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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第5章 言葉にしたって伝わらない
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【第5章】 高原キャンプ編 31


 31


 全てを語り終えた委員長は突っ伏したまま、地面の芝をかきむしり、むせび泣く。

「私が・・・・・・私が・・・・・・」

 カンナを殺した。


 美亜は熱くなった目頭を押さえた。

 あの日、あの後、パニックになった委員長をシンは押さえつけながら美亜に連絡した。美亜は保健教諭とともに車で現場に向かい、委員長を車に乗せた。委員長の精神状態から、一刻も早く現場を離れる必要があった。

 シンと美亜は大人達から委員長の関与について強く口止めされた。シンも美亜も誰にもしゃべるつもりはなかった。だって、事実、事故だったのだ。誰が悪いわけでもなかった。委員長は推薦入試が大方決まったところだった。これまでずっと懸命に努力してきた彼女には報われる権利があると思った。

 シンも、美亜も、それからカンナも、ずっとずっと彼女には助けられてきた。本当に心から感謝していた。してもらって当然だなんて思うはずがなかった。その感謝の気持ちはきっと伝わっているものだと思っていた。

 でも、伝わっていなかった。だから彼女を追い詰めた。


 言葉にしなきゃ伝わるはず、ないのに。


 地面をかきむしる委員長の長袖が、草に引っかかってまくれた。その白い上腕には、いくつもの幾重もの傷痕があった。切り傷。自傷痕だ。

 簡単に想像できることだった。出来たことだった。誰よりも責任感があり、どんな時も常に正しくあろうとしていた彼女が、この4年間、どれほど自分を責め立てていたかなんて。

 決して許すことなど出来なかっただろう。

 ずっと苦しんで来たのだろう。

 ずっと、自らを罵倒し、断罪し、罰し続けていたのだろう。


 シンと美亜は彼女の事故への関与を周りに隠すことで委員長を助ける事が出来ると思っていた。でも、それは彼女をより苦しめる結果になっただけなのかもしれない。美亜は今さらそんな事を思った。

「無駄じゃなかったって事ね」

 ナツが、ぽつりと言った。

 委員長が、涙と土で汚れた顔を上げる。

「カンナの死は無駄じゃなかった。だってあなたはまだ、生きてるもの」

 ナツは委員長の腕を見つめた。

「それだけの傷を作りながら、あなたはまだ生きてる」

 ナツは言った。恋人を自殺でなくした過去を持つ、斉藤ナツは繰り返した。

「あなたはまだ生きてる。生きてるんだから」

 生きているのならなんでも出来る。

 傷だって治る。

 いずれ、前だって向ける。


 そこでふと、ナツは先ほど自分が指さした場所を見た。何もない。キャンピングカ―の壁。そして「ええ?」と眉をひそめる。

「はあ? 私が? 勘弁してよ」

 美亜は急に独り言を言い始めたナツをぽかんと見つめた。

 いや、違う。彼女は会話しているのだ。誰と?

 決まっている。カンナだ。

「言葉を伝えるだけじゃダメ? ・・・・・・はいはい。わかったわよ」

 ナツはそう言ってため息をつくと、おもむろに委員長の目の前に回り込んだ。

 膝をついて呆然としている委員長の正面に、ナツも不機嫌な顔で膝を落とした。ナツと委員長の膝の頭同士がぶつかるほどの距離だ。

「カンナがどうしてもって言うから、仕方なくよ」

 仏頂面でそう言ったが早いか、ナツは委員長をガバリと抱きしめた。委員長はされるがままに目を丸くしている。

「伝言よ。カンナの言葉どおり伝えるわ。手話、全部あってるかは、わかんないけどね」

 そう言って、カンナは息を吐き、言った。

「ありがとう」

 ナツは言った。

「ありがとう。たくさん、助けてくれて」

 棒読みではあったけれど、それでも、一つ一つの言葉を大切にするように。

「ありがとう。たくさん、話を聞いてくれて」

 伝わって欲しい。そう言葉に心を込めるように。

「ありがとう。生きててくれて」

 ナツは言った。カンナは言った。

「友達でいてくれて、ありがとう。マイちゃん」

 委員長は目を見開いた。

 友達。

 そうだ。私は、カンナちゃんの。

 カンナちゃんはずっと始めから、そう思ってくれていたんだ。

 クラスの立ち位置とか、誰かの付属物だとか、個性だとかそんなの関係なく。

 カンナちゃんは、私は、友達として、二人で。

 小学校の図書室を思い出す。二人して手話の本をのぞき込んで、一生懸命指の形を作り、笑い合ったあの時間。

 楽しかったなあ。

 楽しかったね。カンナちゃん。

 何で忘れてたんだろう。

 とっても幸せな時間だったのに。

 大事な友達との、大切な思い出だったのに。

 委員長は泣いた。大声で泣いた。

 先ほどまでの押し殺した、呻くような泣き方ではない。苦しむような、自らを罰するような泣き方でもない。

 大切な、一人のかけがえのない友達との別れを悲しむ、そんな涙を、森口舞はようやく流すことが出来たのだ。


 ゲレンデの空はいつの間にか白み始めていた。

 朝が来ようとしていた。


 



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