終わりの日/始まりの時
「・・・!」
その日。窓からかすかに陽光が射しこむ中、誠人は悪夢から目を覚ました。
「はあ・・・夢か・・・・・・」
たった今まで、誠人はある悪夢に苛まれていた。それは、自分の腕の中でミナミが息絶えるという、なんともショッキングな夢であった。
『私の、こと・・・・・・忘れ・・・ないで・・・・・・』
それは、確かに夢であるはずだった。だが誠人の右手には、最後の力を振り絞ってミナミが差し出した、あの手の感触が残っているような気がした。
「ふう・・・嫌な夢だった・・・・・・」
と、その時。誠人の部屋のドアを、外から誰かがノックした。
「誠人さん?・・・起きてます?誠人さん?」
それは、今最も聞きたい人物の声であった。誠人がすぐにドアを開けると、そこには制服姿のミナミが立っていた。
「ミナミ・・・・・・はあ・・・よかった・・・・・・」
ミナミの顔を見るなり、誠人は思わず安堵の声を漏らした。一方のミナミは状況が呑み込めず、少し困惑したような表情を浮かべる。
「ど・・・どうしたんですか、誠人さん?」
「あっ・・・いや、その・・・何でもないんだ。うん、何でもない」
「な・・・なら、いいですけど・・・・・・それより、早くご飯食べちゃいましょう。あんまりゆっくりしてると、遅刻しちゃいますからね」
自分を落ち着かせるようにそう言うと、ミナミは誠人の前から去っていった。彼女の顔を見てほっと一息つくと、誠人は誰に言うともなく呟いた。
「そうだよな・・・・・・今日だけは、遅刻しちゃいけないよな・・・・・・」
☆☆☆
「卒業証書、授与」
数時間後。誠人とミナミが通う私立神宮学園では、卒業式が執り行われていた。
「田代柚音」
「はい」
「都築星南」
「はい」
担任の教師に名前を呼ばれ、同じクラスの生徒達が次々と登壇し、校長から卒業証書を受け取っていく。そして、ついに誠人の番がやってきた。
「虹崎誠人」
「はい」
担任に名前を呼ばれると、誠人は練習通りに校長のもとまで歩みを進めた。誠人が深々と頭を下げると、それに応えるように校長が口を開く。
「卒業証書、虹崎誠人。・・・おめでとう」
誠人に証書を差し出しながら、校長が祝福の言葉をかける。誠人は証書を両手で受け取ると、再び校長に深々と一礼し、席に戻った。
その様子を、会場の後ろから母親の茜が、感慨深げに見つめていた。息子が証書を授与された瞬間、彼女はその目にうっすらと涙を浮かべた。
「皆さんは、今日この日をもって、当校を卒業し、新たな一歩を踏み出すことになります。皆さんには、自分の人生を有意義に、そして真剣に生きていただきたい。それだけが、今の私の願いです」
校長の祝辞を、誠人は真剣にその耳で聞いていた。やがて式は終わり、最後のホームルームも終わり、卒業生達は思い思いに母校や学友との別れを惜しんだ。
「今日で、ほんとに終わりなんだなあ・・・・・・なーんか実感ないや」
一年間学んだ教室を眺めながら、柚音が呟くように言った。その声にはいつもの元気はなく、どこか寂しげな声色に誠人達には聞こえた。
「そうだね・・・・・・でも、明日から僕達は、それぞれの道を歩むことになる。・・・もしかしたら、今日が最後の別れになる人だって、たくさんいるかもしれない。・・・よく目に焼き付けておこう。ここの風景も、クラスの皆の顔も」
星南の言葉に、柚音は目を潤ませながらうなずいた。やがて彼女はこらえきれなくなり、声を上げて泣き出し始めてしまった。
「お・・・おい柚音、どうした・・・?」
「ごめん・・・・・・けどあたし、ほんとにこの学校が好きだったから・・・!」
泣きじゃくりながら誠人に応えた柚音の肩を、ミナミが優しく抱いた。
「謝る必要なんてないですよ。今日は特別な日なんですもの、心のままに、泣いたり笑ったりして、いいはずですよ」
「ミナミちゃん・・・・・・うん、そうだね・・・・・・」
ミナミの体に抱きつきながら、柚音は再び泣き始めた。そんな二人の姿を見て、誠人と星南は顔を見合わせてうなずき合う。
「皆、今まで本当にありがとう。・・・また、どこかで絶対会おうね。約束だよ!」
気が済むまで目いっぱい泣くと、柚音は校門で誠人達に別れを告げた。その顔にはもう惜別の色はなく、まだ見ぬ未来への期待と希望に満ち溢れていた。
「ああ・・・またな、柚音・・・!」
「またね、田代さん。いつか・・・絶対、また会おう」
「うん・・・じゃあ、またね・・・!」
誠人達に大きく手を振りながら、柚音は去っていった。それを見届けて小さくため息をつくと、星南が誠人達に声をかける。
「じゃあ、僕もここで。今日は、家族と一緒に帰るからさ」
「そっか。・・・じゃあ、またな、星南」
「うん。またね、虹崎君、ミナミさん」
「はい!また会いましょう、星南さん!」
誠人とミナミに手を振ると、星南は家族のもとへと向かった。その背中をどこか寂しそうに見送りながら、誠人はミナミに声をかける。
「さ、僕らも帰ろう。母さんや皆が、僕達のこと待ってるだろうから」
「そうですね・・・行きましょう、誠人さん」
誠人がミナミと共に、家路につこうとしたまさにその時。誠人達と協力関係にある組織・SGDの秘密基地では、ある異変がキャッチされていた。
「お父さん、空間の歪みがまた発生してる!」
「何!?」
基地に備えられたレーダーの反応に、SGDのリーダー・バーレーンの娘であるサニーが思わず声を上げた。その声に反応してバーレーンがレーダーに目を向けると、本来なら直線で表示されるはずのある地区の空間が、大きく湾曲した状態で表示されていた。
「これは・・・空間の歪みが検知されるのはこれで三度目だが、ここまで大きいのは初めてだ・・・」
「どうしよう?レイさん達に知らせようか?」
「いや、まだその必要はあるまい。これまでも、空間の歪みで何かが発生するということはなかった。今は、少し様子を見よう」
だが、この時のバーレーンは知る由もなかった。人気のない路地裏で発生した空間の歪みと共に、大きな光の円が発生したことを。そしてその円の中から、二人の少女が姿を現したことを。
「着いた・・・ここが、もう一つの世界・・・」
緑のメッシュが入った長い黒髪の少女が周囲を見回しながら、どこかたどたどしい口調で言った。その隣に立つ金色のメッシュが入った栗色のショートヘアの少女が、左腕に装着したブレスレット型の通信機に声を吹きかける。
「ドクター、こちらキャロル。平行世界への移動は成功。こっちの位置、特定できてる?」
「こちらスペクトル。君達の現在地は、こちらのレーダーで特定できている」
白衣を纏った灰色の髪の壮年の男性が、通信機で少女に応えた。
「ならよかった。これから時間が許す限り、モニカと一緒にターゲットを捜すから」
「承知した。次にそちらの世界とこちらがリンクした時、君達の居る場所に時空の扉を開く。リンクはいつ訪れるか分からない、十分承知しておいてくれ」
「了解。・・・さて、行こうか、モニカ」
「うん・・・モニカ、キャロルにずっとついていく・・・」
モニカの言葉にどこか気恥ずかしそうな笑みを浮かべると、キャロルはモニカに手を差し出した。モニカも応えるようにキャロルに手を伸ばし、二人は手を繋ぎながら街へと歩き出すのだった。