【第7章】 廃村キャンプ編 4 招待
4 招待
『あー。「案件」ってやつだね』
電話先で紗奈子は眠そうな声を出した。
「ごめんね。夜遅く」と小声で詫びると、『いいよ。全然。みっくんは別の部屋で寝てるしー』と軽く返してきた。『今はなっちゃんのキャンプ道具の出品してるとこー」とも続けた。確かにパシャパシャと音がする。通話しながら商品写真を撮影しているのだろう。
『それよりか、私抜きで、二人でこっそりすき焼き恋バナパーティーをやってる方がムカつくかなー』
「それはごめん。でも、牛肉の量には限りがあるから。人数がふえるのはちょっと」
「ナツさん、肉が絡むと何でそんなに人格歪むんですか」
『まあいいよ。話を戻すね』と紗奈子はため息をつく。
『なっちゃん。それは動画配信の界隈では「案件」っていうの。企業やブランドが配信者に商品とかを送り付けて宣伝を依頼するのよ。配信者がそれを動画で紹介したら「案件動画」になるわけ』
「えっと、違法行為なの?」
『別にー』と紗奈子は欠伸をする。
『でも、報酬なんかに目がくらんで忖度レビューとかしちゃうと、視聴者の信頼は失っちゃうかも。嫌いな人は嫌いだよね』
「私、今回、報酬とかは提示されてないわ。招待されただけ」
ある日、私の捨て垢SNSにメッセージが来たのだ。
『斉藤ナツ様へ』と。
あまり意識せず運用していたアカウントなので、身バレしたのはそこまで不思議ではないし、困りもしない。問題はその内容である。
実に丁寧な文体で記されたメッセージ文は、要点だけを抜粋するとこういうことだった。
『私どものキャンプ場に招待させてください』
『会員制の高規格キャンプ場です。完全なプライベートキャンプをお楽しみいただけます』
『全てのサービスをご利用いただけます。勿論、お代は一切いただきません』
『もし、気に入っていただければ、キャンプ配信の中でご紹介いただければ幸いです』
『麻心村キャンプゲート一同より』
「めちゃくちゃ怪しいですね」
美音が眉をしかめる。そう言うと思った。
「美音。私もそうは思ったけど、でも、本来はキャンプ場って別に危ない場所じゃないんだよ」
「そんなことはわかってます。でも、ナツさん、いつも血だらけで帰ってくるじゃないですか」
いつもじゃないよ。年に一、二回ぐらいだよ。
「それに、キャンプ場の方から誘ってくるなんて、なんか怖くないですか」
美音は一度、キャンプ場選びで清水奈緒という生粋の嘘つきにしてやられた過去があるのだ。相手から誘ってくるキャンプ場などそれだけで拒否反応が出るのだろう。それを踏まえつつ、「別にそんな珍しいことでもないよ」と軽く返す。
実際、キャンプ場から招待されること自体は不思議ではない。私はキャンプ界隈では良くも悪くも時の人だし、ワイチューバーでもある。そりゃあ宣伝がてら来てほしいと思われることもあるだろう。事実、訪れたキャンプ場の管理人さんから「動画で宣伝してほしい」と頼まれたことは何度かある。まあ、そんなことをしていたら、どのキャンプ場でもする羽目になりそうだから、全てお断りさせていただいているが。
『ていうか、会員制のキャンプ場なんてあるんだね』
紗奈子の素朴な反応に「聞いたことはあるぐらいかな」と返す。
「私が知ってるのは、新設のキャンプ場を作るときに、クラウドファンディングみたいな感じでお金を集めて、出資した人たちだけで完成したキャンプ場を利用しましょうみたいな」
キャンプはいろいろな楽しみ方がある。それこそ、男女でデートがてらに楽しむ。子供と一緒に家族で楽しむ。友達と盛り上がる。多種多様だ。
そんな中で、一人で静かな時間を過ごしたい場合、プライベート感をいかに出せるかが大事になる。だが、混雑しているキャンプ場では難しい。多少割高でも、お客さんを制限できる会員制の方がいいと思う人もそりゃあいるだろう。
「なるほど。賢いですね。でも、ナツさんに宣伝してほしいということなら、キャンプ場はできてるけど、まだ会員メンバーが足りないということなんですかね」
『あれかな。会費が高いのかな』
「かもね」
メール文にあるように、高規格なのだろう。わざわざ会費を定期的に納めたくなる程度には高品質なのかもしれない。
紗奈子がコツコツとスマホを操作する音を出す。
『うーん。一応、マップ上では出てくるけど、口コミは一切ないね。Webページもなし』
「ほら。怪しいじゃないですか」
『会員限定のページならあるのかもしれないね』
なんともまあ、徹底している。行ってみないとわからないということか。
『怪しさはさておき、案件かどうかってことで言うと』
紗奈子が話を戻す。
『報酬は「無料でキャンプさせてもらえる」ってことになるね。紹介はしてもしなくてもいいらしいから、別にがっつり宣伝依頼ってわけでもないと思う。でもまあ、接待みたいなもんだからグレーゾーンだけど』
私は唸った。
高規格キャンプ場。しかも会員制というぐらいなのだから相当高級なのだろう。自腹では到底行く機会はあるまい。調べても詳細が出てこないのもなんだか逆に好奇心がくすぐられる。
「やめときましょうよ。絶対に管理人さんが殺人鬼ですよ」
美音が声を潜めるように言う。そんなわけあるかい! と突っ込めないのがもどかしい。経験済みだからなあ。
「それに、ナツさん自身も、さっき『怪しい』って言ってたじゃないですか。なにか感じたんでしょ」
私は「まあね」とため息をついた。
実はこのメールを受けた直後に、紗奈子同様、私もマップアプリを使って調べてみた。その時に気が付いたのだ。
「このキャンプ場、麻心村って集落の奥にあるんだけどね」
そう言った瞬間に、紗奈子が検索を始めたのだろう。またコツコツと紗奈子の指がスマホ画面を行き来する音が流れる。
『あ!』と紗奈子が声を上げる。
『この村、廃村だ』
廃村。かつて人が住んでいたが、住民の移転や人口の減少などにより無人化し、行政的・社会的に村としての機能を失った場所。
そんな場所の奥地にある、秘密の会員制キャンプ場。
「怪しすぎます! はいアウト! 完全になしです!」
美音がバンっと炬燵の天板を両の掌でたたいた。籠からみかんが一つポロリと零れ落ちる。私は炬燵の上から転がり出そうになったそれを慌ててキャッチする。
『えー! 超面白そうじゃん! ネット怪談みたいで!』
紗奈子は俄然、興味が出てきたようだ。紗奈子は私のホラー映画仲間でもあるのだ。
ネット怪談。因習村。
私は額に手を当てた。
ちくしょう。確かにめっちゃ気になる。
「だめですよ! なに『ありかも』みたいな顔してるんですか! 絶対にまた田舎の変な宗教行事とかに巻き込まれるんですよ!」
『みっちゃん。だからもうその人間自体がいないんだって。廃村なんだから』
「なおさらです! そんなところにあるキャンプ場、まともなわけないじゃないですか!」
「そうも言い切れないわよ。廃校をキャンプ場にリメイクするのも流行ってるし。それにわざわざ会員制なんだから、隠れ家キャンプ場っていうコンセプトにもぴったり。そこまでおかしくは……」
「ナツさん! しっかりしてください。初キャンプデートなんですよ! そんなわけわかんないとこに秋人さんを連れて行くわけにはいかないでしょ!」
そう言われて我に返る。ああ、そうだ。秋人と行くキャンプ場を探していたんだった。
「はあ。もういいです。ナツさんが言ってた例の市営キャンプ場にしましょう。よくよく考えれば、無理に慣れない場所に連れていくよりも、ナツさんが一番リラックスできる場の方がいいですよね」
結局そう落ち着くのか。まあ、そうだよな。変に高級キャンプ場なんて場違いなところに行ったら、私はおろおろと挙動不審になりそうだ。
『えー! 絶対、廃村の方が面白いって! 犬鳴村みたいじゃん!』
そうはしゃいでいる紗奈子を、美音が「だまらっしゃい!」と一括する。
「もう、死にかけて帰ってくるナツさんは見たくありません!」
そう言われて、私も冷静になる。深夜テンションでなんだか冒険したくなっていたが、美音にはいつも精神的負担をかけっぱなしだ。そろそろ大人になるべきだろう。
紗奈子も空気を読んだのだろう。『まあ、初デートだしねー』と笑った。
デートじゃないって。
『で、そのお相手はどんな人なの? 写真とかないの?』
恋バナ解禁に紗奈子のテンションが上がってくる。
「あ、そういや、キャンプのブログやってるとか言ってたな」
「え、なんてサイト?」
「えっとね。なんだったかな」
私は数秒記憶を探り、パンと手を叩いた。
「思い出した。ミリタリー野郎の野営日記だ!」
一瞬の沈黙が場に流れる。
「……なんというか、ネーミングセンスはない方なんですね」
まあ、そう言ってやるなよ。本人は気に入ってたぞ。
『見つけた!』と紗奈子が声を上げる。流石、速いな。
紗奈子はブログ内を漁っているようで、「うわあ。キャンプ道具の写真がたくさん」と歓声を上げた。そりゃ、キャンプブログだからな。
『まるでなっちゃんみたい。あ、でも、こっちのキャンプ道具の方が高そう』
そういうことは思っても言うんじゃない。
『すごい! このベージュのテントなんて煙突生えてるよ! なっちゃんも買いなよ』
しばらく、コツコツとスマホを操作する音が響いた後、紗奈子が溜め息をつく。
『うーん。焚き火台やテントの写真ばっかり。本人の写真はないっぽい』
「ネットリテラシーはちゃんとあるようですね」と美音が当然だと言うように頷く。
「でも、見たところ、いつもソロで行ってるみたいだね。女の影は無し。なっちゃん、チャンスだよ」
そういう情報はいいんだよ。
ふと、そこで気が付いた。今回は私もソロではなくデュオキャンプである。一人ではなく、二人だ。いつもより装備の規模を大きくしなければ。
そうだ。六角形の焚き火台、ヘキサゴン! あの大きさがついに本領を発揮する。
私は急速にテンションが上昇していくのを感じた。あのヘキサゴンで、盛大に焚き火をしよう。きっと秋人も喜ぶだろう。
「さっちゃん、ヘキサゴン、あんたが持ってるよね。近々取りに行くから……」
『え、ヘキサゴン?』
「ほら、あの六角形の大きい焚き火台よ。まだ出品してなかったでしょ」
スマホの向こう側で紗奈子が沈黙した。
私は嫌な予感がする。
慌ててスマホを操作し、フリマアプリを開く。「さっちゃんショップ」のページを開く。商品欄に目を泳がせる。あった。ヘキサゴンの写真。
『ごめん。ほんとについさっき、出品したの』
その画像の左上に赤い大きな文字。
「SOLD」
『一瞬で売れちゃった……』
紗奈子との通話を終え、がくりと、項垂れる私に、美音が、「そ、そんなにいい焚き火台なら、もう一度買ったらどうです?」と提案してきた。
私は「しかたあるまい」と通販サイトを開き、再び愕然とした。
なんと、ヘキサゴンはここ数年で生産が終了したようで、プレミア価格になっていた。私が当時買った値段の三倍以上になっている。そりゃあ当時の感覚でつけた私の価格設定では瞬時に売れてしまうはずだ。
後の祭り。覆水盆に返らず。
ずーんとさらに沈み込む私を、美音が「ほ、ほかにも焚き火台はもってるんでしょ」と必死に励ましてくれる。「まあね」と答えるものの、それなりの大きさがあるものはどれもすでに売り払ってしまっていた。仕方ない。ソロ用の小さいやつを二つ持っていこう。いや、よくよく考えれば、秋人も自分の焚き火台ぐらい持っているだろう。お互いに自分のお気に入りの焚き火台で各々やったらいいじゃないか。うん。そうしよう。
そう気を取り直したところで、私のスマホが振動を始めた。なんだ。紗奈子か? もしかしたらヘキサゴンが購入キャンセルでもされたのかもしれない。そう喜び勇んでスマホの着信画面を見て、私は面食らった。
「秋人からだ」
「え!」と美音が途端に色めき立つ。
「出ましょう! 早く! ほら!」
「うっさいな」
私はなんだか気恥ずかしさを感じながらも、席を立つのは逆になんか意識している感じで嫌だったので、炬燵に入ったまま、スマホ画面を「通話」の方向へスワイプする。
「もしもし? なに?」
あえてぶっきらぼうな言い方になってしまったのは、横にピタリと美音が張り付いて聞き耳を立てているからだ。
『ナツ姉。ごめんね。寝てた?』
「ううん。起きてたけど」
隣の美音が「うわ。めっちゃイケボ」と小声でつぶやく。やかましいわ。
確かに、秋人は落ち着いた低い声をしている。初めて会ったときの声変わり前の女子のような高い声をふと思い出し、思いがけず月日を感じた。
『来週のキャンプのことなんだけど、ナツ姉がキャンプ場探してくれるっていってたじゃん』
「うん」
『もう場所、決まった?』
そっか。全然音沙汰無かったらそりゃあ不安になるわな。
市営をとってるよ、そう私が言おうとするよりほんのわずかに早く、秋人が言った。
『実は、今、すごく行きたいキャンプ場があるんだ。もし、まだ決まってなかったらと思って』
ほう、そうきたか。
ちらりと美音に目をやると、大きく頷いて親指を立てていた。
「まあ、一応候補はきめてたんだけど、別にいいよ。そこ行こうよ」
『え、ほんと! やった』
秋人が嬉しそうな声を出す。
『この前さ、ミリタリーキャンプでブログやってるって言ったでしょ』
「ええ。サイト見たわよ」
見たのは紗奈子だけど。
『そのサイトさ、ほそぼそと続けてたら、最近、閲覧数も増えてきたんだ』
「よかったじゃん」と返しながらも突然の話題の変化に首を傾げる。また突然に自分語りか?
『でね、割と界隈では話題になったおかげか、キャンプ場の方からDMが来て、招待されたんだ。利用してみて良かったらブログで宣伝してくれって』
「え」と隣で美音が声を漏らすのが聞こえた。
『すごいよ。会員制なんだって』
「へ、へえ。なんてとこ?」
秋人は嬉しそうに答えた。
『麻心村キャンプゲート!』
実に無邪気な、中学生のようなテンションで秋人は続けた。
『廃村の奥にあるんだって! 絶対面白いよ!』
まあ、こうなる予感は、正直してたよ。
新章始動です!
大変大変お待たせいたしました。長らく待ってくださっていた皆さん、本当に申し訳ありませんでした。そして、心からありがとうございます。書き続けられているのはいつも読んでくださっている皆様のおかげです。心から感謝申し上げます。
この第7章、満を持しすぎた結果、シリーズ最長57話構成となっております。
これから朝と夜に5話ずつほど、一日10話ほどのペースで投稿していきます。
皆さんに楽しんでいただけたら、本当に嬉しいです。
では、続きは明日、19日の朝8時投稿予定です。
お楽しみに!