【第6章】 花火キャンプ編 21 終話
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小学六年生の一学期。
清水奈緒は人生で一番と言っていいほどに緊張していた。
今日、今日こそ。今日こそ斉藤ナツに話しかけるんだと。
奈緒には友達がたくさんいた。クラスの人気者だった。奈緒がやろうといった遊びはみんなが参加したがるし、奈緒が持っている文房具はすぐにクラスのトレンドになった。みんなが奈緒と一緒に行動したがり、みんなが奈緒のようになりたがった。
でも、奈緒は自分のことが大嫌いだった。
今のこの性格は、自分の本当の姿ではない。「メイちゃん」という確固としたモデルを元にした、模倣だ。言うなればまねっこ。劣化版ですらあると自分で思っていた。
本当はメイちゃんなんて嫌いだ。
子供らしく、明るくて、家族思いで、友達は沢山で、ふわふわした格好が好きで、趣味はおやつ作りで、思いやりがあって、いつもにこにこしている絵に描いたような素敵な女の子。
反吐が出そうだ。
でも、自分は「メイちゃん」でないと、家に置いてもらえない。ママに褒めてもらえない。だから、必死にメイちゃんになった。
そんな時に奈緒の目に斉藤ナツという存在は、本当に輝いて見えた。
誰の目も気にせず、ただ自分のためだけに。自分のしたいことを自分の力だけで貫き通す。その姿は奈緒にとってヒーローのように、英雄のように、救世主のように映った。
仲良くなりたい。友達になりたい。奈緒は心からそう思った。
奈緒は必死に自分とナツとの共通点を探した。出来れば運命的なぐらいの何かが欲しい。それを仲良くなる、とっかかりにしようと思ったのだ。
だが、調べれば調べるほど、そんなものはなかった。ナツと奈緒はあまりにはっきりと、残酷なまでに違う人間だった。生い立ちも家庭環境も趣味も、全部かすりもしない。
運命を感じられるようなものなんて、何も無かった。
だから、奈緒は思ったのだ。
運命を自分で作ろうと。
奈緒はもともと春生まれだった。
でも、今の継母が来てからは、奈緒の誕生日は冬になった。毎年、奈緒が好きでもない大きなケーキが用意され、盛大にお祝いがされた。
その時、ケーキのネームプレートにはいつも「メイちゃん」と書かれていた。
奈緒はそれを見る度に思った。ああ、今日も代役を頑張ろうと。
奈緒の誕生日を本当に祝ってくれる人などここにいないのだから、せめて、メイちゃんの代わりとして自分の役割を全うしようと。
つまり、奈緒にとって冬の誕生日は他人の誕生日であり、春の誕生日は家族全員に忘れられたただの日付に過ぎなかった。
じゃあ、自分で決めて何が悪い。
あたしの誕生日は、今日から、十月一日だ。
なっちゃんと同じ、十月一日なのだ。
運命は自分で作るんだ。
小学六年生の春。理科室。
理科の授業はナツがやる気を出す数少ない授業の一つ。奈緒は友達に頼み込んで席を交代してもらい、無理やりナツと同じグループになった。
ナツが隣でアルコールランプとマッチを興味津々で触っている。理科の道具に触れて嬉しそうだ。
今だ。今しかない。
あたしは、この子と友達になるんだ。
斉藤ナツは変な子だ。問題児だ。そんな子と仲良くなんかしたら。
継母は嫌がるだろう。周りの子達も、先生も止めるだろう。
きっと「メイちゃん」なら絶対しないだろう。
きっと怒られるだろう。怒鳴られるかもしれない。ぶたれるかもしれない。
でも、あたしは奈緒だから。
友達は、運命は、自分で決めるんだ。
奈緒はバクバクと破裂しそうなぐらい高鳴る心臓の鼓動を、目を閉じて必死に押さえ込んだ。ゆっくり息を吐き、そして、目を開く。
「なっちゃんとあたしって、誕生日おんなじだよね」
急に話しかけられたナツは驚いて奈緒に顔を向けた。
奈緒はぎこちなくならないように何度も練習したとびきりの笑顔を作った。
「私も十月一日なんだ。おそろいだね」
ナツの怪訝な顔を見ながら、奈緒は思った。今日から、ここから、あたしの、あたし自身の、奈緒としての人生を。
「これは、もう運命だね」
始めるんだ。
【END】
第6章を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
この章は作者として様々な思いを乗せさせていただいた章となりました。
まず、何より。自身の初の書籍化がこの処女作にあたる「キャンプをしたいだけなのに」で実現したことです。小学生の頃から自分の本を出すのが夢でした。それを、自分の大好きを詰め込んだこの作品で実現できたこと、感無量です。発売日の本日10月1日は、この作品の書籍としての誕生日となりました。おめでとう!
さて、出版を記念しての6章。どんなお話にするかは迷いに迷いました。始めはちょっとした短編にしようかとも思っていました。でも、記念すべき日の新章だからこそ、これまでの登場人物に向き合うようなお話にしたいと思ったのです。そしてこのような形となりました。いかがでしたでしょうか。少しでも楽しんでいただけたのならそれほど嬉しいことはありません。
あと、皆さんのご感想で、無事にキャンプをするナツさんが見たいとのお声を多くいただきましたので・・・どうでしたでしょうか(平和な)キャンプは・・・
改めまして、今回、書籍発売という大変な名誉をいただくことができましたのは、私の作品を読み、日夜応援をしてくださった皆様のおかげです。子供の頃からの夢が叶いました。心から感謝いたします。本当に本当にありがとうございます。
今回の書籍化を活力にして、弛まず、日々精進しながら書き進めて行きたいと思います。
みなさんとまた7章でお会いできたら嬉しいです。
これからもどうぞ、どうぞよろしくお願いいたします。
夏人