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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第7章 人は誰にもなり得ない
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【第7章】 廃村キャンプ編 27 開戦


 27 開戦


「大丈夫! タイマーは動いてない」

 悲鳴を上げて屋敷の隅に這って行った姫宮を安心させるように、秋人が声を張る。

「作動してないんだ。保管されてただけなんだと思う」

 秋人は「多分だけど」と呟いて腰を床に落とした。

 私は安堵の溜め息を吐いた。額からぽたりと汗がしたたり落ちて、床の板目に吸い込まれる。

「……爆発物処理班も呼ばなくちゃ。どうなってるのよ、もう……」

 卯月が額に手を当てたままスーツケースの周りをくるくる歩き始めた。思考をまとめているのだろう。流石に拳銃や爆弾をショルダーバッグに押収する気にはならないらしい。

 私もスーツケースを睨み付けたまま、状況を理解しようと試みる。

 まず、判明したことから。


 一つ目。ここは犯罪者達専用の宿泊施設だった。高級な趣から、おそらく、接待などに使われる場所なんだろう。会員制とはよくいったものだ。だから冷蔵庫には高級ワインが冷やしてあったし、浴室には小洒落た包装のドラッグが並べてあったのだ。法治国家日本の暗部を垣間見た気分である。


 二つ目。姫宮はその運営スタッフの一人だった。薬物については関与を否定していたが、卯月の言うとおり、ここまで堂々と違法薬物を棚に並べておいて、何も知りませんでした、は無理があるだろう。まあ、私も全然気がつかなかったんだけど。お洒落な個包装の中身がドラッグとは思わないじゃん。普通。


 三つ目。卯月刑事は単独で、この施設を非公式に捜査に来た。その過程で私や秋人が無邪気に焚き火なんかしていたから警告に来たのだ。

その後、私の狼煙に気がついて助けに来てはくれたものの、姫宮との会話を聞いて、姫宮を逮捕。私と秋人も共犯である可能性を捨てきれていない。だから、私たちはいまだに後ろ手を縛られたままだ。


 四つ目。ストローマンとかいう通り名の殺人鬼がキャンプ場に潜んでいる。薬物中毒者と売人を目の敵にしているらしいから、そりゃあ、こんな施設、格好の狩り場だろう。すでに運営スタッフが一人殺されている。


 ここまででもう脳がキャパオーバー寸前なのだが、そこでもう一つ。


 五つ目。銃と爆弾が詰まったスーツケースが屋根裏部屋から発見された。


 ギシギシと言う音に我に返る。

天井裏を歩き回る音だ。見ると秋人がいない。いつの間に。

やがて秋人が屋根裏部屋から降りてきた。器用にも足だけで登ってきたらしい。

「卯月刑事。屋根裏のコンテナ、中は見ましたか」

 秋人の問いに、卯月は答えない。無言で周回を続けている。秋人は姫宮に視線を移した。姫宮は戸惑いながらも口を開く。

「……屋根裏の、たくさん置いてある箱は、商品だから触るなっていつも言われてた……」

「白々しいわね。どうせ中身知ってるくせに」

 卯月が吐き捨てた。

「何が入ってたの」と聞く私に、秋人が、言葉に迷うように視線を泳がせ、再び卯月を見た。その様子で、卯月も秋人が箱の中身を見たことを悟ったのだろう。諦めたような吐息を漏らす。

「信じられない量の乾燥大麻が詰まってた」

 卯月は眉間を揉むように押さえる。

「あんな量、どの押収現場でも見たことない」

 卯月は足を止めて、浴室の方向に目をやった。

「浴室のアメニティ、いろんなドラッグを少量ずつ置いている中、大麻だけやけに量が多いとは思っていたけど……」

 秋人が納得したように頷く。

「推しの商品だったというわけですね」

 二人の会話からこの施設のもう一つの側面を悟る。

 あの浴室のアメニティはサンプル品だったのだ。顧客はこの宿で接待を受け、その一環で無料でサンプル品を試す。そして気に入ったものがあれば大量注文する。

 まるでどこかで聞いたような商法である。

「もしかしたら、武器も商品だったのでは?」

「銃はともかく、爆弾が? 何に使うのよ。ヤクザの抗争? このご時世に?」

「チャイニーズマフィアとか、半グレとか、今の時世だからこその需要もあるのでは」

「……自衛の備えだった可能性もあるわ。藁人形も爆弾を使うらしいし。その対抗手段として」

 爆弾を投げ合うのか。自分たちのアジトで? それこそ銃だけで十分ではないのだろうか。それとも、ストローマンとは売人達にとってそれほど警戒すべき相手だったのか。

 何にしても、彼らはほとんど抵抗も出来ずに殺されてしまったわけだから、このスーツケースが日の目を見ることはなかったわけだ。

 しかし、そんなことはどうでもいい。だから、私は立ち上がって言った。

「ねえ。そろそろ私、帰りたいんだけど」

 議論を繰り広げていた卯月と秋人が面食らったように私を見る。

「早く、逃げましょうよ。どうでもいいでしょ。そんなこと」

 殺人鬼がうろついているんだぞ。私たちがすべきなのはここで悠長に謎解きをすることではない。

「あ、いや、うん。その通りだね」

「た、確かに。ここで議論していても仕方ないわ」

 秋人と卯月が取り繕うように私に賛同する。

 なんだよ。私がおかしいのか?

 卯月は表情を切り替えると、「まず、応援を要請しないと」と呟き、姫宮に鋭い視線を向けた。

「固定電話の他に、連絡手段は?」

 姫宮はふてくされたように卯月を睨んだが、卯月の眼光にしぶしぶ口を開いた。

「たっちゃんが衛生電話? みたいな特別なやつを一個持ってて、緊急の時はそれを使ってた。いつも尻ポケットに入れてたから、もしかしたら……」

「そう」と卯月は頷く。

「死体は管理棟にあるのよね。管理棟に向かいましょう」

 秋人が呻く。

「後ろ手で縛られたまま? あの距離を? 勘弁してよ」

 私は「キャンピングカーを使う?」と提案する。

「いえ。犯人に気づかれるわ」

「気づかれてもよくない? そもそも、応援を呼ぶのは諦めて、キャンピングカーで突っ切って逃げればいいんじゃないの?」

 私はむしろそれしかないと思う。連絡が取れたとしても、応援が来るまでには時間がかかるだろうし。

「だめよ。犯人も逃げてしまう」

「いや、それもどうでもよくない?」と返した私に、卯月刑事は目を剥いた。

「何言ってるの! 連続殺人犯よ。ここで確保しないと」

 私は苛立ちを隠せなかった。

「だから! それは警察の仕事でしょ」

 こっちは一般市民なのだ。大捕物には興味がない。

「そもそも、走ったところで、相手は銃を持ってるんでしょ。順番に撃ち殺されて終わりよ。もしかしたら、爆弾を投げてくるかもね」

 卯月は言葉に詰まり、思案する顔で黙り込んだ。

 私は焦れったくなり、後ろ手の拘束を揺すった。もし、この拘束がなければ、自分一人でもさっさと逃げるところだ。

 私の焦りを感じ取ったのだろう。秋人が隣に立ち、目線を送ってくる。その落ち着いた目を見返し、いくらか心が静まった。そうだ。冷静でいなければ。パニックになれば助かるものも助からない。

「わかった」

 卯月が渋々といった表情で頷く。

「全員で一斉に屋敷を出たら、各自、全力でキャンピングカーに向かって走る。全員乗り込んだら私の運転でキャンプ場を突っ切り、ゲートの橋を渡って脱出し、そのまま街まで走る」

 これでどう? という表情で私を見る卯月に黙って頷く。現状、それ以上の案はないだろう。

 姫宮が焦った声で意見を挟む。

「そんな適当で大丈夫? も、もし、ストローマンが屋敷の外で待ち伏せしてたら? 外に出た瞬間、狙い撃ちにされたら?」

「その場合は……」

 卯月は唇を舐め、覚悟を決めたように返した。

「私ができるだけ応戦するけど、全員は守り切れないでしょうね。生き残ったメンバーで村を脱出します」

 姫宮が「そんな」と恐怖に顔を引きつらす。だが、卯月に「他に案が?」と問われ、黙り込んで首を横に振った。


 全員で玄関の前まで移動する。

 特に指示は無かったが全員が申し合わせたように玄関土間に降りる。だが扉の正面ではなく、脇に固まった。先ほどの姫宮の発言で、玄関に真っ正面に並ぶと、扉を開けた瞬間に撃たれるという想像が全員の脳裏に刻まれてしまったのだろう。

 私は後ろ手の拘束を今一度揺すって舌打ちした。どう考えても走りにくい。身軽さには自信がある方だが、いつものスピードが出せるとは思えなかった。なんなら途中で転ぶ可能性すらある。

 秋人は、確か逃げ足は速かった。

 姫宮は、手を前にして拘束されている。後ろ手拘束に比べれば、そこまで走りづらくはあるまい。

つまり、逃げ遅れるとしたら私だろう。

「ナツ姉。僕の前を走って」

 秋人が小声で囁き、私は驚いて振り向いた。

「何言ってんの。あんたの方が絶対速く走れるでしょ」

「いや、道に迷うかも。ナツ姉、案内して」

 キャンピングカーは屋敷から出て十数メートルのところに停めているが、ルートとしては一直線だ。迷うはずがない。

 こいつ、いざというとき、自分が盾になるつもりか。

 そんなことさせるものかと秋人を睨んだが、秋人の意志が固まっていることは目を見ればわかった。ここで言い争いをしている暇はない。

 そもそもだ。敵が正面で待ち伏せていた場合、前にいる方が危ないとも考えられる。

 なら、その時は私が秋人の盾になろう。姉ちゃんなんだ。それぐらいはしてやる。

「わかった。私はあんたの前を守るから、あんたは私の背中を守って」

 秋人がふっと笑って頷く。それを見て、私は秋人の前に出た。

 その私のさらに前に卯月刑事が立つ。先陣を切ってくれるのか。

 そう私が感心した矢先、当然のように秋人の後ろに並ぼうとした姫宮の手錠のリードを卯月が引っ張った。

「姫宮。あんたが先頭よ」

「はあ!?」

「あんたはまだ敵の一味である可能性がある。なんならキャンピングカーに向かって走る振りをして、別の場所に逃げ出すかも。そうならないように私が後ろで見張る」

「ふざけんな! あたしを盾にするつもりだろ!」

 激高し、手錠で繋がれた両手で卯月に掴みかかろうとした姫宮だったが、即座に卯月に平手打ちを食らう。逆に卯月に胸ぐらを掴まれ、引き寄せられた。

「黙りなさい! 誰のせいでこうなったと思ってるの!」

 巻き添えを食らってもつまらないので、私と秋人は半歩下がった。くそ。揉めてる場合じゃないぞ。

 避けていた玄関扉の真ん前に出る形で、二人がお互いの襟を掴んでにらみ合う。姫宮が目に涙をためながら叫んだ。

「し、知らないわよ! 私だって……」

 しかし、その言葉を最後まで聞くことは出来なかった。

 姫宮の肩から鮮血が舞い、彼女がその場に崩れ落ちたからだ。

 姫宮とお互いを摑み合っていた卯月もバランスを崩し、玄関扉にぶつかりながら玄関土間に倒れる。

 私の鼓膜が轟音で揺れていることを遅れて認識する。

 撃たれた。

 秋人が私を押し倒すようにして、その場にしゃがみ込ませる。二人して玄関土間に突っ伏しながら辺りを見回す。

 玄関扉はまだ開いていなかった。扉越しに撃たれたのか?

 しかし、閉じられた玄関扉には銃弾が貫通した跡など見当たらなかった。

 外から狙撃されたんじゃない。

 室内から撃たれたんだ。


「坊主。ヒッピー娘。そこをどけ」

 

 私は背後をふり返って戦慄する。

 小柄な人影が居間に仁王立ちしていた。

 その人物は、奇妙な銃をこちらに向けていた。

 頬に挟むように構える木の銃床。その形状はよくあるライフルとほとんど同じだが、銃身がおかしい。銃口が四つもあるのだ。ホームセンターで売っていそうな、どこにでもあるような鉄パイプが四本束ねられ、銃床とつながっていた。パイプ同士を連結させる金具も明らかにあり合わせで、不格好であった。

 ジップガン。自作銃。

「会いたかったぞ。ずっと、この日を待ちわびた」

 この屋敷の以前の持ち主。この村の元住人。

「その女を渡せ」

 老婆は憎悪に染まった形相で言った。


「そいつだけは、儂が殺す」





 続きは明日22日8時から投稿します。

 よろしくお願いいたします。

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