぎないはず」
「その通り。これまで何人もの科学者が、平行世界の実在を証明しようとした。けど、結局どの科学者も途中で行き詰って、平行世界の実在を証明するには至ってねえはずだ」
シルフィから体の主導権を受け取ると、ディアナが彼女の後に続いてそう説明した。
「けど、もしそれが実在したと仮定して、なぜそいつらは襲ってきたのかしら?一体、何が目的で・・・」
敵の目的を測りかね、ソフィアが腕を組みながら声を上げる。すると、それまで黙っていたミナミが、ゆっくりと口を開いた。
「きっと・・・・・・奴らの目的は、私です」
「え・・・?ミナミ、なんで?」
キリアがそう問いかけると、ミナミはやや暗い表情で誠人に視線を向けた。
「誠人さんも、そう思うでしょう?だからあの時、私を逃がそうとしてくれたんですよね?」
――モニカ、この子だよ!間違いない!――
――よかった・・・・・・その人、見つけることができて・・・――
ミナミを目にした時の、二人の言葉。それを思い出し、誠人も思わず表情を暗くした。
「ああ・・・その通りだ」
「ちょ、ちょっと待って!一体どういうことなの、誠人君?」
話の流れが理解できず、ミュウが思わず大声で誠人に問いかけた。
「はっきりとしたことは、まだ言えないけど・・・・・・あの二人、ミナミを捕まえようとしていたんだ。・・・どうしてかまでは、まだ分からないけど・・・」
「いずれにせよ、分からないことが多すぎる。β、ミナミ、あなた達はしばらく、ここに身を潜めていた方がいい」
「そうだな。奴らの狙いがミナミだってんなら、大人しく引っ込んでてもらった方が都合がいい。ましてボウズは、もうすぐ受験本番なんだ。あんま余計なことに、首突っ込んでる暇もねえだろ」
「確かにね。じゃあ、この件は皆さんにお願いする・・・ってことでいいかしら、二人とも?」
「ええ・・・心強いです、とても」
茜の問いかけに、ミナミが小さな笑みを浮かべながら答えた。誠人もそれにうなずきながら、レイ達に頭を下げた。
「ああ、僕も同感だ。お願いします、皆さん」