【第5章】 高原キャンプ編 20
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「まあ、そんな感じで今日を迎えたんだけどね」
月明かりをバックに、ランダルはにこやかに笑った。ランダルの短くまとめられた独白で、とりあえずランダルの目的はわかった。だが、それにしては予定よりやや強引な運びな気がする。
私の思考を読んだのか、ランダルは「そうなんだよ」と息を吐いた。
「もっと平和に進めるつもりだったんだ。でもね、二日前から急にシロマくんと連絡が取れなくなった。始めは土壇場で怖じ気づいたのかと思った。でも、違った。シロマくんは殺されたんだ」
ランダルは背中のリュックから一冊の冊子を取り出した。卒業アルバムだ。付箋が貼ってあるページを開き、私に見せる。あるクラス全員分の個人写真と名前が並んでいる。
「もうネットニュースになっているから間違いない。シロマくんは殺された。詳しいことはまだわかっていないが、聞くまでもない。口封じだよ。彼はカンナの死の秘密を暴こうとした。それが感づかれたのだろう。このアルバムの中の誰かが、シロマくんを殺した」
そのアルバムには何人かの写真に赤ペンで丸がしてあった。容疑者候補ということだろう。月明かりの下で、顔を順番に確認していく。
シン、美亜、委員長、ノブ、それから・・・・・・
私は、すべてを悟った。
真相が、見えてしまった。
くそ。そういうことだったのか。
「シロマくんを殺すような奴らだ。こちらもそれなりの覚悟で挑まねばならない。もっと言えば、口封じに人を殺す奴らだ。きっとカンナは彼らの誰かに、もしかしたら全員に殺されたのだ。そうだ。そうに違いない。逃がすわけにはいかない」
裁かなければ。
ランダルはそこで不意に床に目をやった。無造作に置かれたリボルバー拳銃を見つめ、手に取る。
「これがなくなったときには肝が冷えたよ。確実に犯人に盗られたものだと思ってしまった。だから犯人が本性を表わす前に私も姿を消したんだ。銃を向けられたら敵わないからね。しかし、まさかサマーくんが持っているとは」
ランダルはくっくと笑った。
「しかも、まさか偽物だったとは。ベルくんには見事にだまされたねえ」
ランダルはそこで、ふっと真顔になった。猿ぐつわをされた私の顔を見つめる。
「サマーくん。すまなかった。まさか彼らが君まで襲うとは思わなかったんだ。巻き込んでしまって申し訳ない」
彼はすっと手を伸ばし、私の殴られて腫れた頬に触れた。
「だが、君もこれでわかっただろう。奴らは獣だ。理性を失い、娘をよってたかって殺した野獣だ。許しておけない」
ランダルは私の後頭部に手を回した。丁寧に猿ぐつわを外す。私の口が解放された。
「サマーくん。一緒に戦おう。君ならいざという時、戦ってくれると思ってここに呼んだんだ。さあ。一緒に、彼らに鉄槌を下そうじゃないか」
私は自由になった口をゆっくりと動かした。
「・・・・・・つらかったわね」
ランダルが動きを止める。
私は繰り返した。慰めるように。労るように。寄り添うように。
「本当に、つらかったね。一人で、ずっと、さびしかったね」
ランダルが感極まったように叫んだ。
「わ、わかってくれるか。サマーくん」
私はランダルの顔を一瞥もせず、吐き捨てた。
「お前に言ってねえよ。バーカ」
私は、カンナに言ってんだよ。
カンナは泣いていた。
父の背を抱き、何度も音にならない声で叫ぶ。
もう、やめて。パパ。もうやめてよ。
こっち向いてよ。私を見てよ。パパ。
カンナはずっと、このキャンピングカーの中で父に語りかけていたのだろう。
肩を落とす父を、怒りに震える父を、悲しみに暮れる父を。
ずっと側で。
なにも出来ないけれど。何も気づいてもらえないけれど。なにも伝わらないけれど。
この子はずっと一人で、パパの側に居続けたんだ。
「・・・・・・サマーくん?」
私はランダルを睨み据えた。
「確かに私はあのパリピ共を許さないわ。一発ぶん殴る。やられたことはやり返すわ。でも、それあんたも一緒よ。ふざけた自己満足に巻き込みやがって。絶対にあんたもぶん殴る」
こんな風に子どもを泣かす奴は許さない。
それが父親だろうが知ったことか。
ランダルはしばらく私を真顔で見つめ、低く「やってみたまえ」と呟いた。
「ええ」私はその目をまっすぐ見返して淡々と言った。
「承りました。くそ野郎」
ランダルはふっと笑った。そして切り替えたようにすっと立ち上がった。
「残念だが、仕方ないね。では、君には当初の予定通り証人になってもらうとしよう。君は聞いたまま、見たままの事を伝えてくれればいい。それで十分だ。ああそれと」
いつの間にかランダルの手には見覚えのある鍵がつままれていた。鹿のキーホルダーがついた銀の鍵。ハンターカブのキーだ。
「これ、借りるね」
ポケットに入れていたはずなのに。いつの間に抜き取られたんだ。頬を撫でた時か、猿ぐつわを外す時か。まるでマジシャンのような芸当だった。
ランダルは私の怒りを込めた視線を無視して、鼻歌を歌いながら大きなリュックの中身を整理し始めた。取り出したいくつかを身体に身につけていく。
「期待していた銃がなくて残念だが、まあいいさ。私はガンマンではなくカウボーイだしね」
そう言ってランダルは投げ縄を肩に巻いた。
ふと、リュックからもう一組の縄を取り出し、思い出深そうに見つめた。
「これは娘の投げ縄だ。私に憧れて、練習してたそうだ」
ランダルは微笑んで、それを大事そうに後部座席に上に置いた。
そしてキャンピングカーの車内を見回すようにして言う。
「カンナ。行ってくるね。パパが、悪い奴は全員倒してやるからな」
そう行って外に向かって振り向いたランダルの目の前で、スライドドアがひとりでに動いた。勢いよく閉まり、同時にガチリと鍵がかかる。
「何だ。カンナ。心配してくれてるのかい。大丈夫だ。パパは本物のカウボーイだ。負けたりしないさ」
ランダルは何でもないように、鍵を開け、スライドアを押し開けた。
そのカンナがその背中に泣き叫びながらしがみついていることに、ランダルは気がつくはずもなかった。
外に降り立ったランダルが最後に私に振り向いた。
「君と一日働いて、すごく楽しかったよ。まるで娘が生き返ったようだった」
私は答えた。
「私をなんだと思ってるの」
ランダルを睨み付ける。
「私は、カンナじゃ、ないわ」
ランダルは答えなかった。ただ無言で、スライドドアをバタリと閉めた。