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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第7章 人は誰にもなり得ない
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【第7章】 廃村キャンプ編 25 藁人形


 25 藁人形


「なんで、姫がここに?」

 猿ぐつわを外してもらうやいなや。私は問いかけた。次々と登場する高校時代の知人に頭が混乱する。なんだ。ここは同窓会の会場か。

 姫宮は秋人の猿ぐつわを外しながら「こっちのセリフよ」と吐き捨てた。

「私は、このキャンプ場のスタッフ」

 姫宮は私たち二人を交互に睨め付けた。

「ここは会員制よ。なんであんたらがいるの」

「招待されたんだよ。宣伝してくれって」

 秋人は自由になった口で大きく息を吸い、吐き出しながら言った。

「メールで招待状が来た」

「はあ?」

 姫宮は、今度は手の拘束を解こうとかがみ込んだ。

「宣伝なんて頼む訳ないでしょ。会員制の意味、わかってる?」

 姫宮は私の手首を拘束しているロープの結び目に爪を立てる。

「あんたらとは住む世界の違う、金持ち達のためのキャンプ場よ。しかも、隠れ家的であることがコンセプト。そんな適当なPR、するわけないでしょうが」

 言われてみると腑に落ちる話だ。確かに、ここの設備と私たちは明らかに不釣り合いである。

 そして、もう一つ大きな問いが頭をもたげる。

 じゃあ、誰が私たちをここに招き込んだんだ。

「でも、受付にも封筒があったのよ。私たち宛の。屋敷の鍵も入ってた」

 姫宮は私たちの背中の間に頭を入れたまま、黙り込んだ。やがて、ぽつりと呟く。

「ここは乗っ取られたの。昨日……一昨日の夜から」

 乗っ取られた?

「どういうこと? 他のスタッフさんは?」

 姫宮の動きが止まり、歯を食いしばる気配がする。

「姫?」

 肩越しに振り向くが、姫宮の後頭部しか見えない。

「死んだわ」

 囁くように姫宮は言った。

「殺された」

 急激に屋敷の室温が下がった感覚に襲われる。

「こ、殺……」

 秋人が驚愕の声を上げる。

「本気で言ってる?」

 紐がほどけなかったのだろう。姫宮はゆっくりと頭を出した。

「偶然、私だけが少し離れた場所にいたから。命からがら逃げ出したの」

 姫宮の目には涙が溜まり、唇は恐怖に震えていた。

「でも、このキャンプ場の出入り口は一本の橋しかない。逃げ出すのは無理だと思って、関係者しか知らない屋根裏部屋に隠れてた」

「……殺されたって誰に?」

 私の問いに姫宮は首を横に振った。涙が飛んできらりと光った。

「わかんない。銃声と、悲鳴と、ち、血しぶきと、倒れる音。それで私は逃げ出したから」

 姫宮は懸命にロープをかきむしったのだろう。爪の先が割れた震える手で顔を覆った。

 私はとんでもない事態に巻き込まれていることに愕然として、言葉が出なかった。洒落にならないどころの話ではない。

 というか、銃声?

 銃と言ったのか今。

 秋人も二の句が継げないようで、呆然としてる。

「ずっと、屋根裏部屋に隠れてたの? 一昨日の夜から?」

「殺人鬼がまだキャンプ場にいるのか、もう出て行ったのか、判断がつかなかった」

 姫宮は両肩を押さえ、うつむいた。

 小刻みに身体が震えている。寒いわけではないだろう。

「あんた達がいるのがわかった時、降りようかとも思った。でも、あの婆さんがいたから……」

 私は首を傾げた。なぜ私たちはよくて老婆はダメだったのか。

 私の疑問を感じ取ったのか、姫宮は床を見つめながら言った。

「あの婆さんの顔写真は見たことある。要注意人物だって。たっちゃんが言ってた」

「たっちゃん?」

「ここのオーナー」と姫宮は補足する。

「もし見かけたら、すぐ教えろって。危険だからって」

「じゃあ、おばあちゃんが犯人ってこと?」

 秋人の問いかけに姫宮は床に向かって叫んだ。

「わからないわよ! そんなこと!」

 秋人が慌てて口を噤む。

 だめだ。姫宮も相当に取り乱している。

 ここは自分たちの拘束を解いてもらうのに集中すべきだろう。話は脱出したあとでいくらでも出来る。

 そう判断し、私が口を開こうとした瞬間だった。

「……ストローマン」

 姫宮がぼそりと呟いた。

 私はびくりと肩を震わせた。卯月との会話が頭をよぎる。

「ストローマン?」

 何も知らない秋人がオウム返しをする。

「……たっちゃん…… オーナーが、最後に叫んだの」

 姫宮はススと涙が混ざり合った顔を上げた。 

「ストローマンが来た。逃げろって」

 沈黙が、場を支配する。

 強ばった表情で秋人が、独り言のように呟いた。

「ストローマン……直訳すると」

 秋人が肩越しにふり返る。鼻と鼻が接しそうな距離で、秋人は私の目を見る。怯えた瞳で。

「藁人形、だね」

 老婆の血走った目が思い出される。


『儂は、呪い続けたよ。来る日も来る日も』


 彼女の恨みはそれほどのものだというのだろうか。




「警察の間では有名な通り名よ」

 静まりかえった居間に唐突に響いた声に、私たち三人は飛び上がった。いつの間にか、玄関の戸が開いていた。

「九年前、ある反グレ集団のたまり場が襲撃される事件があった」

 黒い人影がゆっくりと入ってくる。

「IED、手製の爆弾が投げ入れられたの。その場にいた二人が死亡。重症を負った三人のうち、さらに二人が頭を撃ち抜かれて死んだ。その銃も手製のジップガン。自作銃だったと考えられてる」

 土間の照明に照らされて、卯月刑事の黒髪が露わになる。

「即席爆弾の弾片に大量の釘が使用されていたことがわかり、さらに現場から場違いな乾燥した藁が数本発見されたことから」

 卯月刑事はゆっくりと居間に上がってきた。黒のパンツスーツにショルダーバッグ。

「犯人はストローマンと呼称されるようになった」

 突き出したその両手には、黒いリボルバー拳銃が握られていた。

「卯月刑事……」

「ナツちゃん。秋人くん。離れて」

 その銃口は姫宮に、まっすぐ向けられていた。


「姫宮ありさ。麻薬及び向精神薬取締法違反、加えて、大麻取締法違反の現行犯で逮捕する」





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