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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第7章 人は誰にもなり得ない
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【第7章】 廃村キャンプ編 24 合図


 24 合図


 ちくしょう。またか。

 私は猿ぐつわをはめられた口でうなり声を上げた。

 私は相変わらず囲炉裏の側に転がっていた。ホットワインを飲んで倒れたそのままの場所だ。

 居間は薄暗いが、土間の照明はつけられたままなので、周りの様子は視認出来た。

 囲炉裏の上には灰を被されたようで、わずかな煙が名残のように漂っているだけだ。

 老婆の姿は近くに無い。屋敷を出ているのだろうか。

 陽の光は差していないようなので、まだ夜中、もしくは夜明け前の早朝だろう。

 腕時計を確認したい。だが、無理だ。物理的に。

 私は後ろ手に拘束されていた。結束バンドでもガムテープでも手錠でもない。感触でわかる。これはロープだ。それも、ただの紐ではない。どうやら私がキャンプ用に持ってきたパラコードを使われたらしい。最悪だ。パラコードはその名の通り、パラシュートの吊り紐に使われていた非常に丈夫なナイロン製のロープである。刃物での切断は容易だが、力で引きちぎれるようなものではない。軽くて頑丈なのでテント設営などでは重宝するのだが、拘束道具にされたらたまったものじゃない。

 使い終わった残りだろう。囲炉裏の側には私の黄色いパラコードの束が捨て置かれていた。

あのくそばばあ。人のギアを勝手に使いやがって。

 そして、あろうことか、私の後ろ手の拘束は、秋人の後ろ手と連結されていた。

 つまり、私同様に拘束されている秋人と、背中合わせに縛り付けられているのだ。

 そして、当の秋人はまだ寝ている。

 ぐうぐうといびきをかきながら。

 起きてもらわねば困る。足の拘束は無いが、ここまで大きい重しにつながれていては、私は起き上がることもかなわないのだ。

 私はうめき声を上げ、全力で身をよじり、秋人の足をがむしゃらに蹴りつけ、秋人の後頭部に自らの後頭部で頭突きをした。

 全く起きない。スヤスヤと子供のようだ。

 くそ。起きろこの馬鹿。

 数分間一人で格闘した挙げ句、私はがくりと脱力して、床に頭を打ち付けた。

 だめだ。全然起きない。

 私が暴れた影響だろうか。囲炉裏の側に放置されていた老婆の手提げ袋が倒れ、中から、コロリと小瓶が転がり落ちる。半分ほど液体が残ったその小瓶を見て、一人納得する。

 老婆がワインを注ぐ容器を湯飲みにこだわった理由がわかった。きっと湯飲みの底にでもあらかじめ塗っていたのだろう。

 小瓶の側面にはラベルが張られており、薬物の名が記載されているのだろうが、読み取る事は流石に出来なかった。その隣に、プラスチック製の注射器が転がり落ちるのを見て、ゾッとする。

 私たちは何を飲まされたんだ。

 猿ぐつわ越しに荒い息を吐きながら、ふと、じんわりと身体が温められていることに気がつく。ぱっと囲炉裏を見つめる。火は消えている。十二月の夜だ。凍えてもいいはずのところだが、居間はどことなく暖かい。

 断熱効果か。

 私は唯一自由な両足をばたつかせて、囲炉裏の隅に突き刺してあるシャベルに足を引っかけ、引き寄せた。二本の足首で挟むようにし、膝を曲げ、勢いをつけたところで「ふん!」とひと思いに囲炉裏の中心に突き立てる。腰骨が嫌な音を立てはしたが、運良くシャベルは灰に深々と突き刺さった。

 痛めかけた腰を慮りながら、灰の上に突き刺さったシャベルをじっと見つめる。数分後、私は再び足を伸ばして、シャベルの柄を足首で挟んだ。

『表面の灰はすぐ冷める。だが、内側には熱がこもる。常識じゃ』

 私はシャベルを勢いよく引き抜いた。腹筋に力を込めながらシャベルを引き寄せる。そして、腰を捻りながらシャベルを移動させ、灰に埋もれた炭で熱々に熱せられた鉄製のシャベルヘッドを、秋人のジーンズに包まれた向こうずねに容赦なく押しつけた。

 まるでアイロンをかけたときのような、シューッという音が居間に数秒の間、響いた。

「ううううぐううう!?」

 背中越しにつながった秋人が打ち上げられた川魚のように暴れ出した。あら。活きがいいことで。

 私は咄嗟にシャベルを囲炉裏の中に放る。証拠隠滅だ。そして、即座にタヌキ寝入りをする。

 秋人はしばらく私の上半身をも振り回しながらのたうっていたが、次第に意識がはっきりしはじめたようで、キョロキョロと辺りを見回す。そして、現状を悟ったのか今一度パニックになった。声にならないうめき声を上げ、拘束を解こうと暴れ出す。さっき私もそれやったよ。気持ち、わかるよ。

 次に秋人は私と後ろ手同士でつながれていることに気がついたようで、寝たふりを続ける私を起そうと唸りながらゆさゆさと私の肩を揺さぶる。とは言え、なんかやさしい。私が床に頭をぶつけるなどしないように細心の注意を払っているのが伝わってくる動きだった。容赦なく蹴りつけたり、頭突きをしたり、熱したシャベルを押しつけた私とは大違いだ。

 なんだか罪悪感が芽生えてきて、私ははやばやと目を開けた。とはいえ、今、この瞬間に目を覚ました設定なので、私もとりあえず驚いた表情を作って今一度ひとしきり暴れてはみた。やれやれ。二度手間とはこのことだ。

 私のひとしきりの演技も終わったところで、二人で息を合わせて、上体を起す。背中合わせで囲炉裏の横にあぐらをかく。

 さあ、問題はここからだ。

 老婆の目的はわからない。なにやら報復めいたことを喚いてはいたが、正直、私には全く関係ない。好きにやってくれ。巻き込まれてたまるか。とりあえずここは脱出の一択だ。

「うぐうう、うぐ!」

 秋人が何やら伝えようと呻いているが、どうせ聞き取れないので、曖昧に頷いて受け流す。

 とりあえず拘束を解かなければどうしようもない。たとえ秋人と息を合わせて立ち上がったところで、後ろ手をつながれた状態では玄関の戸さえ開けられない。扉を足でガンガン蹴りつけるのが関の山だ。よしんば外に出られたとしても、どうやってキャンピングカーを運転しろと言うのだ。カンナも流石に自動操縦はできまい。背中合わせのまま、カニさん歩きで村を出るか? なんの運動会だよ。

 つまり、拘束を解かねば何も始まらない。

 そして、こういう時の切り札がネックナイフなのだ。

 どうにかしてネックナイフを床に落としさえすれば、後ろ手でも拾い上げてパラコードを切れるかもしれない。

 だが、胸元を見た私は絶望した。無い。ネックナイフが首紐ごと無くなっている。

 あのばばあああ!

 ワインを飲みながらほろ酔いで自慢のナイフを見せびらかした過去の自分を呪った。ちくしょう。

 周りを見渡す。ダメだ。ロープを切断できそうなものはない。私のネックナイフを回収したぐらいだから、どうせ土間にある刃物も撤去されているだろうし、私が魚を捌くのに使ったナイフもキャンプ道具一式と一緒に外に置いてしまっている。確か、秋人がご丁寧にも軍幕の中に入れていた。さっき使ったシャベルも刃が分厚いタイプなので、ロープを切るのは難しいだろう。

 いっそのこと、火で炙るか。

 ちらりと囲炉裏に目をやる。さっき中途半端に掘り返された灰の隙間から、真っ赤な灰が覗いていた。

 パラコードは熱には弱い。灰の中に腕を突っ込めば、あるいは。

 大火傷は免れない。だが、そうこうしている間に老婆が戻ってきてしまうかも。

 私はゴクリと唾を飲み込んだ。

 身体を揺らして秋人に合図すると、ゆっくりと立ち上がる。秋人もタイミングを合わせて立ち上がった。

 私は囲炉裏を睨み付ける。

 秋人が私の意図を悟ったのか、うめき声を上げて首を振る。

 仕方ないのだ。

助けが来ない以上、自分でなんとかするしかない。私はこれまでそうやって生き残ってきた。

誰も助けてなんてくれないのだから。


『……何かあったら合図して。助けられるかはわからないけどね』


 卯月刑事。

 私ははっと顔を上げた。そうだ。卯月刑事がいる。

 酔った上での幻覚だったのかもしれない。十年前の知り合いが、全く同じ容姿で現れたのだから。言っていたことも支離滅裂で、唐突に現れて、あっという間に消えてしまった。秋人が信じなかったのも無理のない話だ。

 だけど、もう彼女に賭けるしかない。

 私は秋人を引っ張るようにして囲炉裏の周りを回るように移動した。秋人が慌てて足の動きを合わせる。

 あった。秋人が間違えて持ってきた、私が山で拾った湿った木が詰まったカゴ。

 卯月刑事は「合図しろ」と言った。彼女がどんなものを想像したのかわからないが、合図とはいろいろな種類がある。大声をだすとか、サイレンを鳴らすとか、光を発するとか。さらに昔で言うならば。

 狼煙を上げるとか?

『こんなもんくべたら煙たくてしゃあないわい』

 私はカゴの取っ手に足を引っかけると、真っ赤な炭が露出した囲炉裏にカゴの中身をぶちまけた。

 たっぷり数十秒の沈黙。

 ぼわっと勢いよく白い煙が木々の間から吹き出した。薪にたまった水分が急速に蒸発しているのだ。煙幕のような煙がもくもくと上方に流れていく。囲炉裏の真上の、天井の穴へと吸い込まれていく。

 よし。このまま煙は屋根裏部屋に充満して、それから換気口を抜けて外に流れ出るはずだ。

 私は固唾をのんで煙の動きを見守る。

 この暗い時間帯では白い煙もそれほど見えないだろう。でも、もしかしたら。

 ゴホゴホと苦しそうに息を詰まらせる音が聞こえる。秋人が煙を吸いこんでしまったのだろう。仕方なかったとは言え、事前の警告も無しに煙を焚いてしまった。息を止める暇も無かったに違いない。悪いことをしたと私は肩越しに振り向いた。

 だが、秋人はきょとんとこちらを見返していた。苦しんでいる様子は微塵もない。そもそも猿ぐつわをされているのだ。ああまで派手に咳き込むことなど出来ようはずがない。

 じゃあ、誰が?

 苦しそうに咳き込む音はますます酷くなる。

 二人で辺りを見回す。居間にも土間にも人の気配はない。寝室の方からも物音一つしない。

 同時に気がついた。二人して上を見上げる。

 咳き込む音は、天井の向こうから聞こえていた。

 バアアン! と派手な音がして、居間の隅の天井の板が弾かれるように開いた。

 ぽかんと見つめる二人の前に、竹製の年季の入った長いハシゴがストンと落とされた。

 そして、天井裏から一人の女が這い出てきて、半分転がり落ちるようにハシゴを下りてきた。床に転がってももんどり打ってむせ続ける。

 ふわふわしたジャケットにセーター。スキニーとスニーカー。

「殺す気かああ!」

 彼女はその身を起し、息も絶え絶えに私を怒鳴りつけた。

「あたしは燻製じゃねえんだよ!」 

 茶髪がベリーショートになっていた。爪のネイルも無くなっている。以前は小洒落たメイクで整っていた彼女の顔は、今はススだらけになっていた。

「何考えてんのよ! この、オカルト女!」

 私は呆然としながら立ちすくむことしか出来なかった。

 かつてのスクールカースト最上位。

 姫宮ありさが、私を睨み付けていた。





 続きは今夜21時から投稿予定です。

 よろしくお願いいたします。

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