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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第6章 自分で決めて何が悪い
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【第6章】 花火キャンプ編 19


 19


 九月二十三日(誕生日一週間前)


「では、これより、プロジェクトN、第三回作戦会議を始めます」

 そう宣言した美音に、紗奈子は隣で「はい。司令官」と合いの手を出す。ビデオ通話先の高城も『はは! 司令官殿!』とテンションを合わせてくれた。ノリのいい人だ。

「高城さん。花火の準備は整いましたか」

 そう確認する美音司令官に、高城はぴしり敬礼を返した。

『は! ご予算的に二発だけですが、ご満足いただけると思います』

 美音と紗奈子は同時に「ありがとうございます」と頭を下げた。

 数週間前に、高城に誕生日のサプライズ計画を相談すると、高城は全面的に協力を願い出てくれた。しかも知り合いの花火師に頼んで、格安で余り物の打ち上げ花火まで用意してくれるというのだ。ちょっとしたクラッカーとケーキのみのサプライズ企画はあっという間に一大プロジェクトへと規模を拡大させた。故にこのハイテンションである。

 ナツにキャンプ場を予約させるまではどうにか達成した。紗奈子があらかじめキャンプ場「Green Garden 美丘」を激推しし続けたのである。ナツが誕生日当日に予約を取ってくれたのは嬉しい偶然だった。三人のモチベーションも輪をかけてぶち上がった。

『しかし、問題がございます』

「どうしました?」

『樹木の関係で、花火の打ち上げ場所が制限されます。丘の上でしか打ち上げは出来ません』

「なるほど。キャンプサイトからは見えますか?」

『いえ。それも木の枝の関係から難しいでしょう。ターゲット自身も開けた場所。つまり、丘の上に来ていただく必要があります』

「真下から、花火を見るということですね」

『ええ。それはそれでそう見られない光景でしょうから、忘れがたい思い出になるかと』

 美音と紗奈子は頷いた。うん。悪くない。

 だが、問題は。

 紗奈子が言う。

「どう、なっちゃんを丘の上に誘導するか、だね」

 これは難題だった。警戒心と猜疑心が人一倍強いナツを、高城一人でどう連れ出すか。あまりに高難易度である。

 そこで、紗奈子の発案した作戦は実に運頼みであった。

 名付けて、「なっちゃんベロベロ大作戦」

 ナツを酔わせて思考力を下げてしまおうというなんともお粗末な作戦だった。

「いい? なっちゃんは滅多にお酒を飲まないんだけど。絶対にビールを外せないメニューがあるの。焼き肉よ」

 紗奈子はそう言い切った。

「なっちゃんはお肉に目が無いの。だからその隙をつくわよ」

 何が隙なのだろうと美音は思ったが、とりあえず続きを促した。

「しかも、キャンプ場の最寄りのサービスエリアは、調べによると、ちょうど焼き肉フェアをやってる。地ビールもたくさん取り扱ってる。これを生かさない手はないわ」

 紗奈子の作戦はこうだった。

 まず、SNSで何度もそのサービスエリアの焼き肉フェアと地ビールについての宣伝を、紗奈子と美音で拡散しまくる。SNSに不得手で、フォローもフォロワーも美音と紗奈子しかいないナツは、タイムラインがサービスエリアの広告であふれる羽目になり、よくわからないままにすごく話題になっているサービスエリアがあると思い込む。あらかじめ焼き肉とビールの口にしておくのだ。

『上手くいくんですか。それ。流石にバレませんか』

 高城の心配に、紗奈子は言い切った。

「大丈夫です。なっちゃんの情弱っぷりは筋金入りですから」

「でも、焼き肉って高いでしょ。ナツさん、結構倹約家だから、我慢しちゃうかも」

 紗奈子は「そこで!」と指を立てた。

「直前に小金を掴ませます」

「え、どういうこと」

 紗奈子は得意げに語った。

「前になっちゃんと臨時収入で高級中華を食べに行ったの」

「え、誘われてない・・・・・・」

「それはごめん。違うの。二人で稼いだお金だったから・・・・・・」

「あっそ。別にいいけど」

「みっちゃん、怒ってる? ごめん。次はちゃんと誘うから・・・・・・」

『すいません。作戦の続きを』

「あ、ごめんなさい。とにかくですね。予想外の収入があったとき、なっちゃんはテンパって金遣いが急に雑になるんです」

『それは・・・・・・心配ですね』

「まあ、そうなんですけど。今回はその隙を突きます」

 だからその隙をつくってなんなのと美音はまた思ったが、今回も黙って続きを促す。

「直近のライブ配信で、適当なアカウント名で私とみっちゃんが高額スパチャするの。『お肉代でーす』『ビール代でーす』って。なっちゃんは調子にのってバンバンお金を使ってくれるという算段です」

 高城と美音は同時に「うーん」と首を捻った。

「いくら何でもそんなに単純かなあ」

『そんな素直な人、いますかねえ』

「大丈夫! 任せときなさい!」

 紗奈子がどや顔で胸をはった。


 そして、斉藤ナツという人間は本当に、お肉に目が無く、単純で素直だったのである。


 

 

 十月一日(誕生日当日)


 午後九時


 美音と紗奈子は引き切ったクラッカーの紐を持ったまま、笑顔で固まった。

 作戦は上手くいった。上手くいきすぎるほどに。

 ナツは焼き肉とビールでべろべろになったし、高城もなんとか丘の上まで誘導してくれた。花火も格安とは思えない素晴らしい出来だったし、真下から見る花火は二人からしても絶景だった。そして間髪入れずにクラッカー。声を揃えたおめでとう。文句のつけようが無い。

 だが、斉藤ナツは無表情だった。

 全く感情を読み取る事ができない顔で美音と紗奈子を見つめていた。

 え、やらかした?

 二人はゴクリと生唾を飲み込んだ。




 春香は呆然とナツの後ろに立ちすくみながらも、徐々に事態を理解し始めた。

 なっちゃん、今日、誕生日だったんだ。

 そういえば以前、奈緒が「私、なっちゃんと誕生日同じなんだー。運命だよねー」とかなんとか言っていた気がする。奈緒の方ばかりに気をとられてすっかり忘れていた。

 そうか。サプライズパーティーか。

 そう納得すると、緊張していた身体が一気に弛緩する。

「なっちゃん。よかったね」

 そう言ってナツの顔をのぞき込んだ春香はぎょっとした。

 無表情。いや、怒ってる? 睨んでる?

 春香はキャンピングカーの中で癇癪を起したナツの言葉を思い出す。

『形だけの誕生祝いもがんばって喜んでる振りしたし・・・・・・ その時はウザかったの! なんだよ。大して私のこと興味ないくせに適当に祝いやがって! そういうのが一番ムカつくんだよ!』

 まずい。なっちゃん、ぶち切れるかも。

 ナツの表情がどんどん険しくなる。

 見るとクラッカーを持った二人も笑顔を引きつらせて固まっている。

 春香は固唾をのんだ。

 ナツは身体を小刻みに震わせ、口をへの字に曲げ、そして。

「うわあああああああああああん」

 泣いた。

 ボロボロと涙を流しながら、ナツは上を見上げるようにして泣きじゃくった。

「うう、わ、私、こんな、こんな風に、お祝い、されたこと、うわああああああああああん」

 ナツはよろよろと近づくと、びっくりして固まっている二人の首を両手で抱え込むように抱きしめた。

「あ、ありがとう。ありがううううううわああああああん」

 春香はしばらく呆気にとられてしまったが、どうやらナツがめちゃくちゃ喜んでいるのだとわかると、思わず笑ってしまった。

 友人の二人も喜んでもらえたことが理解できたのか、大はしゃぎでナツとハグし合っている。

 そっか。なっちゃん。こんな素敵な友達ができたんだね。

 そう思うと、少しだけ、春香の瞳も潤んだ。




 その後、泣きじゃくるナツを丘の上から連れて降ろすのは大変だった。ナツはことあるごとに感極まって泣き出すのだ。ふたりがいつから計画をしていたか聞いては泣き。花火を思い出しては泣き。よっぽど感激したのだろう。

 

 春香は道中で二人の友人に自己紹介された。美音と紗奈子。どちらもナツの話の中で出てきた人物だ。二人とも明るく気立ての良い子達だった。

 紗奈子はシングルマザーと聞いていたが、子供は実家にいるらしい。

 美音と名乗る美容師がどうにも誰かの顔を彷彿とさせ、春香は首を傾げた。一体誰に似ているのだろう。しばらく考えたが疲れた春香の頭では思い出せなかった。

 ちなみに、奈緒は見事に姿を消していた。流石。判断が早い。

 Aサイトに着くと、カンナがびっくり仰天と言う感じで迎えてくれた。しくしく泣くナツを驚きの表情で見つめている。きっとナツが泣くところなど見たことが無かったのだろう。春香だってそうである。

 とはいえ、サイトにつく頃には大分落ち着いていたナツだったが、美音が焼いたという大きなタルトケーキを高城が運んできた時に、また火のついたように泣き出した。

「た、たんじょうび、けーき、なんて、ともだちからもらったこと・・・・・・うわあああああん」

 それからナツはケーキに書かれたチョコソースのメッセージを見て泣き、刺されたロウソクを泣きながら吹き消し、ろうそくを数えたら二本足りないと言ってまた泣いた。もう、泣き上戸である。

 タルトケーキは高城が切り分けてくれた。この日のために新調したという大きなケーキ用のナイフを作務衣の袖から取り出した時は驚いたが、確かに切れ味は抜群だった。

「よかったよ。大きめにつくっておいて。春香さんの分もちゃんとありますよ」そう言って美音から渡された、綺麗に切り分けられたタルトケーキは文句なしの絶品であった。

 その後、キャンピングカーから流れるポップなBGMで、酔ってケラケラ笑うナツとダンスをしたり、みんなで手持ち花火をしたり、しめで春香のカレーうどんを食べたりしながら、夜は更けていった。


「なっちゃん、はい。テントですよー」

 そう言って完全に酔い潰れたナツを春香はテントに担いでいった。

ナツは「うー」と呻いているだけである。

「お水、一本テントに入れておくからね」

「うー!」

「はいはい。楽しかったね」

 春香は改めて思う。なっちゃんは絶対に、一人の時にお酒を飲んではいけないと。

 テントのファスナーを開け、さあナツを放り込もうという時、急にナツが空に向かって大声で叫んだ。


「誕生日、おめでとおおおお!」

 

 背後で美音と高城と談笑していた紗奈子が、「なっちゃん。私の誕生日はもうとっくにすぎてるよー」とからかいの合いの手を入れる。

 ナツは「うるせえ!」と叫び返す。酔っ払いこわ。

「あんたに言ってないわよ。ばーか!」

「こら。なっちゃん。友達にばかなんて言っちゃダメ」

 そうたしなめながら、春香はナツをテントに押し込む。

 テントの床に敷かれた寝袋の上にごろんところがったナツは、ぼそりと呟いた。

「ほんと、バカ」

「うん。そうだね」

「バカ。あほ。バカ」

 春香は「そうだね。ばかだね」と頷いた。ナツが誰に向けて言っているかわかったから。誰に向かって「誕生日おめでとう」と叫んだのか、わかったから。

「どこでなにやってんのよバカ」

「さあ、なにやってるんだろうね」

「ほんと、ばか・・・・・・」

 ふっとナツは目を閉じ、やがてすーすーと寝息を立て始めた。

 春香は髪を掻き上げワイヤレスイヤホンを外しながら思う。


 聞こえた? おばかさん。




「なに、泣いてるんですか?」

 そう聞いた葵に、奈緒は目尻のわずかな雫を指で拭き取りながら「別に」と笑った。耳に当てていたスマホを降ろし、通話を切る。

「それよりさ、あたしたちも食べよ」

 そう言う奈緒と葵を挟む切り株の上には、一皿のチョコレートケーキが置かれていた。

「これ、どこからもってきたんですか」

 葵の問いに奈緒は答えず、「あたしね、今日、誕生日なんだー。一緒に食べよー」と言うと、フォークでチョコレートケーキを半分に分けた。それぞれを紙皿に移す。

「お、おめでとうございます」

 反射的に祝いの言葉を述べた葵に、奈緒は「ありがとー」と笑うと、どこからともなく二本のろうそくを取り出し、それぞれにケーキにプスリプスリと刺す。ライターで両方に火を付ける。

「え、なんで私の方にも?」

 そう呟いた葵に、奈緒は言った。

「葵ちゃん、自分の誕生日、わからないんでしょ。だったらさ、今日にしちゃいなよ」

「は?」

 葵は思考がついていかずに聞き返す。

「だって、わからないって事はいつでもいいってことでしょ」

 そんな乱暴な。

「でも、確実に今日ではないと思いますよ。なんなら役所とかで聞けばまあ正確な日取りはわかりますし・・・・・・」

 そう言う葵を奈緒は「いいの」と遮る。

「誕生日ってのは、自分が生まれたことを感謝する日でしょ。大切なのはそこ。じゃあ、いつだっていいじゃない。日取りなんて。自分で好きなように決めて何が悪いの」

 奈緒は「あんたの人生でしょ」とケーキを差し出した。

「誕生日、おめでとう。葵ちゃん」

 葵は思わず紙皿を受け取る。

「そして、おめでとうあたし。さあ、一斉に吹くわよ。せーの!」

 つられるようにしてろうそくを吹き消す。

「ん」と奈緒に差し出されたフォークで、ケーキを一口すくう。どうやら冷凍を解凍したもののようだ。少し安っぽいチョコレートケーキを口に入れる。

 甘すぎる。でも、そのくどいほどの甘味はどこか懐かしかった。

 そうだ。あの日も、こんな味だった。


 節くれ立ったカサカサする手。その手が、優しく葵の頭を撫でる。

『ありがとうね』

 おばあちゃんの声が頭上から聞こえる。

 そうだ。あの日、幼い葵はケーキを頬張ったまま、祖母を見上げた。

 おばあちゃんは皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑って言ったんだ。


『葵。生まれてきてくれて、ありがとうね』


 ずっと、忘れてた。

 きっと、とっても大事な言葉だったのに。


「わ、わ、わたし」

 葵は両目をぎゅっとつぶった。フォークを咥える口元が震える。

「生まれてきて、よかったのかな」

 奈緒はそっぽを向いてケーキを食べていた。

 もし、彼女が立花春香だったら、「もちろんよ!」と頷いただろう。他の大人達でもそれはきっと同じだ。

 でも、そこにいたのは清水奈緒だったので。

 彼女は振り向きもせず、「知らない」と呟いた。

「それは、自分で決めなよ」

 あんたには、これからの人生、たくさん時間があるんだから。

「ゆっくり考えればいいんじゃない?」

 葵は頷いた。何度も。何度も。

 久しぶりに食べたチョコレートケーキは、とっても甘く。

 少しだけ、しょっぱかった。

 


 


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