表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第6章 自分で決めて何が悪い
159/230

【第6章】 花火キャンプ編 7


 7


 春香のBサイトを経由する形で来た道を戻り、私は手に花火を、春香はカレーうどんの材料を持ってAサイトに戻ると、すねたカンナが地面に横たわっていた。

 体育座りのまま横倒しになったような姿勢で、キャンピングカーの横に転がっていた。顔を車の方に向け、完全に私に背をむけている。背中だけをこちらに向けて、顔がちょうど地面と車体の間にはまっているような形だ。。

 わかりやすくむくれている。

「カンナ。お客さんだよ」

 その背中に声をかけると、カンナは「え?」という表情でこちらを振り向いた。

 春香が「こんにちは。カンナちゃん」と会釈すると、カンナは慌てふためいてその場に立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。礼儀は正しいやつなのだ。

 カンナに一通り春香のことを説明する。まあ、十数年ぶりに小学校の時の友人と再会したとそれだけの話ではあるのだが。

 カンナは春香に興味津々のようだった。そりゃあ、自分の事を見ることができる人など私以外にそういないだろうからな。

 春香もカレーの準備をしながらにこにことカンナとしゃべっている。驚いたことに春香は手話が堪能だった。職場で機会があって勉強したところだったらしい。道理でジェスチャーを読み取るのが上手かったはずである。カンナの手話を使った会話は滞りなく進んでいるようだ。

 私は焚き火台に再び火をおこしながらその様子をちら見する。カンナが他の人間としゃべっているところを初めて見た。カンナも実に嬉しそうだ。

 ちょっと、いらっとする。

 春香は私の友達なんだけど。随分なれなれしい。

 しかし、考えれば、カンナも友達である。そしてよくよく考えれば、私の友達同士が仲良くなってくれるのは大変いいことのはずである。現状になんの問題もないではないか。私は何が不満なのだろう。自分でも首を傾げてしまう。

 なんにせよ、会話に参加したくなったので、焚き火台に火がついたタイミングでカンナに声をかける。

「カンナ。買ってきたよ。花火」

 私が掲げた花火セットを見て、カンナは大喜びした。そしてジェスチャーを解読したのが春香であるとすぐにわかったのだろう。春香に「ありがとう!」と手話をすると、ばっと抱きついた。無論、カンナの身体は春香をすり抜けるのでポーズだけだ。春香は微笑んでその実体の無い背中をポンポンする仕草をする。

「ご飯が終わったら一緒にやろうね」と春香がやさしく言うと、カンナはにっこり微笑んだ。

 おーい。買ってきたのは私なんですけどー。

 またちょっと苛ついた私はクーラーボックスからビール缶を取りだし、春香に放った。春香が慌ててキャッチする。

「お子様はほっといて、大人同士で乾杯しましょ」

 私の言い方にカンナがむっとした表情をし、完全に春香の背中にまわってしまった。肩越しにあっかんべーをしてくる。好きにしやがれ。

 春香は少し困った表情をしていたが、私が「ん」と缶を突き出すと、くすりと笑って缶同士をこつんとぶつけた。

 乾杯。


 


「それでね、紗奈子がスポーツカーで白鳥を見事吹っ飛ばしたわけですよ」

「壮絶だね」

「壮絶だったの」

 鉄板の上では二枚のハラミがジュウジュウと焼かれている。この小さい鉄板も、二人で囲むのにはちょうどいいサイズである。溝から油が流れ出る仕組みもいい感じに機能しているやはり網と比べると油の落ちが悪いが、これは鉄板である以上仕方あるまい。

 春香と二人で焼き肉を肴にビールを傾ける。辺りはすっかり暗くなっていた。

 今は私の武勇伝を春香に聞かせていたところだ。隣でむくれていたカンナもそのうちワクワクとした表情で私の話に夢中になっていた。カンナにはこれまでの事件のあらましを全て話してある。日々の話し相手になってくれているカンナだが、カンナは喋れないので、どうしても私が語る感じになってしまうのだ。だから、カンナにとっては一度聞いた話であるはずだが、二回目でも面白いらしい。

 ちなみに、相変わらずカンナは春香の背中にひっついている。中途半端に身体をすり抜けているので、まるで春香の頭がもう一つ肩から生えたようになってしまっていて妙な光景だった。

「その事件は私もニュースとかで見てたよ。なっちゃんの名前が出てきてびっくりした」

「あ、やっぱ知ってたか」

「あらましだけね。それに、相手がゆきおさんだったのが何より驚きだったよ」

 私は首を傾げた。

「ゆきお? 誰それ」

「あ、なっちゃん、夏休みのキャンプ、覚えてないんだ。じゃあ、いいや」

「え、なに? どういうこと?」

 夏のキャンプ。確かに、あまり覚えていない。春香と出会って、森に脱走したぐらいまでのことはギリギリ思い出してきたのだが。

「ううん。別に大したことじゃないから」

 私は釈然としなかったが、まあいいか。と思い直した。春香が話したくないのであれば、別にいい。

 ハラミを全て焼き終わったところで、鉄板を専用のトングで持ち上げ、地面に置いた。

「次はカルビ焼こう。油が多いから、網に替えるね」

「はーい」

 春香はすでにカレーの支度を終え、ガスコンロの上でぐつぐつ煮始めている。締めも楽しみだ。しかし、想像以上に肉の量が多かった。二人でもシメまでたどり着けるだろうかと不安になる。昨日は深夜テンションで買い占め過ぎた。反省だ。

 焚き火台に網をセットし、さあ、カルビの登場だぜと火箸で肉を摘まんだ時だった。


「すいませーーん」


 キャンピングカーの向こう側から、声がした。

「高城さんかな?」

 そう言う春香に私は首を振った。高城にしては声が高い。

「どうしたの? 葵くん」

 私はキャンピングカー越しに葵少年に返事をした。

「えっと、スープを作りすぎたので、もしよろしければと、思いましてー」

 おお。昼間のお礼だろうか。気を遣わせてしまって申し訳ないな。

「ありがとー。こっちまわっておいでよ。運転席の前の方は隙間があるからさー」

 そう返すと、葵少年が車前方に回り込む足音が聞こえてきた。

 怪訝そうにしている春香とカンナに「Cサイトの子。昼間にちょっと手伝ってあげたの」と軽く説明する。

 そうだ。葵少年にも肉を食べてもらおう。成長期男子が加われば、百人力である。

「おじゃましまーす」

 そう言って野球帽の日焼けた少年は小ぶりのスープ鍋を持ってサイトに顔を出した。ふわりと中華系の匂いが漂う。卵スープだろうか。いいね。焼き肉にも合いそうだ。

「ごめんね。わざわざ。あ、この子は友達の春香ね。葵くんも、よかったらみんなで食べよう」

 私はそう言って葵に笑いかけたが、すぐに異変に気がついた。

 葵は春香を見た瞬間、びくりと身体を震わせ、顔が蒼白になったのだ。

 反射的に春香を見る。「初めまして」と言おうとしていただろう春香も葵の様子に戸惑っている様子だ。そりゃそうだ。ちゃんと「大人してる」春香に葵がびびる理由など無いのだから。

 あるとするならば。

 春香の肩からにゅっと首を生やしたカンナが「え、私?」と言う顔をする。うん。多分そう。

 この子も見えるのか。

「あ、す、すいません。やっぱり、帰ります」

 葵はなんとかそれだけ言うと、くるりと背を向けた。

「ちょ、葵くん!」

 慌てて声をかけたが、葵少年は鍋を両手で抱えたまま逃げるようにサイトを走り出て行ってしまった。事実、逃げたのだろう。

 あちゃあ。やっちゃった。

 そりゃあ、肩から頭を生やす女子高生の幽霊がいたら、びびり散らかすのは当然だよな。

 おそらく初キャンプだろうに。トラウマにならなければいいけど。

 カンナが目に見えてすんと、落ち込む。ぬっと、春香を離れ、地面に体育座りしてうつむいてしまった。

「だ、大丈夫だよ。カンナちゃん。きっとちょっと驚いちゃっただけだよ。きっと・・・・・・」

 春香が必死にフォローしようとするが、言葉の先が思いつかなかったらしく、口ごもってしまった。カンナは口をへの字に曲げたまま、すうっと姿を薄め、見えなくなった。

「あ、あれ? カンナちゃん?」

「大丈夫よ。機嫌が治ったら出てくるわ」

 私はため息をつくと、地面に置いていた鉄板を拾い上げた。まだ熱を持っていたが、触れないほどではない。鉄はすぐに冷えるから良い。

「カルビを焼く前に、鉄板、洗っちゃうわ」

 そう言いながら立ち上がろうとしたところで、私はふらつき、鉄板を持ったまますとんと、椅子に再び座り込む。

「なっちゃん。飲み過ぎだよ。座ってて。私が洗ってあげるから」

 そう言って春香がひょいっと鉄板を取り上げる。

「ありがと。お願いするわ。キャンピングカーの中にシンクがあるから、そこで洗っちゃって」

「え、この車、流し場まであるの」

 春香はそう言って半信半疑でキャンピングカーに乗り込んだ。

「すごい。ほんとに水が流れる」と感動しながら、春香はシンクで洗い物を始める。

 私はその背中をしばらくぼおっと眺めていたが、頃合いを見て、すっと立ち上がった。できるだけ音を立てないように注意しながら、洗い物をする春香の背後に近づく。春香は上着の袖も肘までまくり上げて水を流し、鉄板をたわしでこすっていた。

「え、なっちゃん?」

 私の接近に気がついた春香が驚いて振り返る。

「どうしたの?」

 そう笑った春香だったが、さっと袖を戻したのが視界の隅に映るのを私は見逃さなかった。ぱっと春香の右手首を握り、軽く捻る。

「痛い! なっちゃん? なに?」

 私は無言で春香の上着の袖を無理矢理まくり上げた。春香の白い上腕がむき出しになる。

 やはり。管理棟の炊事場で一瞬だけ見えたのは錯覚ではなかったらしい。

 春香の右の二の腕には幾重ものひっかき傷がついていた。

ついていたなどと言う生やさしい表現では足りない。刻み込まれていた。白い肌に無数の赤い線が痛々しく刻まれている。

 傷の状態からして古い傷ではない。ここ数日で出来たものだ。

「誰にやられた」

 私は手首を掴んだまま春香の顔をのぞき込んだ。

 春香の顔が強ばり、わずかに震える。この距離でよく見れば、目元にうっすらと隈があるのがわかる。昨夜はろくに寝れていないのであろう。

 私は彼女の目を見つめながら繰り返した。


「誰にやられたんだ。春香」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ