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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第5章 言葉にしたって伝わらない
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【第5章】 高原キャンプ編 22


 22


 ギシギシと音を立てながらリフトチェアは山肌を降りていく。足がつきそうなほど地面に近づいたと思ったら、数十秒後には下を覗くのをためらうような高度にまで上昇する。

 美亜はできるだけ地面の方を見ないように意識していたが、リフトの上がり下がりはゲレンデを照らす照明の強さの変化で大体わかってしまう。リフトチェアが落ちる事故などまず起こらないとわかってはいても、高度が上がるとどうしても身体が強ばってしまった。

 スマホを取り出してアンテナを見る。まだ圏外だった。ジャマーという機器がどれだけの効果範囲を持つのかを美亜は知らなかったが、この距離まで影響が及ぶとは。相当強力な機器なのか。それとも複数個設置されているのかもしれなかった。

「・・・・・・シンくん、大丈夫かな」

 美亜の右腕には委員長がぎゅっとしがみついていた。委員長も下を見たくないのだろう。ずっと美亜の膝を見つめている。

 委員長の何度目かのその問いに、美亜は「大丈夫」と即答した。

「あいつがケンカで負け知らずなのは委員長も知ってるでしょ」

 委員長はこくこくと頷く。「シンくん、すごく強いもんね」

 シンは高校時代、部活動に入らずに地元のキックボクシングのジムに通っていた。どの授業もまともに受けようとしなかったシンが十代に唯一打ち込んだものだと言えよう。それをしょうも無いケンカにも転用していたのは残念としか言いようがないが、そこらのヤンキーよりはよっぽど腕が立つのは事実だった。

 だが、美亜はどうしても胸中にうずまく不安を拭い去れなかった。

 もし、本当の殺人鬼と対峙したとして、戦うことになったら。それはきっと確実に命の取り合い、殺し合いだ。それをケンカが強いからなどという楽観的な視点で考えてよいものなのだろうか。

 何で一緒に来なかったのよ。あのバカ。

一緒に逃げれば良かったではないか。あの場所に残って何の意味があったというのだ。

 いや、あったのだろう。シンは勉学に力を入れこそしないが、もともと頭は切れる。シンがあの場に残るべきだと判断したのなら、誰かがあの場を守らなければならない理由があったのだろう。

 リフトの搭乗口に残ったシンの背中を思い出す。まるで死を覚悟したような、死を賭してでもここを守り切るという固い意志を感じさせる背中だった。

 ここを奪われたら、全員助からないとでも言うような。

「おい! 見てみろ!」

 後ろのリフトチェアからノブが興奮した声を上げる。

 美亜と委員長が二人して前方に顔を向けると、リフトの二十メートルほど先のケーブルがなだらかにカーブして折り返していた。降車口だ。

「一つ目のリフトの終わりだ。あそこで降りて、次のリフトに乗り換えるぞ!」

 確かに、リフトを降りた先、数十メートルのところにはもう一つのリフトが待っていた。そのリフトとリフトの間には横道もあり、どうやら車道に繋がっているようだ。見覚えがある。そうだ。あの車道の先が、例の展望スペースだ。カンナのために昼間花束を置いた場所。あそこまで戻ってきたんだ。

 それは、ゲレンデを約半分下り終えたことを意味していた。まだ半分もあると言うことも出来るが、もう半分も降りてきたと美亜は考えたかった。

 何にせよ、ランダルが山頂付近に隠れていたとしたならば、もう追いつきようがないだろう。逃げ切れる。

 リフトチェアが再び上昇を始めた。最後の起伏だろう。ゲレンデを照らす照明が下方に遠ざかっていく。委員長がぎゅっと美亜の二の腕を掴んだ。美亜は安心させるつもりでその手を左の掌で包み込む。

 リフトが最大点まで上がり終えたらしく、ゆっくりと降下を始めた。あとはこのまま降車口に流れていくだけだ。委員長の手の力が安堵で緩む。

 その時だった。

 ガタンと突然リフトチェアが大きく揺さぶられた。委員長が短い悲鳴を上げる。

 美亜は焦って上を見上げた。リフトとケーブルの接合面を凝視する。破損はしていない。だが、ケーブルの流れが止まっていた。リフト全体が停止したのだ。美亜たちの乗ったリフトはその場でゆらゆらと揺れた。椅子から出た足も否応なく空中を泳ぐ。

「ノブ! なに? 故障?」

 美亜は焦って後ろのチェアに振り向いた。ノブはきょろきょろと辺りを見回し狼狽していた。

「そ、そんなわけない。リフトが勝手に止まるなんてあり得ねえ!」

 だが、現に止まっている。

 美亜の心臓がバクバクと音を立て始めた。

 勝手に止まるなんてあり得ない。つまりそれは。

 誰かに止められたということじゃないか。

 美亜の顔からすうっと血の気が引いた。

 美亜は慌てて自分の足の下をのぞき込んだ。側の柱に据えられた照明が真下の芝生の地面を照らし出している。美亜は目視で高さを推測した。3メートル? いや、5メートルはありそうだ。二階立ての建物と同程度の高さだ。とてもじゃないが飛び降りることは出来ない。

 空中に閉じ込められた。 

「ノブ! ここからどうにか再始動させられないの?」

「出来るわけねえだろ! できるのは操作室からだけだ!」そう叫ぶノブが座るチェアは美亜達よりさらに数メートル高い位置で揺れていた。

 美亜は辺りを見回す。ダメだ。支柱にははしごがついてはいるが、自分たちはちょうど柱と柱の間で止まっている。飛び移れる距離じゃない。

 その時、委員長が「ひっ」と声を上げた。どうしたのかと振り向くと、委員長はノブの遥か背後を見ていた。美亜もその視線を追って絶句した。

 山頂から煌々と山並みを浮かび上がらせていたナイタースキー用の照明。柱ごとに取り付けられた、ゲレンデを真昼のように照し出していたライトが、バン、バン、と音を立てながら次々と消えていく。山頂の柱から順番に、一本ずつだ。

 バン。と一本の支柱が消えるごとに数十メートル四方が闇に飲まれていった。

 バン。バン。バン。まるで美亜達を追いかけてくるように暗闇が迫ってくる。

 バン。

 美亜達は宙ぶらりんのまま、暗闇に取り残された。


 あまりの恐怖に、美亜と委員長は身体を寄せ合った。いっそ抱きついてしまいたかったが、リフトが風にゆらゆらと揺れる中では、二人とも手すりや背もたれを掴んだ手を離すことが出来なかった。

「ノブ・・・・・・ 停電?」

 そうであって欲しいと願いを込めた美亜のすがるような声を、ノブは無慈悲に否定した。

「ちがう。切られたんだ。操作室から」

「じゃ、じゃあ」

 委員長の戦慄いた声がうつろに響いた。

「シンくんは・・・・・・?」

 誰も何も言えなかった。一際大きい冷たい風がリフトを揺らす。キイキイとワイヤーが不快な音を奏でた。

「お、おちつけ」

 ノブが、ふーと息を吐く。

「シンも俺たちがもう降りたと思ってリフトに乗ったのかも知れねえ。その後、ランダルが操作室に入ったのかも。もしくは、シンはちょっと戦ってみて、これは無理だと撤退して別ルートで逃げ切った可能性もある。あいつは逃げ足も早いからな」

 そんなはずはない。シンは早とちりで持ち場を離れるようなツメが甘い性格ではないし、戦うと決めた相手とは例え敵わなくても最後までやり合う男だ。

 やられたのだ。シンは。

 だが、そう思っていながら、美亜は「そうね。あいつ悪運強そうだしね」と気丈にノブの言葉に乗った。委員長が過呼吸を起す寸前だったからだ。

「大丈夫。大丈夫よ」と委員長の背を撫でる。

ノブが暗闇の中で声を張った。

「ランダルが操作室でリフトを止めたとすれば、逆に安心だ。だってまだ山頂ってことだからな」

 無理に前向きな意見を出そうとしている声色だった。

「どう頑張ったって急勾配をここまで走ってくるのには一時間以上かかる」

「そ、そうね」と美亜も懸命に明るい声を出す。

「まだ時間はあるわ。その隙になんとか脱出して・・・・・・」

 その時、遠くから異音が聞こえた。

 かすかな音だった。だが、リフトも照明も機能を停止した静寂な山中では、その音は不気味に響く。三人は一斉に口を閉ざして耳をそばだてた。

 かなり遠い。だが、確実に近づいてくる。

 美亜は真っ暗なゲレンデを見回した。

 違う。ゲレンデじゃない。

 美亜はばっとリフトの真横に視線をやった。

 車道からだ。

 それはエンジンの稼働音だった。

 車道を猛スピードで下り降りる一台のバイクが奏でるエンジンの鼓動。

 通常のバイクにしては控えめな、でも必要十分な、125CCならではの少し高音の独特な音響。

 ホンダCT125ハンターカブのエンジン音が、美亜達に迫っていた。

 

 

 


次話は明日にの朝に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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