【第6章】 花火キャンプ編 6
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十年以上ぶりに会う春香は随分と大人びていた。勿論、私と同い年のはずなので完全に大人である。言いたいのは、彼女はちゃんと「大人している」感があったのだ。
「春香。今、何してるの」
薄暗くなりかけたキャンプ場の炊事場の前で、二人してベンチに座って話をする。春香は思いがけない再会にも大きく取り乱すことも興奮することもしなかった。落ち着いた話し方。落ち着いた動き。気遣い。身だしなみ。すごい大人って感じだ。まくられていたはずの上着の袖もいつの間にか戻されている。
「しがない公務員だよ。今日は有休とったの」
うわあ。大人だあ。きっちりとした大人だあ。有休とか私も言ってみてえ。
「そう言う、なっちゃんは? 今日は平日だけど」
うぐ!
言葉に詰まる。ちくしょう。墓穴をほった。
なんて返せばいいのだろう。無職? ニート? いや、ワイチューバー? え、ワイチューバーって職業なの?
「えっと、その、あの、た、旅をしてます・・・・・・してる」
悩みあぐねた挙げ句、一番、大人っぽくない返答が口から漏れ出てしまった。
「・・・・・・へ、へえー」
春香が慌てて頷く。
「あ、あれ? 自分探し的な・・・・・・」
ああ、やばい。十数年ぶりに再会した友人が、なんだか痛い人になってしまっていた感じになってる。
「いや、キャンプがしたいだけというか・・・・・・」
「キャンプ? ああ。いいよね。キャンプ。あれか! 連泊キャンプ旅ってやつ。じゃあ、結構遠出してきたの? 家はどのあたり?」
「・・・・・・えっと、車に、住んでる。今、家がなくて・・・・・・」
春香の笑顔が固まる。
「・・・・・・住所不定ってこと?」
なんて残酷な言い方をするんだ。大人なんて嫌いだ。
「う、うん。だから、完全に旅って感じで・・・・・・」
春香は「そ、そっかー」と一瞬目を彷徨わせて、慌てたようにうんうんと頷いた。
「ま、まあ! そう言う期間も必要だよね! 人生の休暇というか! 魂のデトックスというか!」
なんだよ。魂のデトックスって。別に魂、汚れてないよ。
しかし、このままじゃ春香にとって、私は現実逃避の無職女になってしまう。なんとか巻き返したい。
「あ、あの、単に旅してるだけじゃなくてね。ちゃんと時々はバイトしてるし」
「う、うん。えらいね」
「そ、それに、最近、ワイチューブも、始めたんだ・・・・・・」
「え・・・・・・へ、へえ! すごいね!」
ちくしょう。消えてしまいたい。
小学生の頃は確か、私は春香の前では結構、頼りがいのあるキャラで通っていたはずなんだけどな。時間の流れは残酷だぜ。
私は近況の話をするのが精神的にきつくなってきたので、無理矢理話題を変えることにした。
「いやあ。来てすぐにBサイトにソロの女性がいることには気がついてたんだけど、まさか春香だとは思わなかったよ」
春香も話が変わって安心したようだった。
「うん。私も同じ感じ。Aサイトに女性キャンパーがいることは遠目に見て知ってたんだけど、まさかなっちゃんだとは思わなくて声かけなかったの。ごめんね」
彼女は眼鏡の奥で微笑んだ。そうそう。こんな顔だった。昔はもっと不安げで落ち着きのない女の子だったイメージだが、今はすっかり大人の余裕を身につけている感じだ。
「そういえば」と春香が切り出す。
「さっき、Aサイトで見かけた時は、セーラー服の女の子と一緒だったよね。あの子は?」
春香の言葉に一瞬ぎょっとしたが、すぐに思い出す。
ああ。この子も見える子だったか。
「あー。あの子はね。幽霊なのよ」
「あ、そうなんだ」
軽い。流石、慣れてらっしゃる。
「仲よさそうだったね」
「まあね。連れ? 旅仲間? 同居人? てきな?」
春香が眉をしかめる。
「なに? 取り憑かれてるの?」
「ちがうちがうちがう」
憑いているのはどちらかというと車の方にだ。
そこで、ふと、思いつく。
「春香、このジェスチャーわかる?」
私が記憶を探って再現したカンナの動きを全て見終わった後、春香はため息をついた。
「なっちゃん。それは花火だよ。花火」
「ああ」
私はすとんと納得した。そうか。カエル取りだと思った動きは、線香花火をつまんで眺めているという表現だったのか。
「そっかあ。あの子、花火が見たかったのか。悪いことしたな」
そりゃあ、ランダルが一人で花火をしていたとは思えないし、死後、随分長い間、花火なんて見ていなかったに違いないのだ。
そこで春香が提案する。
「まだ、間に合うんじゃない? 買いに行ってあげれば?」
「さっき、ビール飲んじゃったよ。運転できない」
それに、カンナがへそを曲げている今、まず車のエンジンをかけさせてもらえるかどうかも微妙だ。前にケンカしたときは、三時間ぐらいエンストさせやがったからな。あの時はレッカー車を呼んでやろうかと本気で思ったものだ。
「そっか。でも、もしかしたら管理棟の売店にあるかもよ」
なるほど。確かに可能性はある。
ということで、春香と二人で管理棟を覗く。
店じまいをしようとしていた管理人の高城が、「おや、どうしました」と振り返る。
「えっと、買いたいものがあって・・・・・・あったらでいいんですけど」
そう切り出した私に高城は笑顔を見せる。
「はい。なんでしょう。キャンプで使うものは大体揃ってますよ」
「花火、なんですけど」
その瞬間、高城の表情が固まった。笑顔が引きつる。
「・・・・・・花火?」
私はその表情の変化に面食らう。
もしかして、このサイト、花火厳禁だったのか。このご時世、公園ですら禁止のところも多いのだ。不思議ではない。でも、たしか、使用ルールの紙にはそんなこと書いてなかったはずなんだが。
「いや、線香花火とか、そういう、他のサイトのご迷惑にならない形のもので・・・・・・」
私があわててそう言い訳すると、高城も「ああ!」と我に返ったように表情をほぐした。
「ええ! 勿論、大丈夫です! 奥の棚に夏の売れ残りが置いてあります。安くしてるのでお買い得ですよ」
そういって店の奥に案内される。
私はちらりと春香と目を合わせる。春香も小首を傾げていた。なんだったんだろう。今の妙な間は。
高城の言うとおり、陳列棚には季節外れになってしまった花火セットが無造作に置いてあった。どれも半額になっている。
「春香、折角だし、一緒にやろうよ」
「え、いいの?」
「勿論」
カンナも人数が多い方が好きそうだしな。
「ていうか、一緒に焼き肉しよ」
「え、いや、流石にそれは悪いよ」
「肉もビールも買いすぎたんだよ。ちょうど一人じゃ食べきれないなって思ってたんだ」
春香は少し考える様子で背を向けた。そして、注意していないと気づかないほどわずかな動きで口を動かす。一言。二言。姉と相談しているのだろう。なんと言っているかはわからない。私は気がつかない振りをして花火を選ぶ。
「うん! じゃあご相伴にあずかろうかな。私はカレー作る予定だったんだけど、いる?」
春香がくるりと振り向いてそう言ったので、私も顔を上げる。
「いいね。締めにしよう」
「じゃあ、いっそのこと、カレーうどんにしようか。管理人さん、冷凍うどんとか売ってます?」
「ええ。ありますよ。4玉セットですが」
春香と高城のやりとりを聞きながら、花火セットの一つを手に取る。比較的小ぶりなセットを選んだ。
「お二人はお知り合いだったのですか」
レジでそう聞かれて、私と春香は同時に頷いた。
「十数年ぶりに、偶然、再会しまして」
「ほお」と高城は眉を上げる。
「そんな偶然あるんですか」
高城はレジを操作しながら「それはもう」と微笑んだ。
「運命ですね」