【第6章】 花火キャンプ編 20
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「ね? カンナ。今回は最高のキャンプになったでしょ? 私の勘は当たるのよ」
そう得意げに言ってハンドルを操作する私に、カンナは助手席でこくこくと頷いた。
昨夜は沢山飲んでしまったようで、記憶が飛び飛びだ。だが、春香と再会したこと。それから美音と紗奈子がサプライズパーティーをしてくれたことはしっかり覚えている。
「春香とはもうちょっと話したかったけどなあ。でも、起きたらもういないんだもん。え? 昼過ぎまで寝てた私が悪い? まあ、そうだけどさ」
私が昼にようやく起きると、テントの前には「なっちゃんの分」と書かれた付箋の貼られたカレーリゾットの小鍋が置いてあった。カンナ曰く、ナツ以外のメンバーでとっくに朝ご飯を済ましてしまい、みんな朝のうちにそれぞれ帰ってしまったそうだ。
ちょっとさみしいが、まあ仕方ない。カレーリゾットはお昼ご飯として美味しくいただいた。
不可解だったのは、葵のワンポールテントが綺麗に畳まれてキャンピングカーの前に置かれていたことだ。男子高校生とは思えない生真面目な字で「お詫びです」と書かれたメモ用紙が挟んであった。意味不明だ。どういうことなのだろう。ほぼ新品だぞ。いいの? もらっちゃうよ?
その後、様子を見に来た高城が管理棟で珈琲を入れてくれて、しばらく談笑した後にキャンプ場を後にし、今に至る。
現在は田舎の下道をゆったり走っている。稲刈りの時期なのだろう。田んぼが並ぶ道を通ると、地元の人たちが運転するコンバインに何度かすれ違う。
親の手伝いだろうか。田んぼの脇に座っていた子ども達が黄色いキャンピングカーに手を振る。私も思わず片手で手を振り返す。
今日も良い天気だ。
「いやー。打ち上げ花火すごかったなー。カンナも見れた?」
カンナは頷いて、「ちょっとだけ」と手話を作って笑った。
まあ、そのあとにみんなで手持ち花火もしたはずだから、カンナとしては大満足だろう。
「でもね、昨夜さー。祝ってもらって嬉しかったのは憶えているんだけど・・・・・・」
自分がどんなリアクションをしたのか、全く思い出せない。
「私ね、けっこう反応うすいタイプだからさ。よく誤解されるんだよね。気持ちが顔に出ないっていうか。クールすぎるっていうかさ」
そう言って私はカンナに視線を送る。
「大丈夫だったかな。私。どうせ冷めた感じだったでしょ。せっかくあれだけやってくれたのに・・・・・・ て、なに笑ってんの。カンナ」
カンナは笑っているというか、ニヤニヤしていた。
え、なに。なんか腹立つんだけど。
カンナのニタニタ顔にちょっとむっとしたので、話題を変える。
「そういえばさ、私のチョコレートケーキ知らない? サービスエリアで買った冷凍のやつ。クーラーボックスから消えてたんだよね。食べちゃったのかな? 結構楽しみにしてたのに・・・・・・ って、いい加減、そのにやけ顔止めてくれない? カンナ!」
秋の晴れ空の下、黄色いキャンピングカーは少し揺れながら、田舎道を軽快に走り抜けていった。
「葵ちゃん、自首したみたいだね」
そう後部座席に寝転び、スマホを眺める奈緒に話しかけられ、春香は「そっか」と呟くように返した。
報道では父親は一命を取り留めた。衝動的な犯行だし、未成年。情状酌量の余地も十分にある。大きな罪に問われることはないだろうと思う。
「よかったよかった。いやー。昨日、あのまま殺さなくてよかったよー。止めてくれてありがとね。ハルちゃん」
春香はハンドルを操作しながら、鼻で笑った。
「ナオちゃんも、最初から殺すつもりじゃなかったんでしょ」
奈緒が黙る。春香は続けた。
「もし、殺すんだったら、自分でも言ってたように、ひと思いに心臓を刺すでしょ。なのに、それをわざわざ顔の前に包丁持ってきて。刃が近づくのをゆっくり見せつけるようにして」
きっと、葵の「死にたくない」を引き出したかったのだろう。
それとも、死をなめるんじゃねえぞとでも言いたかったのだろうか。
奈緒は「さあ、どうですかねえ」と寝返りをうった。相変わらず、つかみ所の無い女である。
春香は外を眺めた。のどかな田舎道だ。田んぼが広がり、見渡せば一面が黄金色だった。豊かに実った稲が重そうな頭を下げている。
こののどかな景色も、もうすぐある高速道路に乗ればお別れだ。
そんな事を春香が思ったときだった。
「ごめん。ちょっと止めて」
奈緒の声に、怪訝に思いながら車を路傍によせ、停車する。
奈緒はがらりと後部座席のドアを開け、辺りを見回した。
「うん。ここらで良いかな。監視カメラもないし」
奈緒はすとんと田舎道に降り立った。土の地面に奈緒の靴がジャリッと音を立てる。
背にはリュックを背負っている。奈緒の持ち物の全てが詰まったリュック。
奈緒は運転席の春香ににっこり微笑んだ。
それで、全部わかった。
「・・・・・・行くの?」
「うん。お世話になりました」
奈緒はぺこりと春香に頭を下げると、また犬歯を見せて笑った。
「さよなら。ハルちゃん」
春香は喉元まで出かかった全ての言葉をなんとか飲み込み、微笑んだ。
「うん。またね。ナオちゃん」
奈緒はくるりと踵を返し、春香の車と反対方向に歩き出した。
春香はその背に向かって叫んだ。
「ナオちゃん! 誕生日、おめでとう!」
一瞬、奈緒の動きが止まった。だが、また何事も無かったかのように歩き出す。
だから、春香も黙って車を発進させた。
バックミラーの中で奈緒の後ろ姿はどんどん小さくなっていき、やがて、完全に消えた。
収穫の時期を迎えた稲の穂が、風に一斉に揺れていた。