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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第6章 自分で決めて何が悪い
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【第6章】 花火キャンプ編 18


 

 18


 午後八時五十五分


 キャンプ場「Green Garden 美丘」の管理人、高城正博は山道に作られた階段を懐中電灯で照らしながら、にんまりと微笑んだ。

 順調だ。計画通り。

「管理人さーん。ほんとに、こっちに、春香がいるんですかー?」

 高城はチラリと後ろを振り返った。ターゲットの斉藤ナツがふらふらと高城の後をついてくる。

「ええ。こちらですよ。ご案内しますね」

 高城はくすりと笑った。随分と酔っ払っている。警戒心が強いというナツをどう連れ出すかが今回の計画のミソであったが、まさかここまで泥酔してくれているとは。高城にとっては下手に口車を考えなくて良いのは嬉しい誤算だった。

「もおー。勝手に、どっか、行くんだから。春香はー」

 そう言って足をもつれさせたナツは、道をそれ、木の枝にゴンと額をぶつけた。

「おっと、大丈夫ですか。私につかまってください」

「平気ですー。平気平気ー」

 そこで、ナツは「およ?」と声を上げた。

「高城さーん。この階段、丘の展望台に続く道じゃないんですかー?」

 高城は驚いた。この暗い中で、よくわかったものだ。

「この道、昼間は通行止めでしたよねー? なんで今は通れるんですかー?」

 高城はぎくりと身体を震わせた。このターゲット。酔ってはいるが思考が消えている訳ではない。

「え、ええ。あの、ご友人にお願いされまして。一時的に特別に開けたんですよ。上でご友人がお待ちですよ?」

 ナツの足取りがピタリと止まった。

「は? なんで春香がそんなことを」

 ナツの口調が急に冷静さを帯び始め、高城は狼狽した。まずい。ここまで来て。

 その時、背後から微かにクラクション音が鳴り響いた。

 なんなんだ。こんな時に。

 幸い、ナツは酔いのためか、クラクション音は耳に入らないようだった。

「春香・・・・・・展望台?」とナツは首を傾げる。

 くそ。ここまでか。こうなったら・・・・・・

 しかし、そこで、ナツは「あ、そうか!」と叫び、手を打った。

「星空観察か! あいつ好きだったもんな。そう言えば結局できなかったんだった」

 そう何かしら勝手に納得したナツは、急に笑顔になってまた歩みを再開した。鼻歌まで口ずさんでいる。

 よ、よし! なんとかなった。

「さ、さあ。急ぎましょう。ナツさん。ご友人が・・・・・・」

「え? ナツ?」

 ナツの顔がばっと動き、高城の目を瞬時に見つめる。

 しまった。高城は自分の失態に気づく。

 昼間、彼女は佐藤秋子と名乗ったんだった。

 なんなんだこのターゲットは。この泥酔状態で、どうしてそこまで気がつく。

「ご、ご友人にききましたよ。ナツさんっておっしゃるんでしょ」

 ナツはじっと射貫くような目で高城を見つめる。

 高城はごくりと唾を飲み込む。

 数秒の沈黙。

 ナツはにへらっと笑った。

「えへへ。すみません。変な偽名を名乗っちゃって」

「い、いえ! お気になさらず! さあ行きましょう!」

 高城は胸をなで下ろすと、新しいぼろが出ないうちにとナツの背後に回り、追い立てるように階段を上った。

 あと少し。あと少しだ。

 

 山頂。そこには二つの人影が身を潜めている。

 息を潜め、斉藤ナツの到着を今か今かと待ち構えながら。

 手ぐすねを引いて待ち伏せていた。




 春香と奈緒は全力で丘へ続く階段を駆け上がった。

 奈緒が持ち前の視力で丘を登っていく懐中電灯の光を見つけられたのは幸運だった。

 管理人の目的はわからない。なぜ、夜中の丘の上なんかに、ナツを連れていこうとするのか。わかるのは、明らかにそれは常軌を逸した行為であるということぐらいだ。

 夜の山道。木の杭で作られた階段を数段飛ばしで駆け上がる。背後で奈緒が息を切らすのがわかる。限界なのだろう。

「ナオちゃん! 先に行くね!」

「お、お願い!」

 春香は自分の中のギアをもう一段上げる。

 このときだ。こういうときのために、私は毎朝のランニングに打ち込んできたのだ。

 待ってて。なっちゃん。

 奈緒をあっという間にはるか後ろに置き去りにし、春香はトップスピードで一気に丘を駆け上がった。

 山頂が近い。あと十メートル。

 春香は夜空に霞む山頂を睨み付けた。

 その時、懐中電灯の光が煌めいた。ちょうど山頂にたどりついたナツの背中が見える。背後には懐中電灯を持つ高城。

 次の瞬間、ふっと懐中電灯が消えた。

 春香はぎょっとする。

 微かな月明かりの下で、ナツの背中がおぼろげに浮かぶ。

 ナツは丘の入り口で唐突に視界を失い、戸惑って辺りをきょろきょろと見回していた。

 そのナツに向かって、物陰から二つの人影が飛び出した。一気にナツに間合いを詰める。

 春香は「なっちゃん!」と叫ぼうとした。だが、全力疾走を続ける春香の口からは掠れた息が漏れただけだった。

 あと数メートル。

 春香は必死にナツに手を伸ばす。


 午後九時


 火薬の弾ける轟音が、丘の上に鳴り響いた。




 ヒュルヒュルと空に打ち上がった光の固まりは、十月の空の真ん中で盛大に花開いた。

 春香はナツに手を伸ばしたまま、呆然と空を見上げた。

 え、花火?

 ヒュルヒュルと、もう一発、輝く玉が打ち上がった。

 パアンと弾けて、光の雫が空に飛び散っていく。

 春香とナツが呆然と立ちすくんでいると、ぱっと辺りに明かりがついた。

 面くらったナツに向かって、両側からクラッカーが鳴らされる。

 そして、岸本美音と、藤原紗奈子は声を揃えて叫んだ。


「なっちゃん! 誕生日、おめでとおおおお!」





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そっちかーーいっみたいな感想であふれてるかと思ったら…笑 ジャンル的に年齢層高くて一言感想とか少ないジャンルなのか、はたまた著者さんのことだからまた裏切られる読みなのか…笑
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