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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第7章 人は誰にもなり得ない
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【第7章】 廃村キャンプ編 26 スーツケース


 26 スーツケース


「……は?」

 姫宮が両目を大きく開く。

「あんた、何言って……」

 それを遮るように卯月刑事はまくし立てた。

「このキャンプ場が違法薬物取引に関与しているという情報があった。上層部は動かなかった。だから、私は単身で捜査に来た」

 卯月は姫宮を睨みつけながら唇を舐めた。

「忍び込むのに苦労したけど、入ってしまえばこのキャンプ場は雄弁だった。というか、あまりに堂々としていて笑ってしまったわ」

 呆然としている姫宮に「リノベーションされた家屋の一つに入ってみたわ。素敵な浴室ね」と卯月は不敵に笑った。

「ずいぶんと贅沢なアメニティの数々。大麻、コカイン、ヘロイン、LSD、何でもござれじゃない。綺麗にパッケージまでしちゃって。きっとお金持ちが顧客なのね。秘密の高級宿泊施設で日々の疲れを癒やしましょう。ドラッグも各種取りそろえております。ワインとご一緒にいかがですか? 素敵じゃない。どうせどの屋敷も同じなんでしょ」

 私は自身が昼間に使用した浴槽を思い出した。あの不自然に増設された浴室と脱衣所。そしてその棚。小綺麗に包装された数多の種類のハーブや入浴剤。手に取った包みを思い出す。乾燥した植物。ショコラ。つまり、チョコ。

「上が動かなかったのも納得。上層部に会員でもいたんでしょ。全く、警官の風上にも置けない奴がいるものだわ」

「ちょ、ちょっと待って」

 姫宮が必死に両手を顔の前で振る。

「あ、あたし、知らなかったの。まさか薬が置いてあるなんて知らずに……」

「黙りなさい!」

 卯月が一喝した。その剣幕に姫宮は言葉を飲み込む。

「このキャンプ場の土地の名義は、あなたよ」

 私と秋人は同時に姫宮の顔を見つめた。姫宮の顔が蒼白になる。

「た、確かに、書類上は私が購入したことになってるけど、違うの。お金を出したのはたっちゃんだし、オーナーだって」

「実質の経営者が誰だったかは今は問題じゃ無い。土地の所有者であり、スタッフとしても働いていたあなたが、キャンプ場の実情を知らないっていうのは」

 卯月はふっと笑った。

「流石に、無理があるでしょ」

 姫宮は二の句が継げない様子で口をパクパクとしながら震える。

「あなたがここのスタッフを名乗った時点で現行犯よ。観念しなさい」

 姫宮は絶望的な表情で秋人を見た。助けてくれるとでも思ったのだろうか。だが、秋人は黙って肩をすくめた。

「姫宮。オーナーが殺された話も聞いてたわ。現状はわかってる」

 卯月の声のトーンが変わった。言い聞かせるように囁く。

「あなたを逮捕して、保護してあげるって言ってるのよ。今は、言うことを聞いて」

 姫宮ははっとしたように卯月を見た。

 数秒、卯月と見つめ合い、そして観念したように両目を瞑った。

 すっと両手を突き出す。

 カチャリ。

 銀の手錠が、姫宮ありさの両手首にはめられた。




「オーナーが殺されたのはどこ?」

 卯月は老婆が残していった手提げ袋を調べながら姫宮に質問した。薬品の瓶のラベルをしげしげと見つめる。

「……管理棟。奥がレストランになってるの。その厨房で撃たれた」

 姫宮は無感情に答えた。

 卯月が頷く。

「管理棟はカウンター周りは確認したけど、確かに奥の部屋は見なかった」

 昨日の昼、秋人と二人で受け付けカウンターの前で話したのを思い出し、ぞっとする。

 あの奥の部屋に、人が死んでいたというのか。

「えっと、姫宮さんが嘘をついているという可能性はないんですか」

 秋人の問いに、卯月は「なくはないわ」と即答した。

「むしろ彼女が殺人犯で、武装している可能性もあった。だからこっちも銃を向けてたの。脅かしてごめんね」

 卯月はすでに銃をスーツのジャケットの奥に隠していた。

「武器はなかったけど、まだ殺人犯の可能性はゼロじゃない」

 姫宮は卯月に身体検査を受けた後、手錠をされた状態で居間の床に座り込んでいた。意気消沈という様子だ。両手を拘束している銀の手錠にはさらにパラコードが固く結ばれており、まるで犬のリードのように伸びて、卯月の片手に繋がっていた。逃亡防止のためなのだろうが、なんだか非人道的に見える。

 姫宮が「なに? 私は家畜かなんか?」と恨みがましく呟いていたが、全員に無視された。

「その薬、なんだったのかわかりますか?」

 私は薬品の小瓶と注射針を交互に見る卯月に問いかけた。あの薬品が自分の体内に入ったのだと考えると、少し語尾が震える。

「私も詳しいわけじゃないけど」

 と卯月は前置くと小瓶と注射器を片手ずつに持って掲げた。

「おそらく睡眠薬ね。病院で手術前とかに使われる睡眠導入剤。注射での投与でも口径摂取でもどちらもいけるタイプみたい」

 卯月は顔をしかめて注射器を振った。

「状況によって使い分けるつもりだったんでしょ。ご丁寧に注射器にも充填してあるわ。カバーを抜いたらすぐに刺せる状態。準備万端ね」

 注射器の中の液体が微かに揺れ、改めて背筋が寒くなる。

 そこで、卯月は安心させるように私に頷いた。

「でも、大丈夫。違法薬物ではないわ」

 私は安堵のあまりその場に崩れ落ちそうになった。秋人も隣で大きく息を吐く。

卯月はそのまま小瓶と注射器を自分のショルダーバッグに入れた。証拠品の押収だろう。

「お待たせ。拘束、外すわね」

 卯月はポケットから折りたたみナイフを取り出し、私と秋人の背後に回り込んだ。ブチリとパラコードが切れる。やれやれ、やっとか、と身じろぎした私は面食らう。秋人とは離れることは出来たが、依然、両手首は後ろ手で拘束されていた。

「卯月刑事、まだ手首が……」

「悪いけど」と卯月刑事は折りたたみナイフをパチンと閉じた。

「手錠は一つしか持ち合わせてないの。二人はロープで我慢して」

「は?」

「どういうことだよ。僕たちは犯罪者じゃないだろ!」

 後ろ手に拘束されたまま憮然として立ち上がった秋人を、卯月は静かに見つめ返す。

「違うとは言い切れないわ」

 卯月は顎を上げた。

「あなたたち二人は薬物取引が横行する会員制のキャンプ場に自ら訪れた。しかも運営スタッフとは旧知の仲。疑われない方がおかしいでしょ」

 姫宮が横から「別に仲良くないわよ!」と叫ぶ。そこじゃないんだよ。

「僕たち、眠らされて縛られてたんだぞ! どう見ても被害者だろ!」

「そうね。でも、相手が藁人形なら、話は別」

 卯月は腰に置いていた腕をおもむろに胸の前で組んだ。

「ストローマンが関与しているとされる事件は判明しているのだけでも八件。被害者数は軽く二桁。その全員が中毒者か売人」

 つまり、ストローマンとかいうふざけた殺人鬼に狙われた時点で、違法薬物の容疑者というわけか。

 現状を理解した私はゆっくりと立ち上がった。

「卯月刑事。私たちが疑わしいのはわかりました。でも、刑事自身は私たちが犯罪者であるとは思っておられないんでしょ。だから、さっき、私に警告した。ここを出ろと」

 卯月は溜め息をついた。

「ええ。そりゃ、思ってないわ。でも、万が一がある。もし、あなたたちを拘束せずに連れ歩いて、不意を突かれて二人がかりで襲われたら、私も対応できない。必要な処置なの。応援を呼ぶまで我慢してちょうだい」

「応援を呼ぶ? まだ呼んでないんですか」

「呼ぼうにも携帯の電波が通じないんだもの。フロントの固定電話も故障してた」

「警察無線とかないんですか」

「残念ながら非公式の単独捜査だから。持ち合わせてないわ」

 秋人ががくりと肩を落とす。

「ともかく!」と卯月が声を張る。

「安全が確保されるまでは全員、私の指示に従いなさい。相手は武装している可能性がある。藁人形はもちろんのこと、薬物の違法取引現場では銃器の使用も珍しくは……」

 そこで卯月は言葉を止めて、ばっと、姫宮に視線をやった。ふてくされていた姫宮はびくりと肩を揺らし、「な、なによ」と戸惑った表情を浮かべる。

「あなたたち、武器とか、隠してないでしょうね」

「さ、さっき、身体検査したでしょ」と焦ったように言う姫宮から視線を切り、卯月は屋根裏に続くハシゴに駆け寄り、姫宮と繋がっているパラコードの束を放り出すと、ハシゴを駆け上がった。

 バタバタと屋根裏部屋を探る足音と共に、軋んだ天井からわずかに埃が降ってきて、少し咳き込む。

 その足音がパタリと止んだ。

 卯月の驚愕のする声が漏れ聞こえた。

「なにこれ」




「聞いてないわよ! なんでこんなものがあるのよ!」

 姫宮は卯月に胸ぐらを掴まれながら「知らないわよ!」と叫んだ。目に涙が溢れている。

「言ったでしょ! たっちゃんとお客さんの取引に私は関与してない! いざというときはここに隠れろって言われてたから、逃げ込んだだけ。それの中なんて見てない!」

 卯月が蒼白の表情で天井裏からやけに慎重に運び出してきたのは一つの小ぶりなスーツケースだった。二泊三日用といったサイズだろうか。卯月はそれをそっと床に置くやいなや、姫宮につかみかかったのだ。

 今は閉じられているため、中身は私たちには見えない。

「卯月刑事。中に何が?」

 私は堪えきれずに尋ねたが、卯月は姫宮を睨み付けるばかりで反応を返さない。蚊帳の外だ。私は溜め息をつきながら、試しに足のつま先でスーツケースの留め金を蹴った。ロックが外れるのかと思ったのだ。

 その瞬間、姫宮を放り出して血相を変えた卯月に、両手で突き飛ばされた。私は拘束された状態では受け身も取れず、居間の床にしたたかその身を打ち付けた。思わずうめき声を上げる。

「おい!」秋人が怒号を上げる。私の側に膝をつきながらも卯月を睨み付ける。

「さっきから何なんだよ!」

 卯月ははっと我に返ったように固まると、「ご、ごめんなさい」と汗でへばりついた前髪を掻き上げた。

「違うの。私も動揺してて」

 私は「大丈夫?」とのぞき込む秋人に目くばせしながら身を捻って上体を起す。

「卯月刑事、私たちにも見せてください」

 卯月は下唇を噛んで、逡巡したあと、意を決したようにしゃがみ込み、スーツケースを開け放った。私と秋人は膝立ちでにじり寄って中身をのぞき込む。

 スーツケースは、よくあるパカリと縦に二つに分かれて、両面に物を収納できるタイプだった。

 開いた蓋の裏には、黒々とした金属物が固定されていた。

見慣れない物体に脳がフリーズする私に説明するように、秋人が呟く。その声もどこかうつろだった。

「ブローニングハイパワー。9ミリ自動拳銃だ」

 拳銃の脇には無数の細長い鉄の棒が固定されていた、金色の弾が詰められているのがわかる。弾倉だろう。

 ここまでは、わかる。信じがたい光景ではあるが、話の流れを踏まえれば、まだ予想できた範囲だ。

 問題は、スーツケースのもう半分の方だ。

 水筒だった。小学生が遠足に持って行くような小ぶりな魔法瓶がスーツケースに詰め込まれていた。全部で四本。

 そして、その魔法瓶は全て、蓋との間がテープでぐるぐる巻きにされており、側面には安っぽいキッチンタイマーが固定されていた。

 思わず息が止まる。

 秋人も同様だったのだろう。数秒の沈黙後、思い出したかのように息を吐いて、呟いた。

「IED。手製爆弾だ。それも、時限式」





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