【第5章】 高原キャンプ編 終話
35
「やるじゃない」
私は両手を腰に置いて、そう言い放った。
「そりゃどうも」と答えたシンは疲労困憊といった形で側の椅子に座り込んでいた。
「うちの家族が総出で曲がったボディーを打ち直して、メンテして、ご希望通りに塗装までしたんだ。ぶつけたら承知しねえぞ」
「無論よ。傷一つつけないわ」
「新堂のまごころ整備工場」の巨大な車庫の中。私の目の前には一台のキャンピングカーがまるで新品のように輝いていた。
そう。あのランダルのキャンピングカーである。
フォルクスワーゲン、タイプ2、キャンパー。
しかも外装はあの白いハンバーガーショップのそれではない。少し濃い目の黄色。つまり、私のメインカラーで再塗装されている。
「素晴らしい出来だわ」
そう惚れ惚れとつややかなボディを見つめる私の顔を見て、シンは「へっ」と満足そうに笑った。
「親父にも伝えとくよ。俺の整備人生の集大成だ! って張り切ってやってくれたからな」
「おいくら?」とそう聞いた私に、シンは黙って首を横に振った。
「親父には、あんたが命の恩人だと伝えてる。金なんかとったら殺されちまうよ。それにもし請求するとするならカンナの親父にするよ」
ランダルは、私のハンターカブを廃車にしたお詫びとして、私にキャンピングカーの所有権を譲った。思い入れがあるなんてレベルのものじゃないだろうから、何度も確認してもらったが、是非受け取ってくれと聞かなかったらしい。
サマーくんこそが乗るべきだ。その一点張りだったそうだ。
外装も内装も好きに変えてくれていいとのことだったので、本当に好きにさせてもらうことにした。その作業にシンが名乗りを上げてくれたのだ。ここまで短期間でこれほど素晴らしいものに仕上げてくれるとは。なんか、ゲレンデで思いっきり殴ったのを謝りたくなるぐらいだ。
まあ、それはそれ。これはこれなので、絶対に謝らないが。
ガチャリと運転席を開ける。内装も私好みのシックな色に整えられている。感無量だ。
「聞いたぜ。あんた、自分のマンション、引き払ったんだって」
「ええ。旅しながらここに住むから」
定食屋の騒動が正式に情報公開され、私の住んでたマンションはすでに待ち伏せをするマスコミに包囲されてしまっている。玄関から中に入るのもいちいち一苦労だ。
だがもうそろそろこっちも我慢の限界だ。無職なのだからそれを生かして放蕩の旅としゃれ込ませてもらうことにした。全国のキャンプ場をまわってやる。待ち伏せできるもんならやってみろ。
キャンピングカーに積めない家具やキャンプ道具の残りは貸しコンテナを借りてそこに詰め込んでいる。必要な時に取りに行けば良い。
ちなみに。私が出ていくと言ったら、日夜マスコミ対応に追われていたマンションの管理人も泣いて喜んでいた。ほんと、ご迷惑をおかけしました。
「まあ、良い車だぜ。古い型なのに不具合がほとんど無かった。相当大事にされてきたんだろうよ」
そう言って、運転席の窓越しにシンは私に、キーを手渡した。
「大事にしてやってくれ」
私は頷く。
「当然よ」
シンはふっと笑った。
「丸二日寝てねえ。俺は寝る。そのまま好きなタイミングで出てくれたらいいから」
シンはそう言うと、欠伸をしながら倉庫から出て行った。特に別れの言葉などは並べない。クールな奴だ。
私は新しい相棒の内部と外部を一通り確認した。よし。全てがベストコンディションだ。
私は左の運転席に身を沈めた。前方のシャッターはすでにシンが全開にしてくれている。外の世界がまぶしく輝いている。
さあ。行きますか。今度こそ誰にもジャマされない。私の、私だけのソロキャン旅に。
つややかなハンドルを握る。
手始めにどこに向かおうか。そうだ。まず最初は紗奈子と美音のところにこの子を見せに行こう。驚くぞ二人とも。
大喜びする紗奈子の顔を思い浮かべ、私はにんまりした。
その時、ふとフロントミラーに目をやって、私の笑顔は固まった。
映し出される車内。
真新しくなった後部座席のシートの上を、一人の少女がゴロゴロ転がってはしゃいでいた。
セーラー服の彼女は、私の鏡越しの視線に気がついたのか、こちらを向き、ばっちり目が合った。数舜の沈黙。
彼女は「あ、やば!」という表情を浮かべたかと思うと、ふっと姿がかき消える。
あ、やば! じゃねえよ!
私は振り向くと怒鳴った。
「完全に見えてたわよカンナ! でてきなさい!」
数秒の沈黙の抵抗の末、すうっと、ばつ悪そうな顔で後部座席に座るカンナが現れる。
いや、成仏したんじゃなかったのかよ。
なんだったんだよ。あの感動的な別れは。
カンナは両手を膝に置き、気まずそうにもじもじしながらも、上目遣いに私を見てくる。
「・・・・・・なに。一緒に来たいの」
こくこくとカンナが頷く。
「大したとこには行かないわよ。適当にキャンプ場をまわる、ただの放蕩の旅だから」
カンナが「旅」と聞いて顔を輝かせた。
その表情を見てとって、私は前方に顔を戻すと、ハンドルに額をこつんとぶつけた。
大きく、大きくため息をつく。「はあ~」ともう漫画のように。それから言った。
「好きにしなさい」
カンナが後ろでガッツポーズをするのを鏡越しに見ながら、私は苦笑した。
当分、ソロキャンプは出来そうにない。
「じゃあ、行くわよ」
私は、キーを回した。
エンジンが快調に回り、心地よい振動が二人を揺らした。
【END】
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
第二部始動ということで、なかなかプレッシャーを感じながら書かせていただいた章でしたがいかがだったでしょうか? 楽しんでいただけていたのなら、とても光栄です。
少し宣伝をさせてください。タイトルにありますように、10月1日から書籍が発売されます。1・2章が収録されております。予約も始まっております。縦書きのナツさんも是非!(2巻も出て欲しいなあ。頼む。売れてくれー)
もう一つ。作風異なりますが、アクション全振り、シリアス一直線の「バイオレント・ピーク」という作品もなろうで掲載しております。暗くて長い話ですが、後半のアクションに自信ありです。ご興味がある方は是非!
改めまして、今回も長い章をここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。私の作品を読んでくださったこと、感謝してもしきれません。
皆さんと第6章でお会いできることを心から願います。
これからもよろしくお願いいたします。