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キャンプをしたいだけなのに【2巻発売中】  作者: 夏人
第5章 言葉にしたって伝わらない
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【第5章】 高原キャンプ編 19


 19 


【樽木勝也 3】


 十年以上の歳月を経て、樽木に再会した玉城ベルは、一瞬、彼が誰かわからなかった。記憶よりもずっと老け込んでいたからだ。それに、記憶の中の彼はいつも微笑みを浮かべ、時には豪快に笑った。だが、目の前に立つ男性は全く笑みを浮かべる様子がなかった。それでも尚、ベルが名乗られる前に樽木の存在を思い出せたのは、彼が当時と同じカウボーイ姿だったからである。

 ベルはオーナーの老夫婦から牧場を譲り受け、事実上、現オーナーになっていた。ベルの人柄と日々の貢献を知っている牧場の関係者たちは誰も反対しなかった。若い感性に期待する面もあったのだろう。事実、ベルの初仕事として新しく打ち出したオリジナルブランドの「すず印チーズ」は、その質の高さからSNSで話題になり、ネット販売でぐんぐんと売上を伸ばしていた。

 そんな大忙しのベルの元に、樽木は尋ねてきた。

 ベルは数年前のカンナの死については人づてに聞いていた。樽木を人気の無い飼育小屋の裏に案内し、心からのお悔やみの言葉を述べた。それを遮るように樽木は言った。

 銃を手配して欲しい。

 ベルは固まった。

 樽木は前オーナーの老夫婦と懇意にしていた。だから知っていたのだ。ベルが過去に裏社会と関わっていたこと。その挙げ句、拳銃を使った事件を起したことを。

 前オーナーは酔った席でポロリとさわりを漏らしただけだった。だが、それを樽木は覚えていた。最近になって樽木が数日かけてインターネットで調べると、大体の事情はつかめた。

 ベルが関わったのは凶悪な事件ではあったが、最終的に死者がでなかったこと、ベルが当時未成年だったこと、本人が心から悔いていること、加えて、一人の敏腕女弁護士の奮闘により、ベルは短い期間で社会に戻ることが出来た。そして女弁護士の紹介で、社会復帰のために働き口を提供する施設にベルはやって来た。それがこの牧場だったのだ。

「頼む。昔のつてがあるだろう。銃を用立ててくれ。業者を紹介してくれるだけでもいい」

「・・・・・・なんのために」

 樽木は答えなかった。


 カンナの死から数年経って、樽木はカンナの死に関する疑惑を知った。

 カンナはいじめを苦にして自殺したのではないかと。

 この事実は抜け殻のように会社に行き、安アパートの一室で、呆然と、死んだように日々を過ごしていた樽木の目を開かせるものだった。

 娘の死の真相を解き明かす。

 樽木は救いのない生きがいを手に入れた。

 とはいえ、遺書が見つかった訳でもないので、カンナが自殺だったという証拠はない。

 樽木が当時の学校の裏掲示板などを調べた結果、いじめ自体があったことは事実であったようだった。しかし、それがどの程度のものであったかは不明だった。

 もし、もしだ。もしカンナの死が事故ではなく、自殺だったとして。それがいじめによるものだったとしたら。

 それは殺人である。娘は殺されたのだ。

 だとしたら樽木は復讐しなければならない。

 父親として。

 カウボーイとして。

 樽木が昔好んで見た西部劇映画のストーリーは大きく分けて二通りだった、

 一つは、ならず者達から家族や町を守る正義の味方の話。

 もう一つは、大切な者を奪われた男が巨悪に復讐する断罪の物語だ。

 自分は後者なのかもしれないと樽木は思った。

 樽木は倉庫からキャンピングカーを引っ張り出した。

 カウボーイの衣装を探し出し、身につけた。

 そして今、ベルの牧場を訪れたのである。


 断固として銃の手配を断るベルだったが、そのかたくなな態度こそが樽木にとって価値のある物だった。なぜならそれはベルがその気になれば銃を手配出来るということだからだ。その確信さえ持てれば、話は簡単だった。

 樽木は言った。

 あの日、あの時、ベルが目を離しさえしなければ、カンナが声を失うことはなかったのではないかと。

卑怯なやり方だった。あの日の悲劇はその場にいた誰かが悪かったという話ではない。あの場にいる誰もが悪くなかったし、あるいは全員に等しく責任があったという言い方もできただろう。父親としての立場を棚に上げてベルを責められる道理など無かった。だが、樽木はこの断罪が娘のためであると信じて疑わなかった。だから、カンナの名を出すのにもためらうことはなかった。

 最終的にベルは折れた。


 一ヶ月後、樽木に渡された銃は新聞紙に包まれていた。

「リボルバーのシングルアクションなんて言われたから、用意するの大変だったわ」

 とベルは疲れた声で言った。

「残念だけどコルトのピースメーカーじゃないわよ。日本じゃ入手できなかった。代わりのそれはSAAを土台にしたルガー社のスーパーブラックホーク。ウエスタンスタイルに現代的な設計を組み合わせたモデルだから、現代カウボーイにはうってつけでしょ」

 樽木は自分の手の中に入った黒光りする鉄塊に息を飲んだ。

「弾は44マグナム。装弾数6発」

「予備の弾は?」

「ないわ」

 樽木は目を剥いた。

「練習する弾もないということか」

「ええ。そもそも銃は一度撃てば必ずメンテナンスが必要になる。本番まで決して発砲しないで。一発、練習で撃ってみようとかなんとかして、いざというときに銃が壊れたらことでしょ」

「そんなことが起こるのか」

「起こるわ」とベルはシャツの袖をまくった。両腕の大きな古い火傷痕を樽木に見せる。

「こんなことになりたくなかったら、絶対に試し撃ちなんかしないで。絶対よ」

 樽木はその痛々しい傷痕に息を飲んで、こくりと頷いた。

 金を払おうとした樽木を、ベルははねのけた。

「その代わり、二度とこんなこと頼まないで」

 樽木は再度頷いた。無論、そのつもりだった。彼女には感謝の念こそあれ、恨む気持ちなど一切無いのだから。

「ベルくん。娘と仲良くしてくれて、ありがとう」

 そう言って踵を返した樽木に、「ランダルさん」とベルが呟く。

 振り返ると、ベルも背中を向けていた。

「昔、母に、『ちゃんと生きて欲しい』と言われたことがあります」

 樽木は首を傾げた。そう言えば、自分も何度も言われた。母にも。妻にも。「まっとうに生きて」「ちゃんとした仕事について」と。

「その意味を、私は母が死んで何年も経ってからしか理解できませんでした。いえ、今でも考えています」

 背中を微かに震わせながら、玉城ベルは言った。

「ランダルさん。あなたは今、ちゃんと生きれていますか?」

 樽木は無言でベルに背を向けた。そして一度も振り返らずに牧場を出た。




 カンナが死んだ山のスキー場のオーナーが、ゲレンデを夏場も活用できないか考えているという噂を聞いた。樽木は、そのオーナーのところに直談判に行った。是非、自分にキャンプ場をやらせて欲しいと。

 ダメ元だったが、オーナーは快諾してくれた。

 オーナーは樽木がカンナの父であることを知っていた。オーナーは崖の柵の老朽化についての負い目をずっと抱えていたのだ。

 

 始めはこの高原で何かをしようと思っていた訳ではなかった。できるだけ娘の存在を感じられる場所にいたかった。そんな理由だった。

 正直、拳銃を手に入れた時点で、樽木の復讐心はある程度の落ち着きを見せ始めていた。いざというときに断罪を決行できる武器を所持しているという事実が、樽木の心にわずかな安寧をもたらしたのだ。

さらに、この山にキャンピングカーで泊まり込んでいるうちに、微かに、うっすらと、娘の存在を感じるような気がした。

 開けっぱなしにしてしまった窓が翌朝に閉まっていたり、かかりの悪かったエンジンの調子が急に良くなったり。

 どれもただの思い込みすぎではあったろうが、なんとなく、娘とともに過ごしているような感覚になり、樽木のボロボロの心が少しだけ癒やされた。


 ようやくキャンプ場がオープンして間もない頃だった。

 利用客の一人の若者が、樽木の目についた。カンナの葬式のおぼろげな記憶の中に彼がいた気がしたのだ。話しかけると彼も樽木に気がついた。

 彼は同級生にはシロマと呼ばれていたそうだ。その同級生にはカンナも含まれていた。

 彼は樽木の好きではない、なよなよとした雰囲気を持つ今時の青年だったが、樽木の話を親身に聞いてくれた。彼は言った。

「俺も、カンナさんの件にはモヤモヤしたものがあったんです」と。

 シロマは後日、わざわざ再度、山頂を訪ねてくれた。シロマが持ってきた卒業アルバムを、キャンピングカーのテーブルの上に広げ、二人で話をした。

 シロマが言うに、カンナと関係が深かったのは、シン、ノブ、美亜、委員長、アッコ、そしてシロマ自身の六人であると言うことだった。

「娘は、その・・・・・・ いじめられていたのかい?」

 樽木の問いに、シロマはしばらく黙り、そして、ゆっくりと頷いた。

「そうか」と答えた樽木は、再度聞いた。

「主犯は、この六人か。君を含めた」

 シロマは頷かなかった。しかし、唇を引き締めたその顔は答えを物語っていた。

 樽木はチラリとキッチンに目線を向けた。シンク下の棚には拳銃が隠してある。

「・・・・・・なぜ、いじめられたんだ」

 シロマがばっと椅子から降りた。キャンピングカーの床の上に両手をつき、頭を下げる。

「樽木さん。俺たちに、チャンスをください」

「チャンス?」

「全員で、揃って、説明をするチャンスです」

 樽木は「何が言いたい」と唸った。

「正直、俺もよくわかってないことが多いんです。あの事件以来、シンも美亜も何にも言わなくなっちまって。俺もずっとモヤモヤしてたんです」

 ポトリと、床の上にシロマの涙が一粒落ちた。

「アッコって子には、今でも俺、話す事がよくあるんですけど。あいつもずっと抱え込んでて、苦しんでて、俺もずっと苦しくて。でもはっきりしないことが多いんです。だから」

 シロマは顔を上げた。目が赤くなっていた。

「俺、あいつらを全員、ここに呼びます。それで、樽木さんも一緒に話し合いに参加してください。あの日、カンナに何があったのか、なんでカンナが死んだのか、俺も知りたいんです」

 そこでようやく、樽木はこのシロマという青年があの十歳の少女だった娘が、牧場で一緒にハンバーガーを食べていた友達の一人であることに気がついた。

 あのときのカンナは本当に楽しそうだった。

「君に任せるよ」

 そう樽木は言った。


 樽木はシロマを信用した。きっと本心だろう。彼も真相を知りたいのだ。

 だが、その真相の内容によっては、樽木の行動は変わってくる。

 もし、事故じゃなかったとしたら。

 悪意あるいじめにより、娘が追い詰められたのだとしたら。

 樽木はシリアルキラーではない。あくまで断罪人だ。たとえ真実が残酷なものであったとしても、その主犯達が罪を認め、素直に事実を公表するのならば、それ以上、樽木がすることはない。

 だが、もし、罪を認めようとせず、浅ましくも言い逃れようとするのならば。

 どうせ今さら証拠などない。警察も事故と判断したのだ。きっと逃げられてしまう。

 誰が逃がすものか。

 樽木は非合法なジャマーを入手した。無線機の類いならと高校時代に無線愛好会に入っていたつながりをたどり、金を積めば思いの外簡単に手に入った。

 バイトを募集した。第三者の、中立的な目撃者が欲しかった。キャンプ場で泊まり込みの短期バイトとして募集を出すと、キャンプブームのせいか、給金を高めに設定したせいか、応募者が驚くほど殺到した。その中に一つ、耳にしたことがある名があった。

 斉藤ナツ。

 調べてみると、なかなかの有名人だ。これはいい。彼女の発言なら話題になる。真実を伝える証人として申し分ないと言えた。樽木は彼女に連絡を取った。

 容疑者達を外界と隔離する結界、証人、そして拳銃。

 準備は整った。


 樽木はシリアルキラーではない。あくまで断罪人だ。

だが、もし、罪を認めようとせず、浅ましくも言い逃れようとするのならば。


 樽木はその人間を、決して許すつもりはなかった。


 



次話は今晩に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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