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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第6章 自分で決めて何が悪い
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【第6章】 花火キャンプ編 4


 4


 三人目のキャンパーはCサイトにテントを張っていた。所謂ワンポールテントという奴で支柱一本で建てる事が出来る。イメージとしてはムーミンでスナフキンが使っているようなタイプだ。とんがり帽子みたいなシルエットになる。

 懐かしい。私も使ってたな。雪中キャンプ場で、斧で破壊されちゃったけど。

 そう感慨にふけりながら設営風景を見ていたが、どうにも危なっかしかった。

 その青年というか少年は一人で設営を行っていた。一生懸命ポールを地面に立てて布を被せようとしているが、当然、ポールは途中で倒れてしまう。何度繰り返しても同じ事だ。

 初めて建てるのかな。あのテント。

 誰にだって初めてはある。試行錯誤しながらギアを試すのはキャンパーにとって至福の時間である。時折、勘違いしてキャンプ初心者にあれこれ教えようとしてくる教えたがりおじさんがキャンプ場には出没するが、自分で頭を悩ませながらギアとにらめっこするのもキャンプの醍醐味の一つなのである。そこをわかって経験者はわきまえておかねばならない。

 ということで、私も邪魔はすまい。がんばれ。少年。

 そう思って立ち去ろうとした私だったが。

「もう! なんなんだよ!」

 と少年の苛立った声が後ろから聞こえてきて、立ち止まった。うむ。どうやら楽しんでいるわけではないようだ。

 スマホで設営動画でも見ればいいのに。

 私はやれやれとCサイトの入り口まで歩いて行くと、よせば良いのに、「あのー。お手伝いしましょうか?」と声をかけた。はい。教えたがりお姉さん爆誕。

 これで断られたらもういいや。素直に引き下がればいい。

 しかし、少年はポールと生地を握りしめたまま固まってしまった。私の存在にすら気づいていなかったのだろう。びくりとこちらに振り向き、「えっと・・・・・・」と言葉に詰まる。

 あ、驚かせてしまったか。ごめんごめん。

 少年は野球帽を目深に被っていた。日焼けした肌。その割に華奢な体つきをしていた。Tシャツの上からパーカーを着込んで、腕をまくっている。その割にきっちり胸元までファスナーを閉めていることから几帳面な性格なのだろうという印象をうける。下は長ズボンに運動靴。

 高校生ぐらいだろうか。中学生と言っても通じそうだ。まあ、流石に中学生では一人で宿泊の許可は出ないか。

 さて。声をかけたのなら、最後まで責任を持つべきだろう。大人として。

「それ、ワンポールテントでしょ。まずペグうちから始めないと」

 私はサイトにスタスタと入っていった。

 ぽかんとしている少年からテントの生地をすっと取り上げる。ばっと両手ではためかせると生地が広がり、全体像が明らかになった。

「うん。八角形ね。比較的建てやすいわ。ほら。ガイドテープがそこについてるでしょ。これが対角線。はい。片側持って引っ張って」

 少年は慌てて生地の端を持つ。

「引っ張るわよ。せーの」

 二人でテントの底を引っ張り、床の八角形の対角線を設定する。

「よし。じゃあ、ペグとハンマーを持ってきて」

 少年は私の指示にあわててリュックサックをとってきた。キャンプ用ではない普通の小ぶりなリュックサックである。そのリュックの側面にはキーホルダーが揺れていた。小さな小瓶のデザインで、中に白い砂が詰まっている。海水浴のお土産だろうか。小学生でああいうのつけてる子いるなあ。子供の頃使ってたリュックを持ってきたのだろうか。

 驚いたことに、リュックから取り出されたペグもハンマーも新品で、まだ袋に入っていた。少年は慌てて包装を破る。

「あ、ゆっくりでいいよ」

 この子、なんならキャンプ自体が初挑戦だったのかもしれない。

 そこからはトントン拍子で設営が進んだ。八個の頂点にペグを打ち込み、完全に床の形を設定してからポールを差し込む。これで大まかにテントが形作られる。後は生地がたるんでいるところや逆に張り詰めすぎている箇所を探してペグの位置を調整していけばいい。

 テント設営があらかた終わったタイミングで私は改めて不安になる。

 折角の初キャンプを邪魔してしまったのではないだろうか。

 事実、少年は突然の私の登場で完全に萎縮してしまったようで、さっきから一言もしゃべらない。

「えーと、あとはガイドライン・・・・・・テントの側面を引っ張る紐のことだけど、それで形を整えればいいから」

 少年は無言でこくこくと頷く。

「あ、えーと・・・・・・じゃあ。そういうことで。また困ったことがあったら声をかけてね。Aサイトにいるから」

 そう言ってさっと背を向ける。やはり似合わぬことをすべきではない。さっさと退散だ。

「あ、あの!」

 少年がようやく声を出した。思ったより高い声だ。声変わり前なのだろうかと思ってしまうぐらいだった。

「お、お名前は・・・・・・」

 え? 名前? 関係ある?

 私は振り向いて、「斉藤ナツだけど・・・・・・」と反射的に答えた。

 その名を聞いて、少年は目を見開いた。

 やべ。これ、私の事を知っている奴の反応だ。

 前回の高原キャンプでパリピ達と集合写真を撮らされた思い出がよみがえる。

 くそ。佐藤と名乗れば良かった。

 しかし、少年はしばらくの沈黙の後に、我に返ったようにはっとすると、姿勢を正した。

「わ・・・・・・ぼく・・・・・・俺は葵っていいます。あの、ありがとうございました」

 そう言ってぺこりと頭を下げる。

「ど、どういたしまして」

 私も思わず礼を返す。

「がんばってね。じゃあ」

 私は手を振ると、足早にサイトを出た。

 しばらく歩いてまた振り返ってみると、葵はまだじっと私を見ており、もう一度ぺこりとした。私も手を軽くあげて応える。

 礼儀正しい少年だ。

 柄にも無いことをしてしまったが、あんな風にきちんとお礼を言ってもらえると、嬉しいものだな。

 私の足取りは自然と軽かった。





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