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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第6章 自分で決めて何が悪い
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【第6章】 花火キャンプ編 5


 5


 午後五時


 今日、私が使う焚き火台は円柱型だ。ステンレスの樽のような形状をしている。これがなかなか優れもので、下方に通気口が空いているため、下から入った空気が上に通り抜ける過程で酸素が循環するためによく燃焼効率が高いのだ。煙突と同じ原理である。

 そこに細くした薪を次々と放り込んでいく。勢いよく燃え上がった薪はやがて熾火へと変わる。その瞬間を狙って。鉄板を置いた。

 この鉄板、大きさはB5用紙よりも小さいぐらい。しかし一センチ以上の分厚さがある。

スキレットも同じだが、鋳鉄はゆっくりと熱を伝える特性がある。鉄板全体が均等に温まり、ムラのない調理が可能だ。つまり、肉を焼くのに最適なのだ。しかもこの鉄板は焼き肉に特化して設計されており、鉄板に油を逃がすための溝が縞模様のように掘られている。

 サイズ的に一度に二、三枚しか焼くことが出来ない。が、その必要最低限のコンパクトさがソロキャンプの魅力をより引き出すのだ。

 といううんちくをカンナにペラペラ語りながら厚切り牛タンを鉄板に置く。じゅーと小気味のいい音とともに香しい煙が立ち上る。

「よおし! 始まったわよカンナ!」

 時刻は午後五時過ぎ。夕食にはちと早い気もするが、なあに、肉は食べきれないほどあるのだ。ゆっくりやっていこう。

 あえて鉄板に置いた牛タンは一枚だけ。この一枚を集中して育て、最高の一口目を生み出すのだ。

 ここぞと言うときにひっくり返す。よし、焼き色も完璧だ。余分な油も鉄板の溝に順調に流れ落ちている。

 私は椅子の脇にクーラーボックスを二つ置いている。一つは肉が詰め込まれており、もう一つにはビールが氷の中に埋もれている。私はそこから地ビールの缶を一本抜き取った。

 最高の焼き具合の牛タンをシェラカップに移し、塩をかける。

「さあ、いくわよカンナ」

 向かいにしゃがんだカンナがゴクリと唾を飲む。

 私は箸で掴んだ厚切り牛タンを一息に口に放り込んだ。

 ほどよく油が抜けて身が締まった牛タンの旨みが口の中に広がる。

 うますぎる。牛さんありがとう!

 私は肉を口内で存分に堪能した後、ビールを呷った。一気に缶の半分ほどをごくごくと飲み干す。涼しくなってきたとはいえ、まだ九月の初めだ。焚き火で火照った体に、キンキンのビールが流れ込んでいく。

「ぷはああああ! 勝ったぞォオオ!」

 私はビール缶を掲げて誰に対してかわからない勝ちどきを上げた。カンナも目の前で「いえーい」と真似をする。

「いやあ。ごめんね。カンナ。私だけ食べちゃって」

 あまりの幸福感に脱力してチェアに沈み込みながら、私はカンナに謝った。幽霊のカンナはどうやっても食べることは出来ないのだ。

 カンナは膝を抱えた格好で微笑み、首を振った。

 最近わかってきたが、カンナはそもそも食欲というものが湧かないらしい。考えてみれば当然だ。そもそも消化器官ももう実体として存在しないのだから。

 カンナが、人が食べるのを見てうらやましそうにするのは、どちらかというと、食事というイベントをもう自分ができないという事実を憂いているらしかった。なので、私が美味しいものを食べて喜んでいるのを隣で見るのは実際は別に苦ではなく、むしろ自分も参加している感があって嬉しいそうだ。

「じゃあ、どんどんやいちゃうぞー」

 そう言うと、カンナも笑顔で拍手をしてくれた。


 厚切り牛タンを一パック焼き終え、さあ次はどの肉を焼こうかと思案し始めた時、カンナがそわそわし始めた。

「ん? なに? どした?」

 カンナは何やら手話を始めた。あまりわからなかったが、その中に「昨日」「買った」というサインを読み取る。

 私は「ああ」と頷いた。

「ちゃんと買ってきたわよ」

 カンナが笑顔になる。私は椅子から立ってキャンピングカーに乗り込んだ。カンナがわくわくしながらついてくる。

「はい。どう?」

 私はサービスエリアで買った一枚のCDをカンナに差し出した。

「ポップに、ノリノリになれるって書いてあったよ」

 カンナがぽかんと口を開けた。

 あれ? なんか反応が微妙だな。好きな曲とかがあったのかな。

 とりあえず聴いてもらおうと、私は助手席のダッシュボードの上に取り付けられたCDプレイヤーにCDを差し込んだ。このCDプレイヤーはランダルが取り付けたものらしく、車内の四隅のスピーカーに繋がっている。角度を変えれば車外にも向けられる。つまりキャンプサイトが即興のダンスホールとなるのだ。

 軽快な音楽が流れ出した。一昔前の流行の曲を集めてダンス用にアレンジしたアルバムらしい。

「ほら。いい感じじゃない?」

 カンナが首を傾げる。あれ? 反応がおかしい。

「え、昨日の、あの動き、ダンスじゃなかったの? 音楽がかけて欲しいのかと思ってたんだけど・・・・・・ ほら。最近の女子高生って、SNSとかにダンス動画とか上げるんでしょ。それかなって・・・・・・え、違うの」

 カンナの顔がむくれ始めた。違うらしい。私はCDプレイヤーを停止させた。

「え、ごめん。なんて言おうとしてたの」

 カンナがまた昨夜の動きを繰り返した。顔の前で花を咲かせる。

「花? お花育てたいの?」

 首を横に振られた。違った。

 しゃがんだかと思うと立ち上がってきらきら星をした。

「流れ星? ああ、天体観測?」

 首をまたぶんぶんされる。これも違う。

 手に何かを持って、くるくる回った。

「え、ダンスじゃないの?」

 睨まれた。いや、わからんよ。

 今度はカンナはしゃがんだ状態で、何かをつまみ、そのつまんだものを眺める動作をした。

「わかった! カエル! カエル取りしたいんだ!」

 カンナは勢いよく立ち上がると、車内の床をだんだん踏みつけた。

 おお。怒ってらっしゃる。あの温厚なカンナさんが怒りで地団駄を踏んでいらっしゃる。

 まあ、私もカエル取りは流石に違うとは思ったよ。ごめんて。

 カンナは再び私を睨み付けると、すうっと姿を消した。

「カンナ? ちょ、カンナ!」

 すねちゃったよ。


 


 私はため息をつきながら車道をトボトボと歩いた。若い子の考える事はわからん。

 とりあえずあの場で焼き肉の続きをするのも気まずかったので、トイレに行く振りをして管理棟に向かう。やれやれだ。

 カンナは基本的におおらかな性格だが、時折、年相応に子供っぽくなることがある。イメージとしては美音と紗奈子を足して二で割った感じだ。

 まあ、時間が経てば機嫌も治るだろう。しばらくぶらぶらしてからサイトに戻ることにしよう。

 Bサイトが見えてくる。入り口から覗き見たが、さっきの眼鏡の女性はいなかった。彼女も散歩だろうか。

 暗くなり始めた車道を歩きながら、眼鏡の女性のぶつぶつと呟いていた独り言を思い出す。まるで誰かに話しかけてるみたいだったな。

 よくよく考えれば、私もカンナと話しているときは端から見たら、誰もいない空間に話しかける、ちょっと危ない独り言つぶやき女なのだろう。これは気をつけねば。

 それはさておき、独り言といえば。

 ふと昔の記憶がよみがえってきた。雪中キャンプ以降、私はよく子供の時の事を断片的に思い出すようになってきたのだ。きっと封印していた清水奈緒の記憶が無理矢理引きずり出された関係だろうと思う。

 そういえば独り言を終始呟いている友人がいた。うっすらと記憶がよみがえる。

 そうだ。小学六年生。夏休みのキャンプだ。

 私と同じく、幽霊が見える女の子。

 亡くなった双子の姉と、脳内でずっと会話をしていた。

 名前は確か・・・・・・

 私は小首を傾げて木々を眺めた。

 ・・・・・・ダメだ。思い出せん。

 まあ、いいか。


 記憶を探っているとすぐに管理棟に着いてしまった。炊事場とトイレの電灯が早くも点いていた。

 なんとなしに炊事場に向かう。手でも洗おう。

 すると、電灯の下でシンクに向かう人影が見えた。先客か。

 赤いジャケットに茶髪のミディアムショート。それに眼鏡。あの女性だ。野菜を洗っているらしい。

 彼女は肘まで捲った手を動かしながらまた独り言を呟いていたようだが、私に気づいたのか口を止めて、顔を上げた。

 真っ正面から私と目が合う。

 よし。流石にこれは挨拶だな。そう思って歩み寄りながら笑顔を作る。

「こんにちは」

 いや、時間的にこんばんはだったかな。まあいいや。そんなことを思いながら笑顔を保って彼女の返答を待った。

 だが、彼女は言葉を返さなかった。じっと私の顔を見つめる。

 え、なに?

 独り言ぐらい誰でもあると思ったが、やっぱり変な人だったのだろうか。

 それとも、また私のことを知っているパターンか。もう勘弁してくれ。

 いや、もう自分からライブ配信なんてしちゃってるから、そんな事を言う権利もないか。

 さて。ここからは予想がつくぞ。「え? 斉藤ナツさんですか?」とか言われちゃうんだろうな。「ライブ配信、いつも見てます」とか。あ、それはちょっと嬉しいかも。どうしよう。サインとか書いた方がいいのかな。やばい。サインの形とか考えてないよ。

 だが、彼女の口から出たのは、予想外の名前だった。


「・・・・・・ランプちゃん」


 自分の動きが止まるのがわかった。彼女の顔を見つめる。

「ランプちゃん? ランプちゃんだよね? なっちゃんだよね!」

 私は今、きっと大きく目を見開いていることだろう。

 彼女の顔には確かに面影があった。不安げで、優しいけど影があって、寂しげで。でも、きちんと芯がある女の子。

 私の口が勝手に動いた。さっきあれほど思い出そうとしても出てこなかったのに。


「・・・・・・スピカ?」


 そうだ。この子は、自分のキャンプネームを星の名にしてしまうぐらい、星空が大好きな子だった。


 立花春香がそこにいた。





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